第263話 強豪
先制点を獲得された湘東学園は、それでもベンチの雰囲気が明るい。まだ試合は始まったばかりだし、悲観するようなタイミングでも無いからね。
しかし友理さんが投球練習を始めると、みんなの顔は一気に真剣になる。1年生の時は完全に腕をしならせて投げていたけど、今は改善されたのか、ぐにゃぐにゃと曲がっているようには見えない。それでもしなっているようには見えるし、投球練習中なのにストレートのノビが凄いけど。
「うわ、138キロ出すか」
「サイドスローで、あの浮き上がるストレートで138キロは打つのが相当厳しそうですね」
「……聖ちゃんでもボールの下を振っているってことは、かなり浮き上がっているように見えるってことだね」
「打ちました、が……ファーストフライですか。何で友理さんが根岸さんより世間的な評価が下なのか、私には理解出来ませんよ」
久美ちゃんと話していると、聖ちゃんがファーストフライ、水江さんは三振に倒れる。ツーアウトになってから真凡ちゃんが打席に立つけど、真凡ちゃんでもヒットを打つのは難しそう。
そう思っていたら、ツーストライクになってから真凡ちゃんが粘る粘る。友理さんの唯一と言っても良い弱点はスタミナだけど、たぶんスタミナを削る意図なんか無くてただひたすら友理さんのボールにバットを合わせているだけだね。
そして追い込まれてから6球目、抜けた縦スライダーをライト前へ運ぶ。1試合に2、3球あるかないかの抜け球だけど、初回から出たね。特に縦スライダーが抜けると完全な棒球になるし、見逃さなかった真凡ちゃんの勝ちだ。
ツーアウトランナー1塁になって、私が打席に入る。決勝とはいえ関東大会行きが確定しているからか、それとも友理さんの希望か、私を敬遠をする気配はない。
統光学園の内野陣を見ると、バントを警戒しているようにも見える。U-18W杯で色々と私がやらかした記憶は新しいし、友理さんは私に勝てる自信があるのだと思う。
初球、高速スライダーが来たので見送り。確かに速くなったし、コントロールは良くなったと思う。この2点が改善されたから、甲子園でもほぼ無双状態だった。
でも、変化量はそこまで大きくなってないし、鋭さも増してない。元々が高いレベルだったから改善する必要は無かったのかもしれない。だけど私はこの1年間、素振りの際にスライダー系の変化球をイメージする時は、このスライダーをイメージしてきた。
2球目のストレートは真後ろに飛んでファール。浮き上がっているように見えるけど、ストレートなら対応は可能だし、縦スライダーは抜けるのが怖い。となれば、次は高速スライダーで空振りを狙って来る。
1球、外にストレートが外されて4球目。ストライクゾーンの内角一杯から外角一杯まで変化しようとしている高速スライダーを私は完璧に捉えて、バックスクリーンにまで運んだ。
「ナイスバッティング、で片付けられないわよ。よくあの高速スライダーを、捉えたわね?」
「凄い変化球でも、イメージ通りの変化になったら打てるようになるよ。来年の夏には、真凡ちゃんも打てるようにならないと困るんだから頑張ってね」
ホームベースを踏み、真凡ちゃんとハイタッチ。……完璧に捉えたっていうのは、言い過ぎたね。金属バットのスイートスポットが、広くて助かったというべきかな。若干芯からは外れたから、力で強引に持って行っただけだ。
試合は1対2と、湘東学園が逆転。そしてここから点差は変わらず、統光学園も湘東学園もノーヒットが続く。私の第2打席は高速縦スライダーをフェンス際まで運んだものの、統光学園の外野陣が深く守っていたためにアウトになる。
地味に今大会での10割記録が途絶えた。ちくしょう。
1対2のまま6回表を迎えて、統光学園は3巡目に入る。先頭バッターの門川さんはショートへのゴロだったけど、水江さんが送球に手間取ったために1塁でセーフ。盗塁も許して、ノーアウトランナー2塁。
続くバッターが送りバントを失敗したけど、ワンナウトランナー2塁でクリーンナップだし、同点は覚悟しないといけないかな。
6回表から私が投げても良かったけど、優紀ちゃんの調子が良かった上に優紀ちゃんの余力があったから欲張った結果になる。と言っても、このケースだと私が回頭から投げていても変わらなかったかな。
池田さんのフライは、センターを守る光月ちゃんの前に落ちる。センター前へのタイムリーヒットになって、光月ちゃんはホームへ鋭い送球をするも、門川さんの足が速すぎて全然間に合って無かった。足が速いだけじゃなくて、スタートを切るタイミングとかも良いから統光学園は良い1番バッターを手に入れたね。
2対2の同点になって投手交代をするかどうかの場面に差し掛かり、優紀ちゃんが続投の意思を見せたのでこの回まで任せることになる。統光学園は打撃の良い友理さんに代打を出さず、そのまま打席に立たせた。
そして、初球の甘く入ったスライダーを捉えられて今度はセンターの頭を超える。逆転のランナーがホームへ還り、友理さんは3塁まで行こうとして、光月ちゃんに刺された。ツーアウトランナー無しになって、次のバッターはサードゴロに抑えたけど、試合は3対2と統光学園が再びリードする展開になった。




