第261話 2位以内
6回表の湘東学園の攻撃は私のタイムリーツーベースヒットと水江さんのタイムリーヒットで2点を加え、9対3で6回裏を迎える。最終回までは、私が投げることになった。準々決勝と準決勝の間に1週間の時間があったから、もうU-18W杯の時の疲労はそこまで残ってない。
それでも無理はしないように、抑えて投げる。投球練習中の最高球速は、137キロだね。全力投球じゃないから普通のストレートになってしまっているけど、それでも十分。多少は打たれても問題はないし、1点や2点は覚悟して投げよう。
……実際にはこの試合で関東大会や選抜甲子園に行けるかが決まるから、6点差あっても緊張はする。大事な試合だから島谷さんじゃなくて私が投げているんだし、いざとなったら全力で投げる準備もしておこう。
6回裏。東洋大相模は1番からの好打順だけど、その1番バッターが135キロのストレートに空振り。その空振りで相手が顔を歪めたのを見て、私は勝ちを確信した。
1番と2番を連続三振に抑えて、迎えた3番バッターはまだ諦めていないバッターだ。……試合というのは最後まで諦めてない人の方が多いように見えるけど、大差で絶望的な状況だと本当に最後まで諦めずに打席へ立てるバッターは少ない。
諦めて無いように見えたり、本人が諦めていないつもりでも、心の奥底では諦めたりしていることがある。次は前の打席でホームランを打った中北さんだし、このバッターだけは慎重に行かないといけないなと思って投げた初球、縦スラがすっぽ抜けて真ん中に行った。
あっ、と思った瞬間、ライト前へクリーンヒットを打たれる。ツーアウトランナー1塁になって、ここで詩野ちゃんが声をかけに来てくれた。
「らしくない失投だったけど、肩の方は大丈夫なの?……というか全力投球じゃなかったら、コントロールまで悪くなるのどうにかならない?」
「全力投球じゃない時の回転数の少なさと、コントロールの悪さは解消しようとこれでも努力はしてるよ。……中北さんには、全力で行くから」
「……わかった。全力のストレートなら押し込めると思うけど、真ん中だけには行かないようにしてね」
4番の中北さんも、諦めてない表情だね。残り2イニングで6点差は、ひっくり返らない点差じゃない。ここで中北さんが長打でも打てば、東洋大相模の打線は息を吹き返す。
初球、先程までとは明らかに勢いの違うストレートを投げて、中北さんは空振り。球速は139キロだね。ここで中北さんが打てば東洋大相模に希望が見えるけど、逆にここで私が抑えれば東洋大相模の希望の芽は潰える。
2球目、内角へ投げたツーシームを中北さんは打ってセカンドへのゴロ。聖ちゃんがきっちり対応して、スリーアウトチェンジ。
7回表は東洋大相模が3人目の投手を出して来たけど、2年生にしては特色の無い投手で、先頭バッターの熊川さんがヒットを打ち、上位に回る。そのまま湘東学園は打ち続けて、5点を追加。14対3で7回裏になった。
最後も私が投げて、三者凡退とは行かなかったけど無失点で抑える。14対3で湘東学園は勝利し、関東大会行きと決勝への進出が確定した。向こうの山を勝ち上がって来たのは、湘東学園と同じくシードだった統光学園。準決勝は横浜高校相手に薮内さんと新開さんが投げているから、決勝では友理さんを投げさせるだろうね。
……友理さんはアレで成長を続けているから、うちの打線が打てるかと問われればかなり厳しい。一方で優紀ちゃんも統光学園の打線を抑えられるだけの力は付けたし、投手戦になりそうかな。
決勝進出の時点で、関東大会行きは確定しているので公式戦では珍しい負けても良い試合だ。だからと言って、負けるつもりは毛頭ないけど。一方で負けた東洋大相模は、去年のような3位決定戦が今年の神奈川に無いため、関東大会には行けなくなった。
……試合後、東洋大相模の選手は泣いている人が多い。これで東洋大相模や横浜高校は、次の夏に焦点を絞る。部員数の多い強豪校の露出が減ることになったから、来年の夏は東洋大相模も横浜高校も厄介な敵になってそう。
「ついこの前まで新開さんや友理さんと一緒に戦っていたのに、もう戦うのは変な感覚よね」
「そう?
友里さんも新開さんも、手加減とかしてくれないよ。というかこの後の関東大会でも戦う可能性があるし、隙は見せないようにね」
「分かってるわよ。……と言っても、あの高速スライダーを打てる自信は無いけど」
統光学園との試合は、今年の春の大会以来となる。あの時は宮守さんが先発したり、向こうも薮内さんが1つのアウトも取れずにマウンドを降りたり、完全な馬鹿試合になっていた。今回もお互いに本気ではないから、あの時の二の舞になりそう。
あの試合で友理さんの高速スライダーを、真凡ちゃんは打てなかった。右投手の高速スライダーは、右バッターよりも左バッターの方が当てやすいし打ちやすい。だけど友理さんの高速スライダーは、左バッターの方が被打率が低い。まあ、それだけ変化量が凄いってことだね。
……そもそも友理さん、右バッターでも左バッターでも関係無く被打率が低いし、私達の世代では根岸さんに次ぐ有名人だ。色々と考えないといけないこともあるけど、優勝すれば関東大会の1回戦が楽になるし、難しく考えずに勝ちを目指そうか。




