第260話 中継ぎ
……たぶん、詩野ちゃんも狙われている感覚はあったと思う。それでも久美ちゃんのドロップカーブは簡単に打てないと、考えていたんだろうね。
4回裏、先頭バッターの中北さんに久美ちゃんはホームランを打たれた。この場合は狙われているのを分かって投げたのに、ソロホームランで済んで良かったというべきか。
久美ちゃんの持ち球はドロップカーブとフォークとスクリューとカットボールで、確実に空振りを誘うことを考えるとドロップカーブとフォークとスクリューの3択になるけど、この試合で詩野ちゃんは久美ちゃんにスクリューをあまり投げさせていない。
東洋大相模がスクリューに慣れているからという理由からだろうけど、それでもスクリューは使って行かないとドロップカーブの割合が高くなってしまう。中北さんへのドロップカーブは、前の打席を含めると3球目か。
1球目も2球目も空振りだったのに、3球目でホームランにしてくるのは流石は東洋大相模の4番と言ったところだし、湘東学園の研究も相当されているね。4番の後はヒットを打たれながらも、久美ちゃんは何とか抑えてこの回は1失点で済んだ。
試合は5対3と2点差で5回表を迎える。先頭バッターの私は敬遠され、智賀ちゃんが打席に立った。……さっきの回は勝負してくれたけど、勝負するのと敬遠するの、どちらが失点しやすいかなら私の場合、やっぱり勝負の方が失点しやすいと思う。
ノーアウトランナー1塁から智賀ちゃんがツーベースヒットを打って、湘東学園は6点目を追加。続く光月ちゃんは敬遠されて、ノーアウトランナー1塁2塁で水江さんの打席を迎えた。
「今のところ、水江さんは2打数1安打だっけ。
……この打席は、大事だね」
「ショートは激戦区ですし、打でレギュラーを勝ち取った以上、打って欲しいですが……。実戦経験はそれほど多くないというのは辛いですね」
久美ちゃんと会話をしながら水江さんを応援するけど、水江さんは初球、スクリューに空振る。カウントは0-1となって2球目、水江さんの当たりはボテボテのサードゴロ。たぶんカットボールを、バットの根っこで打ったね。
「いや、でも、間に合う?行った!」
「間に合った!ナイスランです!」
智賀ちゃんと光月ちゃんはスタートが早かったため、2塁と3塁は間に合うタイミングじゃなかった。打球を処理したサードは、ファーストへと送球するけど水江さんがヘッドスライディングをしてセーフ。
……本当に、自分を傷つける行為については躊躇しないね。水江さんの1塁へのヘッドスライディングや、小フライへの飛び込みは何度も見る。一方でランナーと交錯しそうになったら立ち止まってしまうということは、相手を傷つける行為はかなり躊躇する感じだと思う。
とにかくこれで、前の打席にヒットを打った詩野ちゃんに打席が回った。ノーアウトランナー満塁と大量得点のチャンスだ。と言っても、ここから5人続けて左投手に不利な左バッターが続いてしまう。
詩野ちゃんは外野へのフライを打って、犠牲フライで7点目を追加するも、久美ちゃんが三振してツーアウトランナー1塁3塁。
1番の聖ちゃんは敬遠され、ツーアウト満塁になって高谷さんが勝負。結果はスクリューを打ち損じて、セカンドゴロでスリーアウトチェンジ。
5回表のマウンドには宮守さんが登る。完全に中継ぎエースとして育てられている宮守さんは、毎試合のように準備をさせられているけど、出番は少ない方。特に今までだと5回コールドで勝ったりしているから、中継ぎが投げるまでもなく先発が完封しちゃうんだよね。
いつでも準備万端で1イニング、全力投球をして抑えてくれる中継ぎという存在はとても貴重だし、宮守さん自身も素直で良い子だと思う。最速はこの前に計測したら優紀ちゃんと同じ123キロを記録していたし、彼女の縦スライダーは、1イニングでの攻略が不可能だと思う。
5回裏、7対3と4点差をひっくり返さないといけない東洋大相模の打線は、面白いように宮守さんの縦スライダーに空振る。高校野球どころか、プロ野球でも1球種しか投げないというピッチャーは存在する。宮守さんの縦スラは、それだけで勝負することが出来る変化球だ。
私の縦スラとは、根本的に違うと思えるぐらいの変化球だね。打者の手元で大きく落ちるから、バッターにとっては本当に消えたように見える。数イニングあったらストレート狙いで点を取れるかもしれないけど、1イニングだけならかなり安心して任せられるようになった。
最後は春奈さんを三振させて、宮守さんはこの回を三者凡退に抑えた。試合は終盤の6回表を迎え、湘東学園の攻撃は3番の真凡ちゃんから始まる。この回で3点取れれば6回コールドを狙えるけど、春奈さん相手だと厳しいかな。




