第258話 1つ下
「打てるよー!緩い球はカットカット!」
2回表になって、7番の水江さんは追い込まれてから3球ほどファールで粘っている。その姿を見て、今日は登板予定が無くて暇な優紀ちゃんが応援していた。
……水江さんは、随分と文乃ちゃんを意識していた。自分と同じポジションで、世代最強クラスの子が後輩として入って来るんだから意識するのは分かる。でも、高校野球の1年というのは非常に大きい。
文乃ちゃんは確かに天才だし、守備に関しては聖ちゃんをも上回る。その上で恵まれた体格とパワーを持ち合わせているから、将来的にはプロになれるんじゃないかな。
だけど私は、それでもすぐにレギュラーとして使うのは迷っている段階だ。それだけ今の1年生は努力して、成長しているということになる。水江さんはその中でも1番練習量が多く、身体を酷使することも多かった。
その結果、レギュラー争いで水江さんは勝ち残った。それに安心をしていたらすぐにでも他のレギュラー候補や後輩に抜かされていただろうけど、今の様子を見るに大丈夫そうかな。
水江さんは粘ってフォアボールを獲得し、ノーアウトランナー1塁。ここで詩野ちゃんが送りバントをしたところで次が久美ちゃんだから打つしかないのだけど、セカンドフライに倒れてワンナウト。
続く久美ちゃんが送りバントに成功して、ツーアウトランナー2塁で聖ちゃんの第2打席。先ほどの引っ張った打球とは違い、流して三塁線に落とすレフト前ヒットで湘東学園は3点目を入れた。
これで3対0と3点差だし、今日の久美ちゃんの出来を見るに安全圏に入った。2回裏の東洋大相模の攻撃は4番から始まるけど、この回も三者凡退に抑える。久美ちゃんにとって、島谷さんの影響は良い方向に働いているかな。
……島谷さんも、プロになれる逸材だしよく湘東学園を選んでくれたと思うよ。昨年の中学ナンバーワン左腕の称号は伊達じゃないし、1年生の秋で最速131キロは凄い。私達の世代が抜けた後は、エース番号を背負うことになりそうだしこのまま成長して欲しいね。
3回表の先頭バッターは私で、向こうは勝負しに来た。この後の打順のことを考えると、敬遠しても1点を失うのはほぼ確定だから勝負しておきたいということかな。私をこの状況で敬遠しても、2塁への盗塁は成功するだろうし、私が生きてホームベースを踏む確率は高い。
それなら、アウトになる可能性も0じゃないから勝負ということだと思う。初球、内角低めのシュートはストライク。
……良いシュートだし、内角に食い込むシュートは柏原さんの生命線だ。1年生の時と比べると、随分成長しているように思える。
そして2球目、外に逃げるボール球のカーブを捉えてセンター方向にかっ飛ばす。やっぱり金属バットだと、よく飛ぶね。打球はバックスクリーンを大きく超える、場外ホームラン。
柏原さんはかなり悔しそうな顔をしていたし、キャッチャーはガックリしている。配球の組み立て的に悪いところは無かったけど、相手が悪すぎた。
続く智賀ちゃんもツーベースヒットを打ち、光月ちゃんがタイムリーヒットを打ったところで柏原さんは交代。2番手でマウンドに登ったのは、左腕の石川さんだった。
「あれ?石川さんって今年3年だから引退じゃないの?」
「今マウンドに登っているのは、その石川さんの妹さんですよ。姉妹で東洋大相模に入ってますし、2人とも左腕のピッチャーです」
「へえ。姉妹で同じ高校で同じ左腕のピッチャーか。結構珍しいかも?」
「うちには鳥本姉妹という、双子の姉妹がいましたけどね」
ふと、私達が最初に石川さんと対戦した時は2年生だったから引退したはずではと口に出したけど、久美ちゃんがその石川さんの妹さんだと教えてくれる。ちなみに姉が秋奈さんで妹が春奈さんらしい。秋奈さんは9月生まれで春奈さんは4月生まれとか、どこで調べたんだろう?
「最速は126キロで、1年生でも速い方ですね。姉よりもスクリューの変化は大きいようで、空振り率が高いです。唯一の欠点は、姉よりコントロールが悪いことです」
「1年生の秋で126キロなら、左腕として将来有望だね。……左が多い湘東学園だと、あまり嬉しくないピッチャーだ」
七條さんが春奈さんのデータを教えてくれるけど、姉よりか優秀な妹だね。左投手は、今の湘東学園にはあまりよろしくないけど。何せ、聖ちゃん高谷さん真凡ちゃん光月ちゃん詩野ちゃんと打線の5人が左打者だし、久美ちゃんも両打ちとはいえ最近は左打席で打っているから実質6人。
ノーアウトランナー1塁から、水江さんは三振でワンナウト。詩野ちゃんはヒットを打つも、久美ちゃんがバントを上手く決められず、追い込まれてから御影監督がヒッティングのサインを出したら併殺打になった。
3回表は2点の追加だけだけど、5対0と点差は開く。春奈さんが先発だったらもう少し点は取り辛かったと思うけど、1年生に先発を任せるのも怖かったんじゃないかな?そんなことを考えながら、3回裏の守備に就く。




