第257話 左のエース
秋季神奈川県大会の準決勝は、東洋大相模との試合。最近は県大会の序盤で散ることも多く、掲示板とかでは散々に言われている東洋大相模だけど、それでも甲子園で当たる強豪クラスの力はある。
ここで勝てないと、選抜甲子園への道は潰えるのでお互いに必死だ。そして今日の先発は、久美ちゃんが務める。
湘東学園 スターティングメンバー
1番 二塁手 木南聖
2番 右翼手 高谷俊江
3番 左翼手 伊藤真凡
4番 三塁手 実松奏音
5番 一塁手 江渕智賀
6番 中堅手 勝本光月
7番 遊撃手 水江麻樹
8番 捕手 梅村詩野
9番 投手 春谷久美
相手の先発は2年生の柏原さん。最速129キロのストレートに、緩急の付けられるカーブとシンカーは曲がり始めが遅くて対処し辛い。決め球のシュートは、一層の磨きがかかっているね。
「今大会の柏原さんは無失点です。1年生の最初の大会で当たった時とは、別人のようですね」
「向こうも、関東大会や甲子園は経験してるしね。2年の夏でも悔しい思いはしてるだろうし、生半可な打線だと手も足も出ないピッチャーだよ」
ベンチにマネージャーとして入った七條さんと話すけど、たぶん1番緊張しているのは七條さんじゃないかな。他の面子は、一部を除いていつも通りだ。
野球において球速は重要なファクターではあるけど、別に速い球を投げられることが良い事では無い。というか最速が129キロは、普通に速い。それでいてコントロールは良くて決め球はヒットにするのが難しいんだから、打撃中心のチームでも打ち崩すのは難しい。
湘東学園が先攻になって、1回表。聖ちゃんがカーブを捉えてライト前に運ぼうとするも、セカンドの好守備に阻まれてワンナウト。高谷さんは良い金属音が鳴り響いたけど、センターフライになってツーアウトになる。
1番2番が簡単に倒れると困るけど、単純に柏原さんの進化が凄い。インローのギリギリのところを突いてカウントを稼げるのは、目の良いバッターが多い湘東学園的には辛いかも。
しかし3番の真凡ちゃんがヒットを打って、ツーアウトランナー1塁となる。4番の私は敬遠されたけど、なんか懐かしい感覚になった。ツーアウトランナー1塁2塁になって、打席に立つのは5番の智賀ちゃん。
……1ヵ月ぶりって、そんなに期間は空いてないはずなのに、別れた時より一層大きく見えた智賀ちゃん。その智賀ちゃんは先制点のチャンスの場面で、もうゾーンに入ってるね。
カウント1-1から3球目、内角低め一杯のストレートを捉えて左中間に打球は飛ぶ。レフトとセンターのちょうど真ん中を突き破るタイムリーツーベースヒットになって、私はホームでセーフになった。これで湘東学園は、2点を先制。幸先の良いスタートだね。
伊藤がヒットを打ち、奏音が敬遠され、江渕がタイムリーヒットを打つ。その一連の流れを見た中谷と高谷は、思わず口を開く。
「伊藤先輩、U-18W杯での通算打率は7割5分だっけ。そりゃ打つし、3番に据えられるよ」
「カノン先輩は、打率10割だけどね。……クリーンナップになるには、真凡さんか江渕先輩のどちらかを超えないといけないんだよ」
中谷は伊藤のU-18W杯の打率に触れ、3番に据えられることに納得してしまう。中谷は伊藤が帰って来たために、レギュラーから外された。伊藤が帰って来るまでの中谷の成績は、それなりに良かったのにも関わらずだ。
一方で高谷は、クリーンナップの座を狙っていた。奏音と伊藤が居ない間、高谷はクリーンナップに組み込まれることもあった。しかし2人が帰って来た今、伊藤、奏音、江渕の並びはそう簡単に崩せないものとなっている。
続く勝本は三振に倒れ、スリーアウトとなる。試合は2対0で、1回裏の東洋大相模の攻撃に移った。マウンドに登るのは、1年生の島谷よりも球速は僅かに遅いものの、湘東学園の左のエースと位置付けされている春谷だ。
春谷の大きく曲がるドロップカーブは既にプロでも初見だと打つことは難しい球になっており、他にも大きく曲がる変化球がフォーク、スクリューと2球種ある。カットボールの変化も大きくなったことで、芯を外すどころか空振りを誘うことも可能となった。
初回から飛ばした春谷は、東洋大相模の上位打線を三者凡退に抑える。ただの三者凡退ではなく、三者連続三振での三者凡退だ。初回を10球で抑えた春谷は、東洋大相模の反撃の火を一瞬で消し去った。
「久美ちゃんナイスピッチ。今日は後ろに私もいるし、スタミナのことは気にしなくても良いよ」
「大丈夫ですよ。5回までなら1人で投げ切りますし、カノンさんはもっと肩をいたわって下さい」
「そんな柔な肩じゃないって。
この回は、水江さんからか。向こうの柏原さん、シュートは投げ渋っているみたいだから、ストレートに絞って打って行こう」
1回の攻防が終わり、重苦しい雰囲気で守備に就く東洋大相模に対し、意気揚々としている湘東学園は下位打線からの攻撃となる。先頭バッターの水江は、奏音が言っていた新しく入って来る1年生達について、強く意識をしていた。




