第251.5話 積み重ね
日本が3対4と逆転に成功し、今度はアメリカが日本を追いかける形になった5回表。マウンドに登る友理を見て、湘東学園の1年生達はより一層スクリーンに釘付けとなる。
一方で既に友理のことをよく知っている梅村や春谷は、友里が今大会でコントロールに苦しんでいることや、真新しい変化が無いことも知っているため、注視せずに話し始めた。
「そう言えば相馬さんから予算案を早く出せって連絡来てましたよ」
「……あー、早くカノンに帰って来て欲しい」
「……まだ手を付けて無いんですか?」
「いや、カノンからの指示通りに書いたよ。でも、出すのが怖い」
生徒会長となった野球部の元マネージャである相馬から、野球部の予算案の書類を早く提出するよう求められていたことを春谷は梅村に伝えると、梅村は既にそのことを把握している上で、何処か躊躇している様子だった。
「小声でお願いしますが、今年の下半期は幾らになる予定ですか?」
「……5千万。
17歳のガキが、取り扱って良い金額じゃないよね」
「あ、それなら去年より全然マシですよ。
昨年は寮を建てたり、設備面で色々と買っていますからね」
「???
……マジで?」
野球をするというのは、お金がかかる。昨年、湘東学園は寮を建て、グラウンドを2面に増やした。今年からは河川敷のグラウンドを2面、貸し切り状態にしているため、それだけでも相当なお金がかかる。
「矢城コーチにも見て貰ったけど、提出はキャプテンがしろっておかしくない?」
「カノンさんが、カノンさんでしたからね……。
甲子園の時は流石に忙しくて応援ツアーの方を会計の村越さんにぶん投げたそうですが、後処理が大変だったそうです」
「……その時以外は、全部1人でやってたってこと?何か凄すぎて、鳥肌立って来たんだけど。
でもこうやって予算に触れて、色々とお金がかけられているところを見ると、私達は幸せだなって思えるよ」
湘東学園の部活動の予算は、今までほとんど奏音が組み立てていた。その奏音がU-18W杯でいないということは、戦力以上に負担になる事柄が多い。梅村は今、奏音の帰りを切実に待っていた。
「というかこれ、通るの?」
「通りますよ。野球部用の予算を学園長が用意していますし、それで通らないなら寮費は月5万から値上がりします」
「……あの寮費5万って、予算に触る前は高いと思っていたけど、思っていたより安かったんだね」
「そりゃ、食べ盛りの野球をやってる女子高生が1日3食お腹いっぱい食べられる料理が出て月5万は破格ですよ。大浴場も毎日使いますし、維持費も相当なはずです」
2人が毒にも薬にもならないような話をしていると、他の野球部面子が盛り上がる。5回表、アメリカの攻撃を友理が三者凡退に抑えたからだ。同じ神奈川県に住む者は、統光学園の面子以外全員がライバル意識をする友理だが、今回は応援する側となる。
「今の、凄くなかった!?あのスライダー、完全に横に落ちてたよ!あれ、カノンも打つのは難しそうな変化だったよ」
「はいはい。高校野球で国際球は使わないから、今の友理のデータには何の価値も無いことに優紀は気付こうね」
「うっ、そうだった。というか2人とも、何の話をしてたの?」
「5000兆円欲しいなーって話。お金は大事だよ」
西野は興奮した様子で、友理のスライダーが凄まじいものだったと梅村に伝えるが、国際球を使用している時と高校野球で用いる硬式球を使用している時とで違うため、今の友理の投球にデータ的な価値は無かった。
しかし逆転した直後、1点差でアメリカ打線も集中している中、三者凡退に抑えたのは日本にとって価値のあることだった。5回裏の日本の攻撃は0点に終わって、試合は3対4で一度グラウンド整備の時間を挟む。
「1点差ならカノンが出る展開にもなりそうだけど、カノンが抑えられるかも微妙だね」
「ドミニカ戦の時も、カノンさんは被弾をしていました。ですが日本で他に抑えが出来る投手は、いますか?」
梅村はこのまま行くと奏音が登板することになるが、奏音が抑えられるかは微妙だと言う。それに江渕は反応し、ドミニカ戦で最終回にホームランを打たれたことを思い出した。日本国内では速球で押せるタイプの投手だが、世界規模で見た時、奏音はまだそれほど強い投手ではない。
しかし現状、他に抑えを出来る投手はいないという江渕の言葉に反論できる人間は居なかった。既に日本の残り札は、少ない状況にあるからだ。一方でアメリカは、まだまだ投手が残っている。1点差で勝っているとはいえ、後半で何も起きない方がおかしい。
「……友理さんが、何回まで持つかだね」
「甲子園で準決勝まで残っていましたし、予選の時から登板回数は多いですから疲労は溜まっているでしょう。
……つくづく、日本が今まで優勝できなかった理由というのが分かりますね」
梅村は友理次第だと言い、春谷は日本がU-18W杯で優勝できなかった理由を遠回しに言う。試合は6回表、アメリカの攻撃を迎えようとしていた。




