第26話 非力でも
西野さんの勉強をみることになった日の翌日、真凡ちゃんは1回戦で唯一のノーヒットだったからか、もう一度フォームを見て欲しいと言って来た。なので、今日は真凡ちゃんに付きっ切りで練習をする。
まずはトスバッティングからだけど、練習では綺麗なスイングをしているから試合で打てないのが不思議だ。変化球も、目が慣れて来たのか当てることは出来ている。それが、ヒットにはなってないけど。
「それにしても、トスバッティングって投げる方は危なく無いの?
カノンとか、小山先輩とか、結構速い打球を打ってるじゃない?ゴッ、シューって」
「トスバッティングで投げる人に打球が当たることは、故意に当てに行かない限り起こらないよ。それか、バットを握ったことも無いような素人が打つという状況かな?」
「そうなの?」
「真凡ちゃんは、今まで投げた人に打ち返して無いよね?ちゃんとバットを前に出して打っていれば、故意じゃない限り100%当たらないよ」
トスバッティングは投げ手がバッターの斜め45度ぐらいの位置でボールを投げ、バッターが打つ練習方法だ。うちの場合はボールの入ったケースに座り、バッターとはベースを挟んで反対側の斜めから下投げで投げる。
野球経験が無いと危なく見えるかもしれないけど、投げ手に当てに行かないと投げ手の方には飛んで行かない。真面目に練習をしていれば、トスバッティングで振り遅れるという状況は滅多に無いからだ。
あと、振り遅れているのに速い打球が投げ手に飛ぶということも無い。難しいトスまで打とうとしなければ、まず投げ手には当たらないのだ。まあ、真凡ちゃんがトスバッティングで投げ手を気にするなら、トスマシンでもおねだりしようかな。少なくとも、トスマシンはあのピッチングマシンよりか安価なはず。
試合まであと2日で、結果が出るようにするのは難しい。でも真凡ちゃんは意欲的に打撃練習をして来たのだから、報われて欲しいという思いもある。
……こうなったら、芯に当てることだけを考えさせようか。スイングにこだわらせず、バットの芯へ当てる。金属バットはよく飛ぶし、綺麗なフォームにするよりも本人に合ったスイングの方が本人も納得出来そうだ。
ということで、新しいフォームを今から試す。古い130キロが出るピッチングマシンを、1台丸々真凡ちゃん用にしてフォーム改造を施す。綺麗な最短距離のバッティングフォームでも打てないなら、更に構えをコンパクトにするしかない。
「……これ、もうバットを構えてないわよね。もはや、バントを押し出す格好じゃない」
「でも、芯には当たるようになったね」
「そりゃ、これだけ縮こまったバッティングなら芯に当たるわよ」
そして普通はくっつける右手と左手を、あえて離した。いわゆるバスター打法というやつで、非力な真凡ちゃんが行なうと芯以外に当たった時は本当に飛ばない。むしろ飛ばないことを活かして、内野安打も狙えるぐらいには飛ばない。
変化球には対応が難しいだろうし、デメリットは多い。だけど真凡ちゃんのミート力をさらに上げるには、バスター打法を取り入れた方が良いと判断した。
智賀ちゃんはミート力を上げようとしたけど、結局パワー極振りにした今の方が魅力的だ。それなら、真凡ちゃんはミート極振りにしてみても良いんじゃないかと思えた。上手くいかなかったら、私が責任を取る。
結果、バントの構えをしない屈んだ格好のバスター打法ならポテンヒットが狙えそうなことが分かった。極端な前進守備をされない限り、基本的にヒットコースは生まれる。というか極端な前進守備でも、ヒットコースは必ず生まれる。
「怪我をする恐れは高まるし、デッドボールも避けにくいかもしれない。それでも、本当に良いの?長打は、100%打てないんだよ」
「でも、ヒットは打てるのよね?それなら私はバスターで打つわ。そしてカノンに繋ぐ。私のせいで、1回戦はランナー無しの状況が多かったでしょ?だから次の試合は、絶対にカノンに繋ぐわ」
「うん、分かったよ。真凡ちゃんが塁に出たら、私がホームへ帰すね」
試合までの短い期間で、真凡ちゃんはバスター打法の練習に取り組むことになった。と言っても、今までのスイングを途中から始める形になったから、今までの練習が無駄になることはない。バットを振る体力が付いたからこそ、1日でフォームを固めることも出来た。
明日も丸一日、バットを振り続ければ試合には間に合うはず。急なフォーム改造は打てなくなる原因になりやすいけど、そもそも打ててないから関係が無い。綺麗なフォームは、必ずしも最適解では無い。それでもスイングの基本は、身に付かせておいて損は無い。
手首や握力を強化したお陰で、バスターで当てに行く時、短いスイングでもちゃんと振れている。芯にさえ当たれば、ストレートの球威には押し負けない。そのための訓練をして来たわけだし、思っていた以上に上手くいきそうだ。
……次の試合で、成果が出ると良いな。




