第25話 シード漏れ
初戦の相手、川崎総合高校との試合は11対0で5回コールドだった。コールド勝ちを湘東学園がしたことは過去に無かったことなので、確実に強くはなっている。初回でペースを握れたことが、大きかったかな。
大野先輩が5回を投げて無失点だったので、智賀ちゃんは温存することが出来た。まあ、これから先で登板する機会はあるかもしれないけど、1回戦で投げられなかったから機会は無さそう。
初戦突破ということで、みんな表情が明るい。これで188校中、128校の中に残ったことになる。1回戦で、60校が落ちたと考えれば多く感じるけど、出来ればシードが良かったなぁとも思う。シード校を除けば52枠のシードがあったから、52/172の確率で1回戦は免除だった。
……神奈川県だけで大会に参加できる女子高校野球部が188校もあるって、改めて考えると凄い事だよね。
試合時間が短く、時間が空いたためビデオ室で平塚高校の試合を見る。2回戦の相手は平塚高校対厚木工業高校の結果次第だったけど、大方の予想通り平塚高校が13対0で勝ち上がって来た。
「次の対戦相手が決まりましたね。2回戦の相手は平塚高校。部員数は89名でスポーツ推薦枠もあるような高校です。いわゆる、シード漏れをした高校です」
「エースの角田 朋子さんは2年生で、125キロの速球を武器に縦に落ちるスライダーも持ち合わせています。春の神奈川大会では3回戦で和泉大川越と当たって3対2で負けてますね」
監督が全体の解説を、久美ちゃんがエースの解説をする。随分と強いチームのようだけど、和泉大川越に負けたとのこと。私達も負けたけど、和泉大川越以下なら何とか出来るんじゃないかと思えてしまう。
それにしても、和泉大川越と1点差で争えるチームがシード漏れをするのか。トーナメント戦が主な高校野球の怖いところでもあるし、面白いところでもある。
「試合まで、あと3日もある。この3日で、相手のエースを打ち込むイメージを付けよう。そして勝って、東洋大相模と戦わせてくれ」
キャプテンがミーティングを締めて、これで今日は解散。あと3日で、久美ちゃんを完全復活させるのは難しいかな。
ミーティング後、ガールズ出身の3人組で久美ちゃんの復活作戦会議。
「トラウマをトラウマだと思うなって、無責任なことは言いたくないし、条件付けで何とかしたい」
「……そのために、毎回抱くのは無理がある気がするけど」
「私も、そこまでカノンさんに迷惑をかけられません。それにあの時は、投げ方が違いました」
一応、バッターがいる状態でもストライクを投げられるようになった久美ちゃんだけど、元の投げ方では無い。ネットに向かって投げる時は普通なのに、マウンドから投げると手投げになるというか、悪影響はやっぱり出てる。
私がしたことは、惚けさせて強引に投げさせたことだけだ。根本的な治療にはなってない。
……まあ、久美ちゃんみたいな可愛い子なら幾らでも抱き締め続けることぐらい、わけないけど。久美ちゃんが私の胸の谷間を堪能している間、私は久美ちゃんの髪の匂いを堪能していたし。
「バッターが立っている状態でストライクを投げられるなら、あと一歩な気はするけどね。とりあえず試合まであと3日あるし、元のフォームでの成功体験を積んでいこうか」
「……そのために、あれを買ったんでしょうか?」
「いや、あれは私が投手もするって言ったら伯母が勝手に買ってきた。無駄遣いにはならないと思う、って自信満々だったから何も言えなかったし、1回戦の突破祝いだって……」
「それは……でも、有効活用は出来そうですね」
伯母が1回戦の勝利祝いに買って来たのは、ストラックアウトのような的が描かれた投球ネット。相変わらず野球への理解は薄いような気はするけど、買ったものは大切に扱おう。
……もっとも、ストラックアウトに投げ込むのとキャッチャーへ投げ込むのは感覚が違うから、普通の練習としてはあまり役に立たないけど。それでも成功体験を積むのには良さそうだし、ただの的よりかはストラックアウトの的に投げ込ませた方が良いかな。
2回戦までの間は特に何事も無く、全員が練習に参加出来た。もうすぐ期末考査だけど、学校側が配慮してくれている。大会日と被さった日のテストは、別日に試験をしてくれると言っていた。本来なら見込み点と言って、中間考査と授業態度から期末考査の点が決まってしまうのだけど、有り難い処置だ。
「私は見込み点の方が良かったよ……」
「……優紀の見込み点なんて赤点しかないのだから、文句言わずに勉強する」
「うぇー」
西野さんの勉強は、私と梅村さんで見ることになった。流石に今の久美ちゃんに勉強を教えることまで頼れないし、一番成績が良いのは私だから妥当だと思う。そう思ってどこから分からないか聞いてみると、西野さんから「全部」という答えが返って来た。
私も現役時代はこうだったなぁ、と思いつつ、一から勉強を教えていく。西野さんは一応、授業中に寝なくなったようだけど、学習状態は酷い状態だ。ちょっと本腰を入れて勉強を教えないと、西野さんが夏休みに補習へ出ないといけなくなるから、丁寧に教えよう。
……いや、本当に、この子はどうやって湘東学園に入ったんだろう?




