第24話 1回戦
1回戦の相手、川崎総合との戦いは湘東学園の先攻で始まった。また小山先輩がジャンケンで負けているが、そろそろ弄りにくいレベルの不幸になっているので誰も突っ込まない。たぶん練習試合を含めて、12連敗ぐらいしている。全試合で先攻だし。
湘東学園 スターティングメンバー
1番 中堅手 実松奏音
2番 遊撃手 鳥本美織
3番 二塁手 鳥本奈織
4番 一塁手 小山悠帆
5番 右翼手 江渕智賀
6番 三塁手 西野優紀
7番 捕手 梅村詩野
8番 投手 大野球己
9番 左翼手 伊藤真凡
今日は鳥本姉妹が2番と3番を打つ。1年間の下積みがある分、練習試合でも打率は高かった。8番9番に置いて私へ繋がりやすくするより、上位打線の厚みを増した方が良いと矢城監督は判断したのだろう。
……普段は「えへへー」「そだよー」が口癖で常ににこやかな、野球部のゆるキャラ化している鳥本姉妹。だけど内野の守備は野球部の中で一番上達したし、打撃も3ヵ月間でさらに成長した。2人の出塁率は、私に次ぐ2位と3位だ。
相手校のエースはMAXで120キロの速球を投げるようだけど、投球練習を見る限り速くはない。まずは1番として、どんな球を持っているか探りますか。
(いい加減にしろっ!)
川崎総合高校のエース、横川は奏音に対して8球目を投げる。奏音は1球目、2球目とストライクゾーンに投げられた球を見送り、あっさりと追い込まれたのだが、それからはファールで粘っていた。
奏音は横川から放たれたボールを強引に引っ張る。高く高く上がったボールは、ポールを僅かに切れてファールとなる。
「ファール!」
奏音はこれで6度、ファールを同じ場所に打った。3球目と4球目をファールにした時は球場内が騒めいていたが、5球目、6球目、7球目と同じ場所にファールを打つ度、静かになっていく。
(ヒットでもホームランでも良いからさっさと終わって!)
横川が投げた9球目の球、落差のあるカーブも、奏音はファールにする。これも滞空時間が長く、審判がファールと判断するまでに時間がかかった。
すでに試合のペースは奏音が握っていた。ファールの度に1塁ベース付近まで走っている奏音は、当然バッターボックスに戻るまで時間がかかる。決してダラダラと走っているわけでは無いため、審判も注意は出来ない。またフルスイングをしており、あと一歩でホームランという打球なので、カット打法として注意することも出来ない。
(……もうフォアボールで良いや。わざとやってるんだろうし)
横川は10球目、11球目、12球目と大きく外に外した。そんな姿を見て、ベンチにいる矢城監督が口を開く。
「相手の投手は、気持ちが切れましたね。今日の相手投手は調子が良さそうでしたが、その調子すら実松さんは崩しました」
「カノンちゃんだけで、12球も使ってる。ピッチャーだから分かるけど、嫌なバッターだよ」
その言葉に西野が反応して、嫌なバッターと口に出す。味方としては限りなく頼もしい存在だが、敵にすると恐ろしいバッターだということを改めてベンチの全員が認識した。
そして13球目、はっきりと敬遠しなかったために、バットの届く位置に投げられた外のボール球を奏音は打った。
打球は右中間を破り、奏音は悠々と2塁に到達。ツーベースヒットだ。それを見て、春谷が呟く。
「……結局粘ってツーベースですか。一番いやらしい形で出塁をしましたね」
「これで、相手投手のリズムは崩れたはずです。待球をしましょうか」
続く2番の鳥本美織がバッターボックスに入る。矢城が出したサインは、待球だった。そのサインを見て、苦笑いをした美織は力を抜いて打席に立つ。
(こいつも粘るの!?)
美織に対して、横川は5球目を投げ、ボールを宣告される。1球目、2球目と簡単にストライクを取ったのに3球目、4球目とファールを打たれたのだ。
カウントは1-2となり、6球目を投げてファール。7球目と8球目は外角に投げてボールとなった。
(くっ、こんなに投げたのに、まだアウト1つ取れないなんて)
もう21球を投げた横川は、徐々に自分が疲れて来ていることを自覚する。まだまだ終わりそうのない湘東学園の攻撃に、嫌な予感がした。
(もういいや、1塁は空いているし、歩かせちゃえ)
カウント3-2となったが、カーブもファールで粘られ、10球目、とうとう根負けした横川が美織にボール球を投げた。これを美織は見送り、四球で出塁。ノーアウトランナー1塁2塁となった。
すでに23球も投げた横川に対し、3番の鳥本奈織がバッターボックスに入る。
ここが攻め時だと判断した矢城監督は、奈織に対しても待球指示を出す。そして奈織は3-2から6球目、ど真ん中に来た棒球を打ち、ライト前へとヒットを打った。奏音はホームに帰り、湘東学園が1点先制。ノーアウトランナー1塁3塁となって、バッターは4番の小山悠帆。
どうせ2球目までは見て来ると、横川は気が抜けたストレートを真ん中に投げ、それを小山は捉えた。鋭いスイングでバットをボールに当てた小山は、そのまま振り切る。
ライナー性の打球は、フェンスを超えてスリーランホームランとなった。公式戦で初めてのホームランに小山は高揚するが、一方で横川を含めた川崎総合高校の面子は意気消沈としていた。
そして次のバッターである江渕智賀に対して、1回に30球以上を投げ疲れ始めていた横川はストレートをストライクゾーンに入れる。
結果は2者連続のホームランとなり、5対0。もはや一方的な展開となり、試合は湘東学園のペースで進められた。




