第213話 責任
11回表を迎え、大阪桐正は根岸を外野手に戻して3番手の村部をマウンドに送る。2回戦で先発を務めた本格派左腕であり、最速は根岸と同じ134キロ。
この投手交代は、湘東学園にとって嬉しくないことだった。根岸の球を捉え始めた次の回に、左腕に代わったからだ。そして湘東学園は左打ちが多く、左腕との相性があまり良くない。2回戦で先発を務めたとはいえ、中3日の休みがあったためにスタミナは有り余っているような状態だった。
この回の湘東学園は、8番の美織から。しかし9番から左打ちが続く打順で、レベルの高い初対戦の左腕を打ち崩すことは出来なかった。
一方で11回裏、奏音の球速も120キロを下回るまで落ちたが、未だに大阪桐正打線は捉えられずにいる。12回表、奏音はツーアウトランナー無しから敬遠されるも、続く智賀が打てずに12回裏を迎えた。
「良いんですか?代えなくて?」
「アホ。今代えたら首が飛ぶわ。
……全国制覇を常に口に出し続けていた奏音の、奏音なりの責任の取り方なんやろ。あとは純粋に、久美や島谷に尻拭いはさせたくないんやろな」
矢城コーチは御影監督に代えなくて良いのか聞き、御影監督は代えないと断言する。9回裏に奏音に意思確認をした時、奏音が死んでも代えるなと言った時点で、2人は奏音を見守るしかなかった。
「……もう、上位に戻るこの回で終わるやろ」
12回裏の大阪桐正の攻撃は、9番から。先ほどの敬遠の後、奏音がリードをほとんど取らなかったことから奏音の体力が限界なことは大阪桐正側も悟っていた。それでも、奏音の球を打つことは出来なかった。
ツーアウトになり、2番の東畑を114キロのストレートでセカンドフライに打ち取る奏音。大阪桐正対湘東学園の試合は、甲子園史上2試合目となるタイブレークに突入した。
13回表の湘東学園の攻撃は2塁ランナーに奏音、1塁ランナーに江渕がいる状態での攻撃となる。ノーアウトランナー1塁2塁から始まるタイブレークでは、非常に点が入りやすい。
先頭バッターの本城が送りバントを成功させると、ワンナウトランナー2塁3塁となって奈織のヒットにより湘東学園は待望の勝ち越し点を挙げる。4対3と、1点を勝ち越した状態で13回裏を迎えた。
しかし大阪桐正の攻撃も、ノーアウトランナー1塁2塁という条件は変わらない。大阪桐正の攻撃は、3番の森友から始まる。
(あれ、立っているだけで奇跡じゃない?さっきの回も、ランナーとして走っていたし、ほとんどベンチで休めてないよね?)
森友は、初球と2球目を見逃す。2球とも、大きく外れたからだ。サイン通りの球が来なくなってから、梅村はストライクかボールかだけのサインを出していたが、もう奏音が限界を超えていることを察する。
(今日のヒーローは、我が儘なお嬢様に譲ろうか。軽くカットで粘れば、フォアボールで出られそうだね)
続く3球は枠内に来るも、森友はファールにした。6球目はボールになり、フルカウントから7球目。枠内に入らなかったボールを森友は見逃し、フォアボールでノーアウトランナー満塁となる。
(あれ?奏音が動かない?……ヤバい!)
「タイムお願いします!」
そしてサインにすら反応しなくなって固まった奏音を見て、梅村は慌ててタイムをかけた。マウンド上で意識を失っていた奏音はすぐに交代され、春谷がマウンドに登る。
ん?あれ、何か長い間意識を失っていたような……?目を開けると、何か頭に被っているような感触があったので、手で払い除けると濡れた冷たいタオルだった。
……何で、マウンドで投げていた私がベンチに座っているんだ?そう思った瞬間、ボールを打つ音が聞こえ、グラウンドの方に視線を向けると久美ちゃんが根岸さんに打たれていた。
打球は、右中間を割って長打になる。3塁ランナーは余裕でホームに還り、同点。そして2塁ランナーの東畑さんまで還って来て、逆転。
大阪桐正との試合は、4対5で湘東学園の負けとなった。特に詩野ちゃんや鳥本姉妹は、悔やんでも悔やみきれないような表情で泣き続けた。
2年目の夏は、甲子園ベスト16という成績で終わる。試合終了後、3リットルのスポーツドリンクを補給してあっさり回復した私とは裏腹に、落ち込み具合が半端じゃない詩野ちゃんを元気付けるために声をかけた。
「敬遠すれば良かったって、本気で思ってる?」
「……うん」
「私は敬遠しなくて本当に良かったって、思ってるよ。結果的にそのせいで負けたから、3年生の先輩達には言えないけどね。
それに私が本当に敬遠したかったら、相談もせずにボール球投げるから」
「…………は?」
「いや、あの場面で敬遠を私から提案したら、反対してくれるだろうなと思ってマウンドに呼んだん、痛い痛い痛い!抓らないで!」
「カノンに!何で!従わなかったんだって!私がどんだけ試合中自己嫌悪に陥っていたと思ってるの!」
そして詩野ちゃんが試合中、ひたすら自省して試合に臨んでいたこともわかり、素直に謝る。完全に詭弁だったけど、信じてくれて良かった。
大会13日目。同じ日に負けた多久大光陵や三島東、花咲栄徳の面子と共に、私達は甲子園を去ることになる。袋にギッシリと詰めた甲子園の土は、結構重たかった。




