第199話 炎天下
甲子園2日目第3試合、私達と朝日川大付属の試合が始まり、私達は先攻になった。……ジャンケンで、いつも勝てるとは限らないけど勝ちたかったなぁ。
初回、まずは聖ちゃんがライト前へヒットを打つと、詩野ちゃんは送りバントと見せかけてヒッティングを行なう。詩野ちゃんは上位打線に置かれると送りバントの比率が高くなるんだけど、決して打てないわけじゃないし、昨日は履陰社の新チームに2軍が打ち勝ったと聞いて打ちたいという気持ちは強まっているはず。
2球目に盗塁を決めた聖ちゃんは、詩野ちゃんが引っ張ったライト前ヒットでホームにまで還って先制。続く真凡ちゃんも流してライト前へヒットを打ったので、ノーアウトランナー1塁2塁という場面で私に打順が回って来る。
……本当に真凡ちゃんと智賀ちゃんは、貴重な戦力になったと思う。高校から野球を始めるというのは、一般的には遅いタイミングだ。普通、甲子園で活躍するような高校には、中学生や小学生の頃から野球を始めた人が集まる。
湘東学園はこの例に当てはまらないけど、もしも2人が本気で野球に取り組んでいなかったら、間違いなくレギュラーは1年生達に奪われていた。高谷さんや光月ちゃんの方が、野球歴も長いしね。だけどそうならなかったのは、真凡ちゃんと智賀ちゃんが本気で取り組んでいたからだ。
私は何かを始めるのに、遅すぎるということは無いと思う。もっと早く始めれば良かったと思うのは自由だけど、一度本気になったのなら、後は実力での勝負になる。その実力での勝負で物を言うのは間違いなく努力であり、本気になった物への執念の差だ。
……まあ、人生2周目で努力を2倍することが出来たズル野郎が言えることじゃないけど。
相手投手の田川さんは、早くも辛そうな顔をしている。県予選での成績だけど、確か朝日川大付属は甲子園出場校の中で最少得点だった気がする。要するにロースコアゲームで勝ち上がって来たチームだから、1点を取られた時の動揺が大きい。
これが打ち勝って来たチームなら、初回の2失点や3失点なんて笑い飛ばせるけど、彼女達はそうもいかないのだろう。ここで敬遠するか否かは非常に大きい分岐点で、彼女達は敬遠を選択しなかった。
……彼女達は勝負を選んだ。だから私は、遠慮しなかった。
外角のボール気味の球を甲子園のライトスタンド上段まで飛ばした私は、静かに走り出す。私のスリーランホームランで4点差になったと思ったら、本城さんのツーランホームランで6点差になり、優紀ちゃんの犠牲フライで7点差になる。
7対0と圧倒的な援護を貰った優紀ちゃんは初回を三者凡退で抑え、2回表で迎えた私の打席。ワンナウトランナー1塁から2打席連続となるホームランを放ち、9対0。続く智賀ちゃんもホームランを打ったため、2回表で早くも10点差となる試合展開となった。
「智賀ちゃん、ナイスバッティング」
「ありがとうございます!あぁ、ベンチが涼しいです……」
「あはは、グラウンドを一周するだけでも汗は出るからね。思っていたより、甲子園はベンチのクーラーが効くよ。……それにしても智賀ちゃんにアウトローのストレートは、流石に不用意過ぎるよねぇ」
グラウンドを一周して来た智賀ちゃんは、ベンチのクーラーが1番効いている所で涼む。あまり身体を冷やし過ぎるのも良くないけど、今日は流石に暑すぎる。まあ、野球は試合時間の半分をクーラーの効いたベンチで休める選手達よりも、観客や審判の方が熱中症の危険度は高そう。
……優紀ちゃんが投げると、テンポ良く打ち取ってくれるから、本当に試合時間の半分以上はベンチで涼んでいるんじゃないかな。御影監督も身体を半分乗り出しているだけで、そこまで暑くない位置にいるし、やっぱり観客席の方がヤバいと思う。
3回表にも4点を追加し、14対0となってから湘東学園はバットを軽く振るようになる。今までは外野の間を抜いていたような打球が内野フライや単打になり、4回以降はあまり追加点を挙げずに16対0で勝利。
湘東学園は本塁打5本を含む18安打16得点で、甲子園の2回戦へと駒を進めた。ついでに優紀ちゃんがあまりに省エネピッチングだったので、朝日川大付属の打線を1人で完封している。
「あれ?今日の優紀ちゃんの60球って相当少ないんじゃない?えーと……甲子園の最少投球数完投は、58球だね。あと2球少なかったら、記録に残ってたよ」
「……え?嘘!?あと2球少なかったら、歴代1位だったの!?」
「ほんとほんと。でもそのあと2球が遠い記録だし、狙って出せる記録では無いけどね。それに優紀ちゃんが次に投げる相手は大阪桐正だから、下手な真似したらすぐに打ち込まれるよ」
「う゛っ……今日のコントロールミスした2球が悔やまれる……」
球数を少なくすることは、連戦になる県大会や甲子園では重要なことだと思う。何だかんだ言って優紀ちゃんが、湘東学園の中で投手として1番成長していると思うよ。
……この記録に1番貢献しているのは、そこの日陰でのほほんと勝利のアイスを食べている詩野ちゃんだけどね。




