第193話 僅差
5回裏。ワンナウトランナー2塁となってバッターは今日ツーベースヒット2本と絶好調の智賀ちゃんだけど、カットボールを打ち上げてしまってツーアウトランナー2塁。本城さんはこの打席も敬遠気味に勝負を避けられ、今日は2打数1安打の高谷さんに打席が回る。
1打席目は普通に打てていた辺り、実力は本当にあると思うけど、試合が終盤に近づくに連れて1年生組の緊張度が高まっているような感じがするね。
結局高谷さんは、内のストレートを打たされてサードゴロ。点差は1点のままで、6回表のマウンドには私が登る。
「あとアウト6個で、甲子園か。……なるべく、速球中心でお願いね」
「……高谷はともかく、聖は大丈夫でしょ。それにどんなに速いストレートでも、横浜高校の打線なら引っ張って打てると思うよ」
センターには光月ちゃんが入り、これで湘東学園はサード、レフト、センターに1年生がいることになる。この3人の中で、1番余裕があるのは光月ちゃんかな。
何だかんだ言って、接戦での終盤というのは少なかったかもしれない。春は甲子園に直結しないし、関東大会は負けて元々の1年生中心のオーダー。夏の県大会に入っても1点差の展開は少なかったし、このまま行けば最終回も1点差だ。
こういう時、後攻で良かったと思う。後攻だとサヨナラ負けだけは、絶対に無いからね。投球練習を終えて、迎えるのは横浜高校の2番バッター。4番の上西さんの前にランナーを出したくは無いから、当然全力投球だ。
初球は、ストライクゾーンの低めを狙って投げる。最近になってようやく、マウンド上から見るホームプレートが大きく見えて来た。内角低めと外角低めへ投げるストレートのコントロールだけは、ひたすら磨いたからかな。
「……ばけもの」
ふと、横浜高校のバッターの呟きが聞こえて来たので笑顔で返答してあげた。初球、2球目とストレートを続け、3球目には縦スライダーを投げて先頭バッターを三振に打ち取る。
続く3番バッターはキャッチャーフライになり、ツーアウト。ここで、4番の上西さんを迎える。優紀ちゃんが1打席目にホームランを打たれているから、要警戒だね。
(カノンと同じチームになれなかったことが、私の運の尽きね。かと言って、私の代で野球をするのに湘東学園という選択肢はあり得なかったわ)
横浜高校の4番であり、副キャプテンである上西はカノンを細い目で見つめる。初球は137キロのストレートが膝元いっぱいに決まり、上西は直感的に打てないと思ってしまった。
2球目のツーシームはファールになり、カウントは0-2となる。ここから、上西は必死に粘った。
(でも、今までの3年間の積み重ねを無駄にはしたくない。それに私の代は、私しか甲子園に立ててないんだ!)
3球目、4球目のストレートをカットし、ファールにする上西。梅村はそんな上西を見て、力んでいると感じる。
(ボール球まで手を出しているのは、かなり余裕が無いね。今のカノンは調子が良さそうだし、内の厳しいところへシュートを投げたら詰まるんじゃない?)
奏音は5球目にシュートを膝元に投げ、上西はこれもファールにする。しかし、サード方向へ高く上がった打球は、観客席に入るか微妙なライン。
その打球を木南が追いかける姿を見て、上西は思わず声に出してしまう。「捕るな」と。
それでも木南は柵から上半身を乗り出し、落下してくる打球を捕球する。これでスリーアウトとなり、6回表の横浜高校の得点は0で終わった。
「ナイスキャッチ!今の、よく間に合ったね」
「えへへ。フライが上がる瞬間に、際どい所へ飛ぶって判断したんです。……今のは捕れて、ホッとしましたよ」
聖ちゃんの執念のキャッチで、2対3のまま試合は6回裏へ。8番の詩野ちゃんからの打順だけど、森田さんから1年生左腕の本田さんにピッチャーが代わる。横浜高校は諦めたわけじゃなくて、純粋に左のワンポイントとして左腕を投入したんだと思う。
そもそも、横浜高校は本田さん以外右投げの投手しかいないからね。1点差で1年生を起用する度胸も凄いけど、この状況でも涼しい顔で投げている本田さんは心臓に毛が生えていると思う。
そしてこのワンポイントは、非常に効いている。左バッターの詩野ちゃんの後ろが左バッターの光月ちゃんと聖ちゃんだから、本田さんが大きく曲がる変化球を持っていたらこの回に点を取るのは難しい。
「……左打ちが多いのは、弱点かもね」
「普通は右と左、交互に並べるものとか聞いたけど、今日の打順は7番の高谷から1番のひじりんまでずっと左が続いてない?」
「右と左を交互に並べることを気にし過ぎて、本来の打順の役割が果たせないのも駄目だから打順は難しいんだよ。まあ、高谷さんと詩野ちゃんは離すべきだったかな」
本日はベンチで応援している真凡ちゃんに一言突っ込まれたけど、左打ちと右打ちを交互に並べた所で左打者の割合が多い時にワンポイントで左投げが出て来たらわりとどうしようもない。
頑張れー、というベンチからの声援も虚しく、詩野ちゃんはカーブを空振りして三振。本田さんの持ち球は、カーブとフォークだけかな?




