第171話 次の世代
6対4で迎えた最終回で、迎えるのは川崎立花の下位打線。当然ながら、相手は代打攻勢だ。しかも、こちらのデータには無いようなバッターだから対応に困る。
「……強引にねじ伏せる?」
「いや、打ち損じを狙っていくよ。確か代打の人って、今日が公式戦初打席でしょ?それなら初球は見逃してくれるからストレートでカウントを稼いで、2球目にシュートかツーシームで打ち取りたい」
「おーけい。それで行こう」
詩野ちゃんと軽く打ち合わせた後は、バッターを見据える。たぶん、相手は3年生。2点差なら、諦めるような点差じゃないけど、初球で倒れたくは無いはず。
大事な初球。ストレートを漫然と投げてカウントを稼ぎ、0-1となってからシュートで打ち損じさせる。思っていたよりも高く上がった打球は、センターに入った光月ちゃんがキャッチしてワンナウト。
続くバッターにも川崎立花は代打を出すけど、先程のような勢いはない。先頭バッターが打ち取られて、負けが現実味を帯びたからだね。まだ諦めた表情は表に出してないけど、雰囲気で分かる。もうこのバッターは、負けを意識している。
この人なら、ストレートで押した方が良いと詩野ちゃんも判断したのか、要求する球はストレートが多めだ。ストレートと縦スラで追い込み、カウント1-2から高めにバックスピンを効かせたストレートで三振。
そして最後のバッターには、凄く背の低い子が代打に立った。思い出代打では、無さそう。というか、19番は確か1年生だったかな?
……これは、来年以降のために出した代打だね。普通は3年生に思い出作りをさせる場面で、下級生への経験を優先させるのは学校として強くなろうとしている証拠だ。レギュラー陣よりも振りが鋭いし、見かけによらずパワーはありそう。
もちろん、ここから流れを持って行かれても困るので全力で抑えに行く。そもそも、手加減が得意な方じゃないしね。最後は137キロの直球を内角低めに決めて、空振り三振。湘東学園は6対4で、川崎立花に勝利した。ベスト16入りが、確定したね。
「ありがとうございました!」
互いに試合後の挨拶をした後、川崎立花の3年生の多くは泣いていたけど、三村さんと19番の中里さんは先を見据えていた。これは来年からじゃ無くて、今年の秋から強敵になりそうかな。
「ふぅ~、怖かったよ~」
「ちょ、優紀ちゃん、暑いから離れて」
ベンチでずっと応援してくれていた優紀ちゃんは、試合後素直に不安だったと感情を吐露して詩野ちゃんに抱き着いているけど、たぶん試合に出ていた人達の方が怖かったと思う。
今日は珍しく、真凡ちゃんや聖ちゃんが押されて出塁自体が少なかった。その分、3年生の先輩達が頑張ってくれたから勝てたと言っても良い試合だったね。本城さんと鳥本姉妹の下位打線は、上手く繋がっているし、良い形で上位に回って来る。
予想外だったのは島谷さんが6回裏に崩れたことと、三村さんから6点しか取れなかったこと。最速126キロの投手は、県の上位校だとゴロゴロいるレベルだし、三村さんを見縊っては無かったと思うけど、あの癖球は対策しておくべきだね。
「トーナメントだと、ああいう癖球を投げられる投手というのは強いね。三村さんは戦力が強い高校が、必ずしも甲子園には行けないということを体現したようなピッチャーだよ」
「あの癖球も、普通ならノビが無い球で一蹴されるべき球ではあると思いますけど……打ち辛かったですからね。投げ方も、目くらましになっていると思います」
「今年の1年生に、癖球を投げる子は居なかったよね。無理に癖球にするのも投球に悪影響が出そうだし、ナチュラルに癖球を投げられるのは凄いなぁ」
「その三村さんはカノンさんが138キロを出した時、ポカンと口をあけてましたよ。……秋で戦う時は、要注意ですね」
今日は4回と1/3を投げて2失点だった久美ちゃんに、今後も川崎立花を警戒しようという話をした後、島谷さんの話題にシフトする。一応島谷さんには聞かれないよう、少し声のトーンは下げた。
「……今日の島谷さんの調子は悪く無かったと思うけど、緊張はしていたね。6回の先頭バッターへの四球から崩れたと思うし、後で何かアドバイスしてあげて」
「調子が悪く無かったのは事実ですから、アドバイスは難しいです。相手が上手かったとしか言えないですし、今日の結果は気にしないでとしか言えないです」
「才能は、間違いなく1年生投手で1番なのだけど……関東大会で、出来過ぎだったかな」
「間違いなく、他校はそれで警戒を強めましたしね。しかし、他校からマークを受けてからが本番だと私は思いますから、早めに壁にぶつかったのは良かったと私は思いますよ」
今日の島谷さんは、かなり対策を講じられていたと言っても良い。調子が良くも無かった以上、力のある上位打線に捕まったのは仕方ない。持ち球も割れているし、露出が多いことは決して良い事では無いんだよね。
これから島谷さんが成長し続けられるのかにも、湘東学園の行方はかかっているかな。とりあえず今日は、思いっきり落ち込んで貰って、また前を向いて貰おう。




