第16話 筋トレ
室内練習場がある高校なんて、そんなに無い。大抵の高校で、雨の日に行なう練習は階段の上り下りや、軒下での素振りになるだろう。
しかし湘東学園には広い筋トレ設備がある。せっかくなので、雨の日を利用して筋トレをしよう。雨の日以外でも利用はさせたいけど、まだまだ初心者の内は実戦形式で投手の球を打ったり、守備位置でのノックを受けさせたい。
「レッグプレスやベンチプレスは、見たことあるでしょ?」
「はい!まずは、あれからするんですか?」
「いや、最初は柔軟をして、ランニングからやろうか。軽く、10分ぐらいで良いから」
真凡ちゃんと智賀ちゃんはまだ一度も活用して無かったので、今日は紹介を兼ねて3人で回る。本格的な筋トレは、もう少し身体が出来てからかな。
まずはストレッチをした後、軽く勾配を付けたランニングマシンでゆっくり走って貰う。勾配は、急だと辛いだけだから1%で良いや。
そこまで速くないペースで走る2人を見ながら、私も走る。今日は土砂降りの雨ということもあり、利用人数は多い。
「これ、もっと速度を上げなくても良いの?」
「2人が走っているのは身体を温めるためだし、まだ疲れて欲しくないからそのぐらいのペースで良いの」
真凡ちゃんが速度を上げようとしたのを制止して、10分間走り切った。何だかんだ言っても、真凡ちゃんも智賀ちゃんもスローペースとはいえ10分間余裕で走れるだけの体力はあるのか。
柔軟とランニングで身体が温まったところで、本格的な筋トレを開始。今日は2人に、下半身の筋トレ方法を教える。
「まずはレッグプレスからだけど、これぐらいで蹴れるかな?15回やったら疲れそう、ぐらいの重量にしたいのだけど」
「えっと、蹴れそうですけど、重いです」
まずはレッグプレスを15回、ガシャンガシャンと蹴り上げて貰う。重量は、それぞれの体重の1.5倍ぐらい。慣れて来たら、もっと重量を増やしてやらないと効果は薄いだろう。そもそも、自重と同じならスクワットと同じだし。
まあ、初めてなら少しキツイと感じるまでで良いや。レッグプレス15回を3セット行なった後は、レッグカールを行なう。このジムにはうつ伏せになって行なうライイングレッグカールがあるので、そちらを利用。
お手本を見せるために、重りを足首へ固定し、台の上に乗ってうつ伏せになる。そのまま、膝を曲げることで負荷をかける。負荷がかかり過ぎると良くないので、智賀ちゃんと真凡ちゃんの重りはほとんど無い状態で行なった。
レッグカールは家で布団などにうつ伏せになって、ダンベルを足で挟んでも出来るので、そちらの方法も教える。レッグプレスをスクワットにすれば、別にジムに入らなくても筋トレは可能だ。マシンを使った方が筋トレは楽しくなるし、効率も良いから、個人的にはマシン推奨派だけど。
最後に、片足立ちで背伸びをして貰う。何回か繰り返せば、それだけでも立派な筋トレだ。一通り下半身の筋トレを行なった後は、疲れるまでエアロバイクで有酸素運動を行なう。ランニングマシンも良いけど、走るより漕ぐ方が疲れるし、良い筋トレにもなる。
「……何分、漕ぐの?」
「目標は30分かな。まあ、辛くなったらペースダウンはして良いよ」
別に智賀ちゃんも真凡ちゃんも、筋肉達磨になって欲しいわけでは無い。しかしながら、一定の筋肉は野球で活躍する上で必須となるものだ。筋肉が全くない野球選手は、おそらくいないだろう。
無駄な筋肉はスピードを阻害すると言う人もいるけど、スピードにも筋肉は必要だ。大切なのは柔軟性と、筋肉が生み出すバネの力になる。
30分以上エアロバイクで漕いだ後は、3人でしっかりと柔軟を行なう。その時に、柔軟性とバネについても教える。
「筋肉が、バネなのですか?」
「正確には、筋肉と腱によるバネだね。ただ腱を鍛えるのは、結局のところ筋トレになるし、その腱と連結している筋肉も大事なんだ」
「どっちにしろ、柔軟性は高い方が良いというのは分かったわ。柔軟な筋肉、というのを作れば良いんでしょ?」
「それを作るのに、全国のアスリート達がどれほど苦労しているか知らないな?まあ、2人とも今のペースで身体を柔らかくしていけば来年の今頃には十分に柔らかくなっていると思うよ」
私はバットを振る際、力をそれほど入れてない。強力で柔軟な筋肉が、バネとなってバットをトップスピードまで瞬時に加速させる。後は、ボールが芯に当たるよう修正をするだけでホームランだ。
まあ、その領域まで筋トレをさせるつもりは無いけど。下手に筋トレばかりして、筋肉が肥大化した結果、可動域が狭まってしまったら困るし、時間もかかる。一先ずは下半身の強化を優先しながら、バットを振る体力というものを付けていこう。
ふと、遠目でベンチプレスが置いてある方を見ると小山先輩と大野先輩が居た。あの2人は野球部員が少ない時、ここの常連だったんだと思う。しっかりとした身体作りをしているし、2人の努力は無駄にしたくないな。
「そう言えば来週から中間考査だけど、2人は勉強、大丈夫だよね?」
「私は大丈夫よ。1組の方も、西野さんが死にそうな顔をして梅村さんに勉強を教わっているみたいよ」
「私も大丈夫です。授業中、眠れないのでちゃんと話を聞いてます」
来週からは中間考査が始まる。明日からは、練習を早めに切り上げないといけないのか。矢城監督は赤点を取ったらユルサナイ、と言っていたので、勉強をしないという選択肢は無い。
……まあ、私の場合はある程度前世の知識のお陰で何とかなってしまうのだけど。試験前だし、暗記物の見直しはしておこうかな。




