第165話 始動
夏の県大会2回戦。平塚商科対湘東学園の試合は、私が相手のキャプテンにジャンケンで勝って後攻を取る所から始まる。毎回、試合前のジャンケンはちょっとワクワクする時間だ。幾ら私が超人的な野球能力を持っていても、普通に負けることがあるからね。
背中合わせで腕を突き上げる形のジャンケンだから、動体視力を活かして相手の手を見て変えるなんてことも出来ない。初戦の今日は、ジャンケンで勝てて良かった。一応、私がキャプテンになってからの湘東学園の後攻率は6割ぐらいかな。
湘東学園 スターティングメンバー
1番 左翼手 伊藤真凡
2番 捕手 梅村詩野
3番 三塁手 木南聖
4番 中堅手 実松奏音
5番 右翼手 江渕智賀
6番 一塁手 本城友樹
7番 遊撃手 鳥本美織
8番 二塁手 鳥本奈織
9番 投手 西野優紀
聖ちゃんは、もう3番が定位置だね。ここ数試合はチームで1番打点を稼いでいるし、安打数は真凡ちゃんと並んでトップ。私が後ろにいるから、聖ちゃんとの勝負は避けられないというのが聖ちゃんの打点を伸ばしている要因にもなっている。
後攻ということで、まずは守備からだけどみんなの動きは良いし、緊張は見られない。聖ちゃん以外は去年から公式戦に出続けているし、聖ちゃんは聖ちゃんだから一先ずは安心かな?
優紀ちゃんの調子も良さそうだと思ったら、1回表、先頭バッターにいきなりショートの頭を超えるヒットを打たれる。続く2番の子が送りバントをして来たので、あっさりとワンナウトランナー2塁というピンチを迎えた。
3番には、恐らく平塚商科期待の1年生がバッターボックスに入るも、少し緊張しているのか縮こまっている。可愛いなと眺めていたら、痛烈な打球を3塁線上に飛ばし、それを聖ちゃんが横っ飛びでキャッチした。
……サードが聖ちゃんじゃ無かったら長打だったことを考えると、決して打線は油断して良い相手じゃないね。ツーアウトランナー2塁から、4番のキャプテンの人がレフト前へヒットを打ち、2塁ランナーは3塁を蹴ってホームへ向かう。
真凡ちゃんの送球は真っ直ぐに行ったものの、タイミング的には微妙で、結果はセーフ。ホームでの接触プレイの直後に詩野ちゃんは2塁へと送球し、2塁を狙っていたキャプテンの人は刺されてスリーアウト。1点を失って、湘東学園の攻撃に移る。
「ごめん、リードが読まれてた。次からパターンは新しいのに切り替えるから、失点は抑えるよ」
「え?嘘?どこが読まれてたの?」
「カウントを取りに行く時、関東大会ではスライダーに頼るリードをしていたけど、そのせいで露骨なスライダー狙いだった。少なくとも3番と4番は、カウントを取りに行くスライダー狙いだったね」
出合い頭は仕方ないよと声をかけようとしたら、リードを読まれていたと詩野ちゃんは言う。露出の多い湘東学園は、分析されるとしたらまず詩野ちゃんのリードが分析される。
完全にアドリブのリードも、結局は人間が考えるアドリブだからパターンは出来ちゃうんだよね。直近のリードを研究している辺り、本気で勝ちに来ていることは分かる。
強豪校が弱小校に1対0で負けているとか、もしも漫画とかならこの後の展開は強豪校が負けそうな展開になるだろうね。慢心と油断で、強豪校側が点を取れずに負ける感じ。
だけど、湘東学園の打線で点が全く取れないなんてことはあまり無い。こう思う時点で慢心なのかもしれないけど……早速、真凡ちゃんがセンター前へのヒットで出塁。詩野ちゃんが右中間を破るツーベースヒットで続き、ノーアウトランナー2塁3塁で聖ちゃんが逆転のセンター前タイムリーヒットを打った。
私に打順が回るまでもなく湘東学園は逆転に成功し、ノーアウトランナー1塁という場面で私の打席を迎える。向こうは早くもタイムを取ったけど、勝負するか否かの相談かな。ここで勝負なら、こちらとしてもありがたいけど敬遠になった。
……そして、次のバッターである智賀ちゃんはスリーランホームランを打つ。去年よりもバットコントロールが上達した智賀ちゃんは、圧倒的なスイングスピードにも磨きがかかり、打球はレフト方向、場外に消えた。
1対5と、4点差になると向こうは早くも士気が落ち始める。本城さん、美織先輩、奈織先輩の3年生組に連打を浴びた向こうのエースは苦笑いをし、9番の優紀ちゃんに向かって全力のストレートを投げるけど、優紀ちゃんが珍しく一二塁間を抜くタイムリーヒットを打つと、試合の流れは決まった。
1番から9番まで、1打席目で私以外の全員がヒットを打つ。そんな猛攻に襲われた平塚商科は、思い出作りのためか私に満塁で勝負を挑み、そのまま満塁ホームランを打たれた。
1対13となったところで、目に見えて雑な攻撃になった湘東学園は、その後追加点を取らず1対13のまま試合が終わる。先発の優紀ちゃんは、4回を投げて被安打3、失点1というピッチング。4回裏には代打で高谷が出て、公式戦初ヒット。5回表には私がマウンドに上がり、三者三連続三球三振で締めた。
甲子園に向けて好発進をした私達は、次の相手が決まる試合を観るためにそのまま観客席へと移動する。マウンド上にいるのは、川崎立花のエース三村さんだ。




