第15話 最短距離
真凡ちゃんと智賀ちゃんの練習試合の打率は、真凡ちゃんが5分で智賀ちゃんが0分。真凡ちゃんはこの前の試合が初安打だったので20打数1安打。智賀ちゃんは、20打数0安打だ。
2人とも、打撃練習でピッチングマシンのボールを打つ時にはそれなりに快音を響かせている。でもそれは、練習試合だと絶対に出ない快音だった。
「……何で、私達は打てないの?目が慣れたら、打てるようになるの?」
「おおう、思っていたよりストレートに来たね。
何で打てないか、ちゃんと考えてる?」
「考えてるわよ。これでもバットを短く持ったり、バッターボックスの後ろに立ったり、工夫はしているわ。家に帰った後は、素振りもしてるのよ」
「うん。上手くなりたかったら、暇な時にはバットを振れっていうの、守ってくれてたんだ」
痺れを切らしたのか、真凡ちゃんは直接私に聞きに来た。出来れば自分で気付いて欲しいことなのだけど、やっぱりヒント無しだと難しいかな。
「目に関してだけど、真凡ちゃんは良い目を持っているから関係ないと思うよ。
となると、答えは絞られるでしょ?」
「やっぱり、スイング?でも、スイングが悪いのなら早めに教えてくれても良いじゃない」
「いや、最初から正解のスイングを教えても身に付かないから教えなかったんだよ。悪い例が、何で悪いのか体感してからでも遅くは無いし」
真凡ちゃんがスイングの悪さを自覚し始めたので、そうだよと言い切っておく。早い段階で正しいスイングについて考えながら振っていると、余計に打てなくなると私は考えているから少しだけ様子見をしていたのだ。
「じゃあこれから、真凡ちゃんのスイングを真似するから、どこら辺が悪そうか言ってくれる?」
「簡単に真似できるの?
…………特に、おかしく無いような気がするけど?」
「んー。このスイングで、ボールを打つ地点はどこかな?」
「えっと、この辺じゃない?」
バットを持って、真凡ちゃんのスイングをスローモーションで再現する。初心者が何も考えず、見よう見まねをすると、なってしまうようなスイングだ。すると真凡ちゃんはじっくりと私のスイングを見た後、どこが悪いのか分からないと言って来た。
……ちょっと、意地悪だったかな。今度は分かりやすいように、極端なスローモーションを行なう。バットが身体の横を過ぎてから、加速するような真凡ちゃんのスイングを、忠実に再現した。
「……ああー!バットがボールを打った後に加速してます!」
「智賀ちゃん正解!真凡ちゃんのスイングの悪い点は、バットの振るスピードが本来ボールを打つタイミングまでに加速し切ってないんだよ」
「だから、ゴロが多かったの?」
「ゴロが多かったのは、バットを当てに行ってスイングを止めていたからだよ。バッティングマシンだと振り抜いているのに、試合だと振り切ってないんだ」
真凡ちゃんの悪い部分を、1つずつ言っていく。その上で、フォームの改造に着手して行こう。まずは、バットがボールに当たるまでの距離を最短にすることからかな。
……正直に言って、今までのスイングでゴロを量産出来ていたのは単純に目が良かったからだ。その目を活かすために、スイングを始めてからボールに当たるまでの時間を極力短くしたい。
変化球の曲がり始めを打てるように、バッターボックスの前の方に立たせる。バットを振る際に、前方への体重移動を行なうことも忘れずに指導。
一通り伝え終わったら、ひたすらトスバッティングでスイングを固め始めよう。真凡ちゃんがひぃひぃ言いながら久美ちゃんのトスを打ってる姿を確認して、智賀ちゃんのバッティングに話を移した。
「智賀ちゃんは、これから守備練習の時にノッカーをお願いしようかな」
「ええ!?私、ノックなんて打ったこともありませんよ?」
「いや、良いんだ。少しずつノックが上手くなれば、ボールの飛ばし方が分かる。
まずは、ヒットコースへ打球を飛ばす感覚をノックで掴もう」
「す、スイングの方は良いんですか?」
「最短距離が、必ずしも正解ってわけでは無いからね。でもまあ、智賀ちゃんも少しだけ変えておこうか」
智賀ちゃんのスイングも、インパクトすべき場所でスイングのトップスピードになっていない。そこを改良する方法として、智賀ちゃんはクローズスタンスを取り入れる。手足の長さを活かして、外角のストレートを強く流せるというバッティングを身に付けさせたい。
「智賀ちゃんは引っ張る力が強いから、その力を流し打ちにも利用しよう。もちろん、今まで通り引っ張るタイミングで打ってみてね」
「はい!
えっと、投手に対して身体の前面を隠すように立って、スイングはここで最速にするから……こう、ですか?」
「うん。少しはマシになった。やっぱり、スイングを固めてからノッカーをしようか」
智賀ちゃんは、身体が大きいからか打球速度も早い。今の出塁率の高い打線で、併殺だけはさせたくないので打球を上げるという訓練もしていく。
だけど、智賀ちゃんの場合はまずヒットを打つ感覚というのを掴むべきだ。高いフライが、外野定位置に飛ぶか中間地点に飛ぶかでフライアウトか長打かが変わる。
右中間、左中間に打球を飛ばす感覚を身に付けさせて、長打を狙うバッターに育てよう。ホームランバッターにするのは、その後かな。体格的にはホームランバッターにしても良いのだけど、筋も良いから率を残せるようにはしていきたい。
今日は外野3人衆で、ひたすらトスバッティングを行なった。こっちの方がより多くバットを振れるし、フォームの改造には、トスバッティングが一番効率の良い練習だ。しかしながら、その結果は芳しく無いので、あと数日はトスバッティングを続けよう。
……久美ちゃん、トスバッティングでボールを投げることは出来るのか。バッターの斜め前からボールを下投げで投げるだけでも心配だったけど、杞憂だったかな。




