第153話 富士山
GWを迎えて、湘東学園の野球部一同を乗せたバスは代表合宿でもお世話になった富士山の麓にある合宿所へ移動をする。ここで静岡の三島東高校と、新潟の日本理文高校の3校合同で合宿を行なう。1軍2軍入れ替え戦の前に、それぞれの高校で練習試合も行なうから、そこでの成績も当然加味する予定だ。
三島東高校は静岡の強豪校で、昨年のGWの時も練習試合をした高校だね。あの時は17対6でボロ負けをしているから借りを返したいし、日本理文は春夏合わせて15回も甲子園に出ている強豪校。両校ともに、1軍2軍のメンバーを50人前後連れて来ているので、合宿所は野球少女でいっぱいになった。
唯一、私達だけ3軍まで引き連れている状態。各ポジション毎に分かれて練習を始めるけど、強豪校の1軍2軍の面子は結構な割合で3年生なので、湘東学園の1年生の面々は色々と教えて貰っている。
「じゃあ、外野組もライト組とセンター組とレフト組で分かれようか。はっきりと決まって無い人や、どこでも守れるという人は自由参加で良いよ」
「自由参加だと、カノンの居るセンターに人が集まるやろ?
あ、うちのこと知ってる?」
「三島東の4番、上松誠子さんでしょ?去年の試合でホームラン打った人を、忘れるわけないじゃん」
「フルネームで憶えてくれてたんか?じゃあ、今日のリーダーは奏音に任せても良い?」
「ええ……そこはキャプテンで3年の上松さんがやりましょうよ」
私はセンター組に入って、色々とアドバイスをしたり指摘をする。1年生達がお世話になるし、私達も言えることは言って行かないとね。他校の生徒と交流できるのは、やっぱり良い。
「というか、私は後で投手組の方にも行くのでリーダーは上松さんがお願いします」
「あー、そっか。二刀流は大変やな」
「大変というほどでも無いですけどね。ちなみに、上松さんは関西出身なんです?」
「いや、関西弁に憧れてんねん。ジャガーズファンやしな。生まれも育ちも静岡やで」
似非関西弁を喋る上松さんは、面倒見が良くて面白い人だ。守備が上手く、ノックの際に背面キャッチも披露している。私も背面キャッチは憧れて練習したので前世の時から出来るけど、落下地点の予測が精確じゃないと出来ないことだし、軽々しく出来る時点で守備は相当上手い。
三島東高校の昨年度の成績は夏大で準優勝、秋大でベスト4と、甲子園まで後一歩で負けているけど、甲子園で戦えるぐらいには強い高校だ。今年は上松さんを始め、良いバッターが多いから甲子園には行けるかな。
合宿初日は各ポジションで集まってノックを受けた後、各高校の筋トレ内容や体力作りを参考に実戦してみたりもした。日本理文も三島東も、強豪校故に1年生は秋頃まで基礎練習が多く、身体を大きくするためのメニューがびっしりだから凄い。
……その日本理文や三島東の面々にも引かれる湘東学園の練習量は、ぶっちぎりでヤバいということだろうな。特に3軍の練習は、苛烈なものにもなっているから傍から見たら虐待かもしれない。
中には、ロープを身体中に巻き付けてタイヤを大量に引いている女の子とかいるし。3軍の水江麻樹さんのことだけど、彼女はちょっと特殊な性癖の持ち主なので、一部の野球部員からはエムエムと呼ばれている。
「投手組のリーダーは誰?」
「日本理文の橘川萌さんだよ。カノンも午後から投手組?」
「うん。投手でもあるから、情報収集はしたいなって」
大量に用意されたカレーライスを昼ご飯として食べながら、優紀ちゃんに投手組のことについて聞く。すると投手組のリーダーは日本理文のエース橘川さんのようで、この人は速い変化球が豊富なはずだから教わることは多いかな。
「何か教えて貰った?」
「ん、変化球の握りだけ教わったかな。後は、怪我は焦るなって。肩を休めるのも練習の1つだって言われたよ」
「そっか。新しく覚える変化球はもう決めたの?」
「うん。ワンシームとツーシームを投げてみようと思ったよ。橘川さんが、ぐいぐいとワンシームを押して来たし、それが決め手だったかも」
優紀ちゃんはデッドボールによる怪我をする前、ツーシームに挑戦をしていたけど、ワンシームにも挑戦してみるとのこと。速球が速くなって来たし、速球系の変化球もあれば効果的に詩野ちゃんが使ってくれるだろうから、優紀ちゃんの選択は後押しして行こう。
久美ちゃんや詩野ちゃんは、日本理文にいるスクリュー使いからスクリューの使い勝手の良さと危険性を聞いたようで、結構悩んでいた。スクリューと言えば東洋大相模の石川さんだけど、あの人は代表メンバーに選ばれなかったんだよね。
右バッターにとって、大きく変化しないスクリューは打ちやすい部類の変化球になる。取得するために練習をするなら本腰を入れないといけないし、肘への負担も大きいから悩んでいるっぽいね。
午後は打撃練習やシート打撃を行ない、多くの投手と対戦をする。豪華な打撃投手がずらりという状況を見て、合同合宿にして良かったと思えたよ。




