第13話 夜の会話
「んー、話せば長いような、短いような……学園長が私の親戚ってことは分かる?」
「はい。同じ実松姓ですし、血縁関係があるかもしれないとは思いました。実際に、親戚なのですか?」
「うん。学園長は、私のお父さんの姉なんだ。お父さん、伯母さんには頭が上がらないみたいなの」
私がこの学園に来た経緯は、私が自身の将来について真剣に考えて無かったからだろう。父親の姉である伯母さんは、女子野球で有名な私を「来てくれるわけないけど、誘うだけなら無料だし、とりあえず誘っておこう」という思考で誘った。
……例えそういう思考だったとしても、伯母さんが父親に高圧的な態度で迫っていたのは事実だ。数あるお誘いの中で、私の知っている人からのお誘いは伯母さんしかなかったので、それだけでも選択肢の中では上位候補だった。
もちろん、私だって下調べ無しで学園を選んだわけではない。ちゃんと湘東学園の野球部のホームページも確認したし、写真だって見た。そのホームページには、最新鋭の筋トレ施設が整ったスポーツジムや、綺麗なグランドが載っており、部員数は28人と書いていた。
……部員数、28人と、書いていた。入ってから分かったことだが、大半が幽霊部員や兼部している部員であり、本格的に野球の練習を毎日していたのは9人だけ。その内の5人が私より3つ上の学年で、残りの4人が小山先輩や大野先輩、鳥本先輩達だ。
ホームページを見て、少数精鋭だけど良さそうな環境だと私は思った。だから父親に対して「なかなか良さそうだし、行っても良いよ」と言ってしまった。後は、トントン拍子で湘東学園への進学が決まる。両親は、まさか伯母さんの学園の野球部がそこまで酷い状態だとは思わなかったらしい。
元々、両親の出張が多くて放任気味だったことに加え、私が流され体質だったことも災いした。面接の際も野球部について聞いてみたけど「真剣に甲子園を目指しています」とだけ返って来て、そこでは違和感を覚えなかった。これからどんどん、野球でのスポーツ推薦に力を入れたり、設備に力を入れていくことを聞かされたからかな。
……伯母さんの対応が遅かったから、完全に私の入学が決まってから色々と手を回している感じだ。そんな感じのことを纏めて伝えると、春谷さんからは白い目で見られた。
「野球部の見学には、行かなかったんですか?」
「グラウンドとスポーツジムだけ見たよ」
「……スポーツジムは他の部の人も使いますけど、本当にお金かかってますよね」
「うん。たぶん、かなりの金額が筋トレ設備に使われてると思う」
湘東学園は、かなり運動部の成績が良い。陸上やサッカーは全国に出た経験もあるし、卓球やテニスも常に神奈川県の優勝候補と隙が無い。唯一、野球部だけが強く無かったわけだ。世界レベルで、女子野球が盛んなのに。
……たぶん、学園長の意向だったんだと思う。あの伯母さん、私に対してだけは甘いから、生活費の方でも結構な額のお金を貰っている。
ありがたい話ではあるのだけど、私が野球部に入って無かったら、野球部の厚遇も無かっただろう。50ダースの練習球と、エアー式のピッチングマシンの金額を改めて調べて、ちょっと怖くなったよ。
……軽々しく200万円ぐらいだと言ったけど、やっぱり200万円は大金だ。それを軽々しく買えるのは、凄いと思う。
「春谷さんは、何で湘東学園に?」
「カノンさんを追いかけて、と言ったじゃないですか」
「……どうやって知ったのか、聞いても良い?」
「普通に、カノンさんのチームメイトの木南さんが教えてくれましたよ。あの子とは小学生の時に同じチームだったので、中学生になってからもやり取りは続けてました」
私の話が終わったので、春谷さんの方も聞いてみる。すると、本当に私を追いかけてこの学園に来たようで、私のチームメイトだった聖ちゃんが進学先を教えていたみたいだ。
……あまり言い触らさないでね、とは言ってたけど、聞かれたら答えちゃうか。聖ちゃんは1つ下の後輩で、私のことをよく拝んでいた面白い子だ。ポジションは内野で、セカンドが本職になる。
去年は2年生ながらセカンドのレギュラーに抜擢されるほどで、守備力と足の速さが持ち味の守備職人だ。まあ、キャプテンには指名出来ないような子だったけど。
春谷さんと会話をしていたら、苗字ではなく名前で呼んで欲しいという会話にもなった。そもそも、春谷と呼ばれること自体にまだ違和感があるみたいだ。
特に断る理由も無いので、これからは久美ちゃんと呼ぶことにする。久美ちゃんは元から私のことを名前で呼んでるし、こっちから提案しても良かったかな。
ふと、後ろから視線を感じたので後ろを振り向くと梅村さんがいた。ほぼ全滅していた中で、唯一本を読む余裕があった梅村さんは、私が帰って来ないから気になって探しに来たらしい。
……途中から会話を盗み聞きしていたみたいだけど、どこから聞いていたんだろう?
「どこから盗み聞きをしていたの?」
「……えー、伯母さんが、カノンさんに対してはだだ甘ってところから」
「結構前からいたね⁉︎」
梅村さんに率直に聞いてみると、半分ぐらいは聞かれていたみたいだ。せっかくなので、この機会に梅村さんのガールズ時代のことでも聞こうかな。
明日も朝は早いけど、まだ眠るには早い時間だ。ガールズ出身の3人で、眠たくなるまで語ろうか。




