第128話 絶叫
本城さんのかっ飛ばした打球は、ぐんぐんと伸びてセンター方向、バックスクリーンに吸い込まれる。本城さんのホームランで、湘東学園は3対1と1点を返した。その後は私が敬遠され、盗塁して進塁するも、智賀ちゃんが外野フライを打ついつもの流れ。そろそろ智賀ちゃんの1発が出る頃だけど、期待し過ぎても駄目か。
本城さんのホームランは、久しぶりかな?脇腹を痛めて以来、見て無かった気もする。相手の法島さんがツーアウトを取って、一息付いたお陰かもしれない。力が入り過ぎるのは良くないことだけど、気を抜き過ぎるのも良くないことだね。
この1発で、少なくとも湘東学園は一方的にやられないという意思表示は出来たと思う。しかし久美ちゃんは2回と4回にも1点ずつを失い、5回途中、ワンナウト満塁で降板することになった。後を継ぐ私も犠牲フライを打たれ、試合は6対1と5点差まで開く。
「久美、絶対に出塁しなさいよ。私も続くから。ランナーを溜めて、この回でもう一度カノンに回すわよ」
「……分かりました!」
5回裏は、9番の久美ちゃんからの打順。私は2打席連続で敬遠され中なので、観客席から野次は飛んでいる。でも私の今回の甲子園での成績、5打数5安打4本塁打8四球なのでまともに勝負する方がアホらしいという。私だって投手やってる時に、私が打席に立ったら敬遠するもん。
……だけど、私にとってそれは全面的に肯定できることではない。そして観客にも、そういう人は多いのだろう。
久美ちゃんがヒットを打ち、真凡ちゃんがプッシュバントで上手く投手とサードの間を抜いたヒットを打つ。優紀ちゃんが送りバントでランナーを進め、本城さんが四球を選んだワンナウト満塁の場面。履陰社のバッテリーは、私を敬遠した。
満塁なので、自動的に1点は入る。しかしこの試合で、私は3打席連続敬遠。前の試合も含めれば5打席連続敬遠を受けた私に同情する人は多いのか、観客席から今までに無いぐらいの怒号と罵声が飛び交った。
「何で満塁で敬遠してるの!?ふざけないでよ!」
「ホームランを打たれても追い付かないよね!?何で勝負しないの!!」
「おかしいでしょ、ねえ!!」
……そしてこの瞬間、先発の法島さんは汚れ役を買って出たことも把握する。昨日の試合で投げたとは言っても、エースの方は6回から、2イニングのみの登板だった。恐らく、準決勝に滋賀学院が勝ち上がっていたならエースが登板していたのだと思う。
私を全打席敬遠する予定だったから、法島さんが先発には選ばれたんだ。もしかしたら、志願したのかもしれない。この環境下で投げること自体、トラウマになってもおかしくないからね。
結局法島さんは、きっちりと4球、バットの届かないところに投げ込んだ。わざと空振りして時間を引き延ばしても良いけど、投げている法島さんの方が辛そうな顔をしているので振らなかった。
私はもう、敬遠に慣れたからどうとも思わなくなってきた。既に何回も、満塁での敬遠も受けているしね。
続く智賀ちゃんが犠牲フライを打ち、奈織先輩がヒットを打ったことで、湘東学園はこの回に3点を取った。試合は6対4と2点差まで詰め寄り、逆転も十分に射程圏内だ。
しかし6回裏から履陰社はエースの浦田さんをマウンドに送り、湘東打線は抑え込まれる。そして7回表、私は履陰社の4番に一発を浴びたことで7対4と3点差に開いてしまった。
7回裏、ツーアウトランナー無しで迎えた私の打席。ここでようやく、私は勝負をして貰えた。舐められているわけでは無い。履陰社側は私にホームランを打たれても、もう99%大丈夫という状況だ。
初球、落差のあるカーブを内のコースいっぱいに決めて来る。右バッターへの内角攻めが得意な左腕なら、智賀ちゃんが打つのは難しいかな。そう思いながら2球目、投げて来るだろうと思った内角へ食い込むカットボールを、レフトスタンドまで運ぶ。
試合は7対5と、2点差で湘東学園は履陰社に敗れた。これで私達は、甲子園から去ることになる。
「はあぁ。試合前に「決勝を大阪同士の対決にはしない」って言ったのに、負けちゃったよ」
「あ。これで決勝戦は、大阪同士の対決になるのね。……甲子園の土って、春は持って帰ったら駄目なの?」
「良いと思うけど、あまり見ないし、持って帰るにしても一掴み分にしときなよ。それに、また来るでしょ」
試合終了後、真凡ちゃんを始め、何人かが甲子園の土を持って帰ろうとしていたけど、また来るでしょと言うと、持って帰ろうとするのを止めた。絶対に戻って来られるとは限らないから、持って帰りたいなら持って帰って良いと思うけど、そういう考えの人はいなかったみたい。
「それもそうね。……絶対に夏はここに戻って来て、履陰社にリベンジしたいわね」
「いや、大坂桐正と履陰社は枠が同じのはずだから、履陰社は夏の甲子園に出られないんじゃないかな?」
「え?大阪も、今年の夏は2分割じゃないの?」
「うん。大阪は2分割だけど、大坂桐正と履陰社は同じ枠になるんだ。選抜甲子園の決勝が大阪同士の対決になったから、もしかしたら考慮されるかもしれないけど」
滞在費は甲子園で負けた日の翌日まで出るけど、当日にさっさと神奈川まで帰る。出発する前にはもう完成しかけていた寮が完成しており、本格的に湘東学園が強豪校になろうとしている意気込みを感じた。




