第122話 敬遠球
3回表に私をマウンドに上げるということは、久美ちゃんが5回か6回から投げることになるかな。初球の縦スラで勇菜ちゃんの空振りを誘えたので、1球高めに外してカウントは1-1となる。
勇菜ちゃんの中学時代は、いつも私の後ろで5番を打っていて、彼女がいたからこそ私は勝負されるという場面も多かった。勝負強いバッターだし、満塁には強い。……全体的に打ちまくるチームだったし、その中でも打撃センスだけでレギュラーを勝ち取っていたのだから、打者として見るとかなり厄介だね。
ワンナウト満塁、カウント1-1から3球目。ツーシームを低めに投げるもボールになった。カウントは2-1と、バッティングカウントになる。……勇菜ちゃんは、この2-1というバッティングカウントで振って来る可能性が高い。
癖というか、バッティングカウントだと振りに行くというバッターは多いけど、勇菜ちゃんの場合はほぼ決め打ちで打ってくる。秋の地区大会のビデオを見てもそうだったし、みんな成長したところは多いけど、変わらない部分もある。
ちょっと早いお披露目だけど、仕方ないかな。4球目、勇菜ちゃんの好きな内角、腰の高さへ速い球を投げ込み、勇菜ちゃんはその球を打ち損じる。詰まった打球はセカンドを守る奈織先輩が処理し、併殺でスリーアウト。初見の高速シュートにバットを合わせられるのは流石だけど、今回は私の勝ちだ。
「ナイピ。よく懐へボールになるシュートを投げ込めたね」
「絶対に、振ってくれる自信があったからね。あのコースを、上手く捌けるのが勇菜ちゃんの凄いところだよ。
それとこのペースなら、5回まで行けると思う」
「うん。それまでに、逆転しようか」
3回裏の攻撃は、1番の真凡ちゃんから。1回裏は三者凡退だったし、2巡目に入るこの回は誰かしら出塁するかなと思っていたら、全員打ち取られてスリーアウト。
抑えないといけない回はしっかりギアを上げて丁寧にコースを突いてくるし、これで次の回はまた私の四球から始まるのだろう。3回が終わってノーヒットは、嫌な流れだな。
続く4回表は私が三者凡退に抑え、迎えた4回裏。4番の私からの攻撃だけど、当然のように2打席連続の敬遠だ。2球続けて、さっきの打席よりも警戒してボール球を投げているから凄いと思うよ。
序盤の1点が重いなぁ、と思いながら、3球目を振る。どうせ、全力で投げてくれるなら球数は多く投げさせた方が良いだろう。このぐらいの反抗は、許して欲しい。ルール的に、問題の無い行為だし。
「……どういうつもり?」
「カウント2-2なら、勝負してくれるかなって」
じろっと鋭い目で見つめて来る篠宮先輩だけど、2球多く投げることになった程度で睨まないで欲しい。あまりの剣幕に、審判も注意出来て無いし。もう1球、敬遠球を振るとカウントは2-2となった。そしてここで、観客から真弘ちゃんへの野次は最大となる。
……2打席連続敬遠なんて、甲子園ではあまり見たくないシーンだし、現時点で私の味方はそれなりに多そう。そして選抜甲子園の大会最多本塁打記録に、私は並んでいる状態だ。観客の中には、4本目の本塁打を期待している層も多いはず。
5球目、それでもボール球を投げたことでマウンドには色々な野次や罵声が飛んでくる。マウンドに立ったら分かるけど、本当に色んな人の声が届くんだよね。そしてピッチャーは、メンタル面の影響を強く受ける。
フルカウントから6球目、罵声のせいか、逃げたくないという気持ちのせいか、僅かに内側へ入って来た球は、私のバットの届く範囲でワンバウンドする。その速球にバットを合わせ、ライト線へと流し打ちをした。
打球は、ライト線の内側に入る。
「回れー!」
「3つ行けるよ!」
ベンチからは優紀ちゃんの声や本城さんの声が届き、私は3塁へと向かう。危ないタイミングではあったけど、滑り込んでセーフという声を聞いた瞬間、一気に安堵してホッと息を吐いた。
ノーアウトランナー3塁で、智賀ちゃんと詩野ちゃんに打順が回るなら1点は貰ったも同然だ。
しかし前科のある智賀ちゃんにスクイズの指示は出せず、犠牲フライを期待するも三振でワンナウト。詩野ちゃんに打順が回るけど、詩野ちゃんはこの打席も勝負を避けられ気味で、私とは違いストライクゾーンに投げて来るけど、結局フォアボール。
これでワンナウトランナー1塁3塁になって、優紀ちゃんか。スクイズをするには絶好の場面だけど……。
「そっか。そうするのか」
私は優紀ちゃんへの四球を見て、思わず声が漏れた。ワンナウト満塁という状況は、結構守りやすい。スクイズがまず難しくなるし、私以外、まだヒットが出ていない湘東学園打線がここで外野への犠牲フライを打てるかは怪しい。
そして、内野に転がってしまったらゲッツーだ。ヒットを打つことが出来れば大量得点もあり得るけど、0点で終わる可能性も高い。そんな状況で、バッターボックスには8番の奈織先輩が入った。




