第102話 ナックル姫
関東大会2日目の第4試合は神奈川の強豪、東洋大相模と千葉の新鋭、多久大光陵の試合になる。この多久大光陵は、今年の夏の甲子園で脚光を浴びた高校でもある。
多久大光陵の2年生エース、芳田 千恵里さんが特別な魔球を投げる投手だからだ。その魔球の名は、ナックルボール。最終回である7回までナックルを連投し、甲子園の1回戦でノーヒットノーランを達成したのは記憶に新しい。
「あれが、千葉のナックル姫ね」
「お、真凡ちゃんでも知ってるんだ」
「一時期、テレビでもかなり話題になってたじゃない。ベスト8で消えたら、一瞬で触れられなくなったけど」
多久大光陵は、今年の夏の甲子園でベスト8に入っている。エースが健在だから戦力低下は微々たるものだっただろうし、秋季千葉大会では全試合を通じて僅か2失点で優勝をした芳田さんのチームになる。
最速121キロのストレートは、甲子園ではさほど速くない部類に入る。むしろ、少し遅いぐらいだ。しかし90キロ代のスローカーブは一級品で、ナックルに至っては誰も打てないとすら言われている。そんな彼女が率いる多久大光陵が甲子園の準々決勝で負けたのは、単純に延長戦へ入ってスタミナが切れたからだ。
真夏の炎天下、登板間隔が短くなっていく中で9回途中までナックルを連投出来ていたのだから、そのスタミナは異常としか言えないけど。
「カノン先輩、お久しぶりです」
「光月ちゃんか。久しぶり。あれ?聖ちゃんは?」
「……ひじりんはあそこです」
中学3年生なのに私と同じぐらいの体格という、身体は大きな光月ちゃんが挨拶に来たので、聖ちゃんがどこにいるのか聞いてみる。
「久美ちゃん先輩!いつもありがとうございます」
「いえいえ、受け取った情報の対価はきっちりとお支払いしますよ」
すると、聖ちゃんは真っ先に久美ちゃんへお礼を言っていた。そう言えば、久美ちゃんは聖ちゃんから私の進学先を聞いたんだっけ?……この組み合わせは、何か、よろしくない裏取引とかしてそうだね。
「2人とも、うちへの進学が決まったんでしょ?この後、焼肉へ行くからついて来る?」
「え?良いんですか!?ありがとうございます!
あ、自己紹介がまだでした。私の名前は勝本光月です。神戸ガールズで、キャプテンを務めてました。趣味は料理と旅行です」
「はいはーい。私は木南聖です。趣味はカノン先輩の鑑賞で、自他共に認める負けず嫌いです!」
2人が改めて自己紹介をしてくれたので、私としては紹介する手間が省けた。この後、2人とも焼肉へ連れていくことは確定したので、ベスト4進出のお祝い&新入り歓迎会になるのかな?
「湘東学園は結構噂になってますよ。何か、今年は結構な数が湘東学園へ流れるって」
「おう?じゃあ、少なくともベンチ入り枠は埋まるね。30人ぐらい入ってくれば、2軍まで作れちゃうかも」
聖ちゃんが、来年の新入生達は湘東学園へ入ろうとしている人が多いことを教えてくれる。まあベンチ入り枠は空いているし、層が薄いからレギュラーも狙えそうとか思ってるだろうね。
うちのレギュラー陣、真凡ちゃんと智賀ちゃんをレギュラー固定にするなら鳥本姉妹が実力的に1番下なんだけど、その鳥本姉妹でさえ3割は打つし守備範囲は広いからね。特に夏の合宿のお陰で、この2人の守備のミスは確実に減ったから、例えガールズの全国大会MVPの聖ちゃんでも二遊間のレギュラーと入れ替えるという発想はない。
もしかしたら、湘東学園の倍率はかなり高くなるのかな?推薦で確保した人は3人と言っていたから、聖ちゃんと光月ちゃんの他にもう1人、投手がいるのだけど、一般で入って来る人は多そうだ。強い学校だと1学年に50人の野球部員も珍しくないし、将来的には湘東学園もそうなるのかな。
「知ってるかもしれないけど、伊藤真凡よ。こっちの大きいのが江渕智賀で……あなた、外野手なのよね?」
「はい。ですから、よろしくお願いしますね?」
光月ちゃんは早速、同じ外野手である真凡ちゃんと智賀ちゃんに挨拶をしているけど、真凡ちゃんと智賀ちゃんは警戒をしてしまっている。あれだと、打ち解けるには時間がかかるかな。あの2人は中学時代、帰宅部みたいな感じだったらしいし、後輩との距離感も掴み辛いのかもしれない。
光月ちゃんの本職はセンターだから、競合するとしたら私なんだけどね?それと、真凡ちゃんと智賀ちゃんに関してはずっと試合で使っていくつもりだ。真凡ちゃんの目と、智賀ちゃんの体躯は天性のものだし、育てないと勿体無いレベル。
観戦している試合の方は、1回表、東洋大相模の攻撃が0点で終わった。芳田さんが、初回から三者連続三球三振というフルスロットル状態だ。9球の内、8球がナックル。東洋大相模の上位打線は、バットに当てることすら出来なかった。
……これは、東洋大相模の投手陣次第かな。延長戦にもつれたら、絶対的なエースしかいない多久大光陵は不利になる。どちらが勝つかは、まだ分からない。




