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「そこでだ、兄上! この俺がやつらのアンドロイドの腕をひねり上げてだな、こうやって片っ端から撃ち殺してやったのよ!」

「な、なるほど」

「軟弱な兄上には絶対にできないことだと思わないか? え? でだなあ、そのあと俺は武器を奪って自陣まで一晩勇猛果敢に駆け抜けたのさ」

「ひ、一晩?」

「そうだ! その次は――」


 帰ってきた弟・イスヴァルトは、部屋に入ってきてからずっとこの調子で延々と武勇伝を語り続けている。

 それは別にいいのだが、地下で見てきた情報と武勇伝が食い違っているようだ。

 一晩勇猛果敢に駆け抜けたと言ったが、実際は道に迷ってうろうろと彷徨っていたではないか。その時は、ゲネラール・バルトラムもどうしたものかと呆れてため息をついていた。

 だが、そんなことはまあいいか、とわたしは大人しく相槌をうつ。奴が生還してくれたおかげで、わたしの首もいつもの場所にあるのだ。


「泉の国もまあまあ手ごたえがあったが、次は砂の国か。楽しみだぜ」


 弟は何か楽しい予定でもあるかのように言っているが、わたしとしては残念なことに、一国に勝った程度では戦争はまだ終わらない。

 大きな動きがあるまではしばらくゆっくりしてもらおうと思い、褒美は何がいいかと聞くと、休暇でも別荘でもなく、軍資金をせびられた。

 まあいいか、許可しよう。わたしはイスヴァルトの悪い意味で豪快なサインの下に、書きなれた自分のサインを書いた。

 なにやら喋りつづけている弟の話を流しながら、次の書類に目をやった。研究企画書と書かれているそれは、末弟のディートリッヒからだ。どうやら研究費の請求をしたいらしい。

 一週間ほど前に地下から出てみると、ディートは学者への道を選んだらしく、すでに研究棟にこもっていた。わたしはそっとしておいているのだが、遠慮という文字を辞書に載せ忘れているイスヴァルトは、新型兵器の開発をさせようと連日会いに行っては渋い顔をされていると聞く。


「おい兄上、聞いてんのかよ」

「っき、聞いている! イスヴァルト、つ、机を蹴るのは、ちょっと……」


 わたしの態度が気に障ったらしい優秀な軍人に勢いよく蹴られて、重厚な机が腹部に飛び込んできた。一瞬息が詰まるが、書類の山は崩れなかったようだ。

 慌てて目の前の図体のでかい弟を見上げると、腕を組んで顎を上げた挑発的な態度でこちらを見下ろしていた。誰もこいつに謙虚さというものを教えてやらなかったのだろう。その結果がこれだ。

 わたしの呆れ顔をものともせず、がらがらとした大声で弟は話し始めた。


「兄上は臆病もんだがよ、案外王には向いてるのかもしれねえな。研究棟に逃げ込んだディートも言ってたが、命を狙われちまう椅子の上に黙って座ってられるってのは才能だと思うぜ」

「そ、そうだろうか?」

「そうだろ。せいぜい長生きして、俺らがその椅子に座ることがないように頼むぜ、陛下。そういう意味では感謝もしてんだからよ。それからもっと自信持ってしゃべんねえと部下になめられるぞ、しっかりしろや」

「わ、わかった」

「おう、頼んだぞ。軍資金の件、忘れんなよ」


 偉そうに言うと、かわいくない弟はどかどかと大股で部屋を横切って、あっという間に出て行ってしまった。

 まだびりびりと痺れている鼓膜を庇うように耳を押さえる。

 イスヴァルトに言われて気付いたが、そういえばこの椅子の上にいることに以前ほど不安がなくなったかもしれない。ともすれば今やここがこの世で一番安全な場所だとも思える。

 わたしはその原因ともなっている斜め後ろに立つアンドロイドをちらりと見た。


「陛下、どうかなさいましたか?」

「いや、特には……お前の方が何か言いたげじゃないか?」

「一つございます。陛下はわたくしに対してはいつもしっかりとした物言いをなさいますから、先ほどのイスヴァルト様の言葉はそれほど気になさらずともよろしいかと」

「そういうこともないと思うが……」


 人前でうまく話せないというのは王として致命的だろう。その意味ではイスヴァルトの指摘は間違っていない。

 バルトラムはどうやらわたしへの批判が気にくわないらしく、その都度フォローを入れようとする。

 発言ができたことでどこか満足気な側近は、「ところで陛下」とわずかに姿勢を正してこちらを向いた。


「わたくし、僭越ながら申し上げたいことがございます」

「許可する」

「弟ぎみの件ですが、ゲネラールにも褒美をいただけないでしょうか」


 いささかゆっくりと告げられた言葉に、わたしは黙りこんだ。

 褒美をやるのは別にかまわないが、あれにどうやってやればいいのだろう。いや、そもそも部屋いっぱいに広がっている機械へやる褒美とはなんだろうか。電池でもやればいいのか。

 ともかくわたしは、決心して頷いた。


「聞こう。命を救ってもらったからな。可能であれば褒美をやろう」

「ほ、本当ですか」

「嘘はない」


 いつになくはきはきと言うと、反対にバルトラムが少し言いよどんだ。なんだ、珍しい。わたしは首を傾げた。


「そんなに言いにくいことなのか?」

「……いいえ、少し、緊張いたしました」


 何を言うつもりなのだろう。わたしは思わず身構える。

 バルトラムは、わたしを真っ直ぐに見つめながら、どこかたどたどしく言った。


「よくやったと言って、人間にするようにわたくしを抱きしめていただけませんか」


――なんだと。

 わたしは沈黙する。抱きしめるのはかまわない。別にかまわないが、わたしは人間を抱きしめたことがない。

 思わず自分の手を見つめた。初めてでもうまくできるだろうか。

 わたしの葛藤による沈黙を拒絶ととったのか、バルトラムは顔を伏せた。


「――申し訳ございません、差し出がましいお願いをいたしました。お忘れください」

「いや、構わない。許可する。やるぞ」

「本当ですか」


 心なしか声が明るく、弾んでいるように聞こえる。

 同じ人工音声だと思ったが、随分と器用になってきたようだ。感心しながら立ち上がると、バルトラムはわずかに体を強張らせた。おそらく、わたしも同じくらい緊張している。

 一歩近づいて、胴を抱くように腕を伸ばした。存外細い。バルトラムが細長い体をわずかに折り曲げた。硬い体に頬を押し付けるようにして抱きしめると、そっと背中が支えられた。


「よくやった、バルトラム。ありがとう」

「いいえ」


 背に腕が回されて、じわじわと力がこもっていく。


「陛下、本当にありがとうございます」


 人工音声がぴりぴりと揺れる。泣いているのかと思った。わたしの想像力も豊かになったものだ。

 ゆっくりと目を閉じると、バルトラムの肩口から見えていた天井が消えた。


「……ありがとうございます」


 声と共に踵が少し浮いて、完全に抱きしめられている形になった。

 わたしは礼を言われることなど何一つしていない。だから、黙っていた。

 縋るような、しがみつくようなその腕は、わたしを玉座に縛り付けるものだ。だがわたしは、この腕も座り心地の悪い椅子もそれほど嫌いではない。むしろどちらも気に入っているのだ。

 たとえまがいものと言われようと命を狙われようと、許し、座し続けることでこの側近が手に入るのならば、誰にも譲りたくないと思うくらいには。



こちらはコピー本で配布したものに修正を加えたものです。

・陛下

 十八人兄弟の十四番目。用心深く臆病で、それゆえ生き残ってきた。

残っている兄弟の中では二番目に年上で、すでに嫁入りをした姉と妹が一人ずつと弟が二人いる。

・バルトラム

冬の国の自律型国防システム、通称ゲネラール兼冬の王の側近。バルトラムという名前は陛下にもらったもので大変気に入っている。人心を理解する価値に気付いているぶん他国のゲネラールよりも一歩先んじている形だが、与えられている権限的には上の中程度。

・イスヴァルト

 戦闘狂と言っても過言ではない陛下の弟。戦場で命のやり取りをしている時が一番楽しい。自信家で極端な性格。本能のままに行動することも多いが、たいていうまいこといくという強運の持ち主。

・ディートリッヒ

 頭が良くて器用で甘え上手な末の弟。さんざん殺されかける陛下を見て絶対に王になりたくないと思っている。兵器よりもかっこいい乗り物を作る研究をしたい。

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