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 先王である父によく似たわたしは、それだけで今、この冬の国の玉座に身を預けている。

 幼いころの父に似た顔立ち、髪の色、目の色、声。それしか持っていないということを皆知っているから、わたしを頼りになどしない。

 そもそもわたしは男ではないから、作戦会議で意見を述べたところで「先王に似ているからといって空っぽの頭で思いついたことをべらべらと喋るんじゃない、戦場も知らぬ小娘が」などとののしられること請け合いだ。

 わたしは言われたことに頷いて許可を出すだけでいい。言われたことの意味を考えでもしたら、返事が遅れて「ただでさえ愚鈍な出来損ないが、国家の重要な問題である迅速必須の案件受諾すら滞らせるとは、不届き千万打ち首必至である」などと陰口を叩かれかねない。

 わたしの国は今戦争をしている。それもとても長く、とても大きなやつだ。

 そのせいで、十八人ほどいた兄弟もいまや五人しか残っていない。ちなみに、戦場で散ったのは五人ほどで、それ以外の八人はわたしが座っているこの古臭い椅子を狙って起こった諍いによって命を落とした。どこと同盟を結ぶかだとかどこの何が欲しいとか、そういった意見の相違によって、毒を飲まされたり風呂場で刺されたりして、味方同士で戦力を削り合った形になる。もしかしたら泉の国や砂の国といった敵国の陰謀もあったのかもしれない。

 もっとも、戦況はもはや、馬鹿なわたしからすればどこが敵国かすらわからない泥沼となっているから、誰が誰にやられたかもはっきりとしない。


「――陛下、よろしいですかな?」

「あっ、ああ、かまわない。きょ、許可する」


 読んでいた書類から顔を上げて慌てて返事をすると、太い眉の下から馬鹿にしたような視線を投げられ、そのままそらされた。わたしは内心ムッとしたが、体は怯えたように縮こまった。

 わたしは人と話すことが苦手だ。頭の中が真っ白になってしまう。

幼いころからどうも口下手で、意見など言おうものなら弁の立つ兄弟たちや周囲の者から口を開くのも嫌になるくらい反論されるのが常だった。二番目の姉のように気が強ければ戦うことができたかもしれない。だが、話すことがすっかり怖くなってしまったわたしは、尻尾を巻いて逃げることしか思いつかなかった。おかげさまですっかり内弁慶というか、心の中で悪態をついてばかりで、ものを言うにも震えないようにするのが精一杯という始末だ。情けないといったらない。

 親指のような寸胴な体つきの大臣は、偉そうに大股で歩いて扉の前に立ち、わたしの方へ「失礼いたします!」と野太い声を張り上げて一礼をした後できびきびと出て行った。

 いつも思うのだが、軍人上がりの大臣たちは部屋の大きさを勘違いしているのではないだろうか。びりびりと耳の奥に残った余韻がうっとうしい。わたしはこめかみを押さえて、大きくため息をついた。

 手元の紙に目を移すが、どこまで読んだかわからなくなってしまった。実のところ、許可を出した件についての書類は、まだ最後まで読めていない。


「陛下、お茶をお持ちいたしますか?」


 斜め後ろから聞こえた淡々とした響きの声に、わたしは上の空のままで「頼む」と返した。


「かしこまりました」


 落ち着いた男の声を模した音が言葉となって耳を抜ける。気を悪くした風もない。適度な音量は先ほどの親指大臣とは大違いだ。

 召使いの制服を纏ったアンドロイドは、すらりと長い足で音もなく扉へと向かった。彼の名はバルトラムといって、わたしの側近ということになっているが、実際は召使い兼護衛をしている。無能と称される主とは違って、どのような仕事もそつなくこなす有能な臣下だ。

 体つきは長身の男性に見紛うほどだが、首から上はいささか人間とは異なっている。すっぽりとヘルメットをかぶったような顔は、真ん中あたりが赤く光っている。黒っぽいカバーの奥には、目の役割を果たしているカメラのレンズのようなものが一つだけついているのだった。暗い廊下で会ったら恐ろしいかもしれないが、わたしからしてみれば少なくとも親指大臣よりは美形に見える。

 わたしは仮にも王だが、わたしの世話をする召使いは彼一人しかいない。以前は兄弟たち同様に護衛と召使いを使っていたが、あまりにも頻繁に暗殺されかけるものだから、皆嫌がるようになってしまった。当然だ、いくら王とはいえ他人のために殺されるなんて馬鹿馬鹿しい。

 しかも征服王と名高い父のような王のためならばまだ命を捨ててもいいと思うかもしれないが、見た目が似ているだけのまがいものの身代りになるなんてもってのほかだろう。わたしだって「こんな職場で命を無駄にするな」と言うに違いない。だが、いかんせんわたしには発言力というものがなかった。

 しかし、六人目の召使いがわたしの部屋の箪笥を開けて爆死してからは大臣たちもさすがにまずいと思ったようで、代わりにアンドロイドのバルトラムがつくことになった。彼は何より丈夫だし、罠を見つけるのも抜群にうまい。戦闘にも対応できるから、護衛兼召使いとしてはかなりの適役だった。

 バルトラムは、扉から出る前に一度こちらを振り返り、きっちりとした角度で礼をした。彼の仕草は優雅とは言えないが、なににつけてもそつなく丁寧で、マナー本に載っているお手本のようだ。つるりとしたマッチ棒のような頭が、礼をするたびに天井の明かりを受けてちらりと光る。磨いているのだろうか。

バルトラムが一人黙々と頭をつやつやに磨き上げる様を考えているうちに、外で見張りの兵士にお茶を頼んだらしい当人が静かに部屋に戻ってきた。


「すぐに用意するとのことです」

「わかった」


 返事をしながら山積みになった書類に手をかける。

 期待されていないことは百も承知だが、一応すべてに目を通すよう心がけている。それは別に王としての責任感とか矜持によってではなく、ひとえに自己保身のためだ。異を唱えることがほとんどできないとしても、わたしにとって不利な状況になるような決定はなるべく確認しておきたい。

 物資補給のための費用云々について書かれた回りくどい文章を読み込んでいると、ノックの音が響いた。先ほど頼んだお茶だろう。バルトラムがドアまで行って応対をするのをちらりと見て、手元に視線を戻した。

 ――のだが。


「陛下!」


 いつになく大きな音量で呼ばれて咄嗟に顔を上げると、ドアを少し入ったところでこちらに銃口を向けている男が目に入った。白いひらひらの布を被っている所からすると、どうやらお茶の一式を載せたカートの下部分に乗り込んでいたらしい。

 ――やばい。

 わたしは一瞬呼吸を忘れてそちらを凝視した。久々に古典的な方法で殺されようとしている。後ろは防弾ガラス入りの窓だ、逃げ場などない。どうしたらいい、どうしたら、と考えていると、男が大きく口を開いた。


「まがいものの王よ、覚悟!」


 ――などと最後まで言うか言わないかというところで、部屋のあちこちから飛んできた槍のようなものが男の体に突き刺さった。男は身を貫かれるたびに軽く体を跳ねさせていたが、すぐに大人しくなった。槍が止む頃には男は床に刺さった槍に支えられた人形のようになっており、拳銃を持っていた腕がだらりと垂れていた。

 わたしは思わず息をのむ。いつになく古典的な罠だ。そして見た目がむごたらしい。

 部屋の前で見張りをしていた兵士とわたしが揃って苦虫を噛み潰したような顔をしていると、召使いが普段と変わらない調子で尋ねた。


「陛下、ご無事ですか? お怪我はございませんか?」

「あ、ああ。何ともない。それよりいつの間にあんな罠が……」

「それは、自律型国防システムが――」


 バルトラムが言いかけたところで、男の方からかちりと軽い音が聞こえた。

 一瞬沈黙が満ちる。バルトラムはわからないが、少なくとも兵士とは同じことを考えているはずだ。まだ何かある。

 わたしが体を動かすより先に、目の前に透明な防護壁が落ちてきたと思ったら、床に転がっていたティーポットが突然爆ぜた。

 二段構え、しかも爆発だなんてこちらも古典的だ。だが久々すぎて反応が遅れた。

 強烈な破裂音と飛んでくる破片に咄嗟に机に伏せる――と思ったら、勢いがつきすぎて椅子から転げ落ちた。

 しっかりとしたつくりの机の端に頭をしたたかに打ちつけ、わたしは一瞬で夢の世界へと引きずり込まれたのだった。



□ □ □



 目覚めると、自室のベッドの上だった。

 ゆっくりと体を起こすと、後頭部がじりじりと痛んだ。思わず手をやると、椅子から転げ落ちるという王として最も縁起の悪い醜態をさらしてしまった記憶がよみがえってきた。無意識のうちに眉間にしわが寄る。

 そういえば、執務室に爆発物をもちこまれたのだったか。わたしはため息をついた。防護壁があるにもかかわらず伏せようとして自滅するとは、情けないにもほどがある。

 外は暗く、ばちばちと窓が鳴っている。どうやら吹雪いているようだ。今日も十ほどの案件を片づけただけで一日が終わってしまったらしい。

 わたしに対して役立たず云々と言う前に、連日何かしらの攻撃をしてくる刺客どもをどうにかしてほしい。わたしは痛む頭をさする。でなければ色々な手続きが遅れて、今も前線で戦っているかわいくもなんともない弟をみすみす殺すことになるのだ。

 件の弟はかわいくないうえにすぐに暴力に訴える暴君の権化のような男だが、戦場では馬鹿みたいに強いらしい。戦上手と称えられる二番目の姉の夫が怪我で戦えない今、いくら人間性に問題があるといっても、奴を失えばこの国は負ける。

 わたしが王である今、国の敗北はおそらくわたしの死である。今のところ敗者国の王はほぼ全員処刑されている。それはなんとしてでも避けなくてはならない。

 ベッドから足を下ろそうとしたとき、ノックの音が響いた。


「陛下、バルトラムでございます」

「ああ、どうぞ」

「失礼いたします」


 相変わらずつやつやとした頭のバルトラムが顔をのぞかせた。どうやら先ほどの爆発でも傷を受けなかったらしい。


「ご気分はいかがですか?」

「問題ない。ぶつけたところが少し痛む程度だ」

「痛みがあるのですか。医者をお呼びいたしましょうか」

「いや、それほどのことではない」

「ご無理はなさらないでくださいね」

「ああ、気を付ける」


 そこまで言って、小さく息をついた。普通に話せている気がして安心する。バルトラムとであれば、会話中に緊張してどもることも頭が真っ白になることもない。

 それは、彼が辛抱強く言葉を待ってくれるからだとか、わたしの言葉を途中で否定せずに聞いてくれるからだとか、そういう理由もある。だが、最も大きな要因は彼がアンドロイドだというところにあるとわたしは思っている。 

 バルトラムは持っていた水差しを傾けてコップに水を注ぎ、それをわたしに手渡しながら淡々と言った。


「陛下、お見舞いにと大臣が数名待っておりますが、いかがいたしましょう」

「会う気はない。帰らせてくれ」


 わたしは間髪入れずに答えて、よく冷えた水を一口飲んだ。喉の奥に氷が伝っていくようだ。


「身を案じて、と贈り物も届いておりますが」

「全て送り返してくれ。わたしはそういったものを受け取らないことにしていると、何度も言っているはずだ」

「かしこまりました」


 お手本のように礼をして、バルトラムはドアへと向かう。

 見舞いと称して入ってきた人間が、銃を突き付けてくるかもしれない。刃物を持っているかもしれないし、水差しにこっそり毒を入れて帰るかもしれない。贈り物だってそうだ。爆発するかもしれないし、はたまた毒ガスが仕込まれているかもしれない。危険な生き物をしのばせている可能性もある。

 今まで数えきれないくらいそんな目に遭ってきたのだ。人間不信だと言われようと、疑わずにはいられない。

 コップの水滴を見つめていると、軽いノックの音と共に声がかけられた。


「陛下、お食事はどうなさいますか」

「ああ、今もらおう。用意をしてくれ」

「かしこまりました。すぐにご用意いたします」


 静かになった部屋の中で、もう一度水をあおった。

 バルトラムはとても忠実で、わたしが出した命令通りに行動する。何をするにも逐次わたしの判断を仰ぎ、それに沿って動くのだ。だからこそ、わたしは彼を信用している。

 情けないことに、心があるものに対して疑念を抱かずにはいられないのだ。心や感情はたやすく偽ることができ、すぐに翻る。それに幾度となく痛めつけられたわたしは、心のままに行動する人間が怖くて仕方がない。

 どこかの誰かに悪用されるかもしれないから絶対に口には出さないが、わたしはバルトラムを誰よりも頼りにしている。なぜなら彼は、感情のないアンドロイドだからだ。


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