56 あ、間違いなく親子ですね
ヴィンセントさんによる絵本の読み聞かせの二冊目が終わる頃、夕飯の仕上げに取り掛かる時間になったのか一緒に聞いていたリィンさんが動き始めた。
現在、頭の中で大冒険と友情物語が繰り広げられております。
情感タップリの良い声って凄い威力だわ。
常よりも脳内変換率が上がってるんだけれども。
そんな中リィンさんの後ろにくっつき、再びカルガモの親子になりつつお手伝い。
料理が仕上がっていくと、部屋中に良い匂いが広がっていく。これには思わずヒクヒクと鼻が反応する。
はぁ、この匂いもご馳走だわ。幸せ。
まぁそれも自分がこのご飯を食べられるからなんだけど。
仕事ならいざ知らず、お腹が空いてるのに美味しそうな匂いだけ嗅がされるのは地味にダメージ大きい。
条件反射的に口の中に唾液が分泌されちゃう。
そして他人が美味しそうに食べてる姿を見ると、つい自分も食べたくなるのは何故だろう。
…これ、私だけじゃ無いよね?
そんなこんなでファンタジーに染まっていた脳内がご飯の匂い効果で徐々に落ち着きを取り戻せば、今度はお腹の虫が主張を始める。
相変わらずの活きの良さ(?)です。
それとほぼ時を同じくして玄関の呼び鈴が鳴らされると、ヴィンセントさんが笑いながらソファを立った。
「丁度良い頃合いで帰って来てくれたみたいね」
熱々のホロ鶏のグリルをカットして盛り付けていたリィンさんが言うのを聞きつつ、テーブルのセッティング。
リィンさんとヴィンセントさんの間に私、向かいにルートヴィヒ少年とそのお師匠さん。
椅子を踏み台にして並べたカトラリーに合わせ、リィンさんが盛り付けたばかりの料理達と切り分けたパン、水やワインを配置していく。
そこへヴィンセントさんを先頭に見知らぬ二人の男性が姿を現した。
「ただいま、母さん」
「おかえりなさい、ルゥ。セリエルさんもようこそおいで下さいました」
「…お邪魔させて頂く」
ヴィンセントさんのすぐ後ろにいた青年寄りの少年はリィンさんによく似た顔立ちと穏やかな雰囲気だけど、その声はヴィンセントさんにそっくり!
予想外の親子の類似点に驚いていると、リィンさんが一番後ろにいたお客さんとも挨拶を交わす。
ヴィンセントさんより少し若く見えるルートヴィヒ少年のお師匠さん。お名前はセリエルさんって言うのね。
少し長めの金髪に空色の鮮やかな碧眼。
ヴィンセントさんよりも頭半分程背が高く、体型はかなりがっしりしていて騎士だと言われても納得してしまう。
チラチラ見てたら目が合ったので、にへらっと笑いつつ会釈しておいた。
…この人がお師匠さんって、何の職業なんだろう。
そう思って首を傾げていると、今度はルートヴィヒ少年とバッチリ目が合う。
するとルートヴィヒ少年が目の前にやって来て、私に合わせてしゃがんでくれた。
「ユーリちゃんだね。初めまして、ルートヴィヒです」
「ユーリでしゅ、はじめまちてー」
「ユーリちゃんが良ければ、お兄ちゃんって呼んでくれるかな?」
優しそうにニッコリ微笑むルートヴィヒ少年はとても眩しいです。これだから美形ってヤツは。
もう、なんて言うか。“お兄ちゃん”って言うよりも…
「ルゥにーしゃま?」
「ふふ、よろしくね」
「あい!」
そう、“お兄様”だよね。
なんと言うか、アルフ少年とは兄としてのタイプが全く違う。包容力に溢れております。
頭を撫でてくれる手はリィンさんの撫で方に似てとても優しかった。
それにしてもルートヴィヒ少年は凄く子供の扱いに慣れている気がする。うん。
「挨拶も終わった事だし、まずは食事をしよう」
そんな感じでルートヴィヒ少年と挨拶を終えると、ヴィンセントさんがそう告げた。
そして始まった食事なんだけど…。
目の前のルートヴィヒ少年に思わず視線が釘付けになってしまった。
ルートヴィヒ少年の食べ方は凄く静かで綺麗。なのに彼の前にあるお皿から怒涛の勢いで食べ物だけが消えていく。一種不思議な光景だ。
アルフ少年は気持ち良くガツガツと食べて行くから凄く分かりやすいんだけど。
もきゅもきゅとソースが程よく絡む柔らかジューシーに焼き上がったホロ鶏のグリルを噛み締めつつ、ついついその光景に見入ってしまう。
「ホロ鶏とポタージュはお代わりがあるわよ」
「勿論頂くよ、母さん」
「相変わらず良く食べるな」
「やっぱり母さんの御飯は美味しいから」
そんなルートヴィヒ少年の食べっぷりに微笑みながらリィンさんが告げると、ルートヴィヒ少年もニッコリ微笑んで頷いた。
それにしても、ヴィンセントさんとルートヴィヒ少年の声は本当にそっくりだなぁ。
「セリエルさん、お口に合います? 良ろしければセリエルさんもお代わりして下さいね」
「とても美味しいです。流石はルゥの母君でいらっしゃる」
「よかったです。…息子はきちんと家事をこなせてますかしら?」
「えぇ。助かってます」
この会話って事は、ルートヴィヒ少年は住み込みで働いてるのかな?
ちょっと聞いてみよう。
「ルゥにーしゃまはなんのお仕事してるんでしゅか?」
「ボクの仕事はね、父さんと同じお医者さんだよ。ただちょっと分野は違うかな。薬の調合やそれを使って体の内側から治療する方法を師匠から学んでいるんだ」
「おくすり」
ふむふむ、つまり素人的感覚からいくと薬剤師さんを兼ねた内科医って事なのかな?
「私はどちらかと言うと戦闘による負傷の治療が主体だからね」
ヴィンセントさんは外科医寄り、と。
でもそんな事言いつつ、ヴィンセントさんはきっと何でもある程度は熟せるんだろうなー。
北の魔王城の医療部隊の頂点に立つ位だから、相当腕の良いお医者さんだと思うし。駆け引きも得意そうだし。
「因みに師匠は天界出身だから魔大陸にはない治癒魔術を使った治療もできるし、魔大陸とは別視点からの医療魔術の構成も手掛けてるよ」
「ほへー」
ルートヴィヒ少年のお師匠さん、凄い人なのね。
そしてまさかの天使様だった!
今は全く見えないけど、羽って生えてるのかしら?
思わずリアル天使様に感嘆の声が溢れる私の横で、ヴィンセントさんの手が止まる。
知らなかったのか、少し目を瞠っていた。
「セリエル殿は治癒魔術の扱いに長けていらっしゃる?」
「……一通りのモノは困らない程度には扱えるが」
ヴィンセントさんの質問の意図を図りかねているのかお師匠さんが怪訝な表情を浮かべる一方で、ヴィンセントさんはニッコリ微笑む。
何だか腹黒さがちょっぴり滲み出てる気がする。
あ、これ、医療部隊隊長としてのヴィンセントさんの表情だ。
「それは好都合。…食後に少し相談させて頂きたいのだが」
「…私で良ければ」
そんな言葉で大人二人の話が一度終わる。
何か、裏に色々ありそうな会話だなぁ。怖い怖い。
「お代わり貰ってもいい?」
「勿論よ。また一人前しっかり乗せても良いの?」
「あるならもっと乗せてくれても良いよ」
って、大人二人の会話に聞き耳立てている間にルートヴィヒ少年ってばほぼ完食してる!?
よく見ると他の三人もしっかり食事が進んでるし!
これ以上聞き耳立ててたらまだまだ残ってる私の食事が冷めちゃう。
余りにも色々気になって、まだちゃんと味わって食べてないのに!
よし、食事に集中しよ。




