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かわいいコックさん  作者: 霜水無


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別視点31 秘められていた欠片(ヴィンセント視点)

本編49~50までと内容が一部重複しています。嫌な方は飛ばして下さい。

ユーリを連れて家に帰る為に、医療部隊の獣舎に入る。

既に待機する様に私の騎獣であるカルアが入口のすぐ側にいた。


カルアの種族であるアウラルは鳥類の魔獣の中では珍しく夜に強く、昼でも動ける。

駆ける事は苦手ながら、飛翔に関しては上位の種族だ。急患に対応する際にも重宝する。

その分警戒心が強いが、一度主と認められれば絶対服従。知能も高く、非常に扱いやすい。

労う様に羽を一撫ですれば、気持ち良いのか微かに目を細める。


そんなカルアをユーリに紹介すれば、ユーリがカルアに興味を示す。

カルアも挨拶する様に一鳴きし、ユーリが近付いても特に威嚇する事も無く受け入れていた。


ユーリが私に撫でて良いかを目で問い掛けて来るのに頷けば、そっと羽に手を伸ばす。

いきなり腹を触れば蹴り飛ばされたかもしれないが、その辺りはきちんと心得ているらしい。

羽の感触にウットリするユーリに、カルアも満更ではない様子だ。


カルアにユーリを共に乗せる事を告げると、一切の拒否を示さずに鳴く。

その反応を見てから外へ出すと、自ら飛翔台へと歩き始めた。


他の騎獣とは違い、すぐに乗らない事に微かに不思議そうな様子を覗かせるユーリに飛翔台の存在を教えると、納得した表情を浮かべる。

辿り着いた飛翔台でユーリを抱えてカルアに乗ると、カルアがその翼の存在意義を存分に発揮させる。


向かう先は、妻であるリィンの待つ第一の集落にある我が家。


集落の入口でカルアを集落にある獣舎に預けるべく後を任せる。

カルアもすっかり門番である自警団の顔を覚えたらしく、大人しく着いて行く。

その一方でユーリは早速出来ていたらしい顔見知りの自警団の団員に声を掛けられていた。


ユーリの手を引いて我が家へと案内すると、待ち侘びていたリィンが小走りで出迎えにやって来た。


「おかえりなさい、あなた。それとようこそ、ユーリちゃん」

「私の妻の、リィンだ」

「はじめまちて、ユーリでしゅ。おせわになりましゅ」


自分の子供にする様に抱き締め、頬にキスをするリィンにユーリが照れた様に頬を朱に染める。

こうして客観的に見ていると、やはりユーリは他者との触れ合いに余り慣れていない様に見える。


「自分のお家だと思ってゆっくりしていってね」

「ありがとうございます」

「さぁ、上がって頂戴」


いつも通りの挨拶を済ませ三人で中に進むと、ダイニングテーブルには既に食事が用意されていた。

その匂いに釣られてユーリの腹の虫が鳴き出す。

これには恥ずかしそうに真っ赤になったユーリをリィンと笑いつつ見た。


「ユーリ、手を洗おう」

「あい」


リィンが食事の最後の仕上げに動くのを見て、ユーリを連れて洗面所へと向かった。

更に広がる匂いにユーリの腹の虫が自己主張を繰り返すのを聞きながら、昔息子にした様にユーリを抱き上げて手を洗わせる。

ユーリが手を拭いている間に私も手を洗い、ダイニングへと戻ると、リィンが椅子に座る様に合図して来た。


ユーリが来る事を伝えてから納戸から取り出し準備しておいた、息子が使っていた子供用の椅子。

テーブルに用意されている子供用の食器もどれもが懐かしい。

それが改めて息子の成長を感じさせた。


そんな事を考えていると、ユーリが座った椅子から降りようとしていた。

それを制すると、案の定リィンのお手伝いを申し出て来た。


「それは明日だ。今日はユーリの為にリィンが腕に縒りを掛けて準備したからしっかり食べる事に専念しような」

「旦那様の言う通りよ。今日はお仕事で疲れたでしょう? ゆっくりして頂戴」


私が言い聞かせていると、リィンも同じ様にユーリに声を掛ける。

私だけでなくリィンにも言われてしまえば、ユーリは大人しく座ったままになる。


そうなって初めて自分の目の前にあるカトラリーに気付いたのか、不思議そうな表情になった。

それが息子の使っていた物である事をリィンが説明すると、ユーリが私達の息子であるルートヴィヒに興味を示す。


「あの子もユーリちゃんに会えるのを楽しみにしてるみたいだから」

「だろうな。昔、散々弟か妹が欲しいと騒いでいたんだから」

「次にユーリちゃんが来る予定が分かったらすぐに教えてくれって叫んでましたよ」


昔、近所にいる自分よりも幼い子供の世話を率先して焼いていた息子を思い出す。

誕生日プレゼントに何よりも先におねだりされたのは妹か弟だった。

大人になった今でこそ言わないが、それでも我が家に幼子がやって来る事を伝えた時は子供の頃の様にはしゃいでいた。

あの子ならばユーリを大事に可愛がるだろう。


そんな話をしている間にリィンが温めたスープの皿を手にテーブルにやって来て着席した。

それを見て揃っていただきますをして食事を始める。


ユーリが熱々のスープを口に含んだ瞬間、その表情が微かに変化した。

北の魔王城で食事を食べる時とは全く違う表情。

例えるのならば…郷愁に近いがどこか違う。美味しいと感じているのに、悲しみさえ感じている?

何かが、失われた記憶に触れたのか?


掛ける言葉が見付からず名を呼ぶだけに止まってしまった私とは違い、リィンはそんなユーリに優しく食事を促す。

それに頷いて食べ進めるユーリだが、まるで何かを確かめる様にゆっくり味わう姿がどこか痛々しい。

温かい食事を見て、私達を見て、この状況を目でも確かめている。


「……おいちいねぇ」


そんな声が、記憶の無い筈のユーリの酷く侘しい食事状況を彷彿とさせた。恐らく、それは私だけでは無くリィンもだ。


「ユーリちゃん、これが私の自信作なのよ?」

「私はリィンのこの料理が好きでね」


リィンも私も、テーブルに並ぶ料理からオススメの物をユーリの皿に少しずつ乗せる。

そうやって一緒に食べ進める内に、漸くユーリの表情に笑顔が戻り始めた。







食後の茶を飲み、一段落した所で時計を見ればいい時間になっていた。

そろそろユーリを風呂に入れて寝かしつけてやった方がいいだろう。

風呂を提案すると、すっかり準備万端だとリィンが伝えて来た。


「ユーリ、今日は私とお風呂に入ろうか」

「明日は私と入りましょうね」


ちゃっかり明日のユーリとの入浴の約束を取り付けるリィンに、ユーリも頷く。


風呂場に入るなり、籠の中に入っていたタオルと着替えの上に乗せられた玩具にユーリが興味を示した。


「コレ、なぁに?」

「お風呂のお供だ。水鳥の一種で、ダクを模しているおもちゃだな」

「ダク」



玩具を手に取り、不思議そうに聞いて来るユーリ。

エリエスの言った通り、この子の世界は余りにも狭い。

こんなにもありふれた玩具や生物さえ知らない。


さっさと服を脱ぎ、洗い流した所で湯船に浸かると早速ダクを湯に浮かべてやる。

その動きを楽しそうに見ていたユーリだが、その内ダクの操縦を始めた。

小さな手で一生懸命湯に波を立てながら目を輝かせて遊ぶユーリに、一緒に遊んでやれば楽しそうに声を上げて笑う。


しっかり温まってから湯から上がり、リィンが作ったであろうお揃いのパジャマを着てから歯を磨いた。

…………ユーリの歯磨きの指導をディルナンにする事を脳内の注意事項に加える。


そこまでしてから寝室に連れて行くと、三人一緒に寝る事にユーリが驚いた。

近い内にユーリの部屋を作る事を伝えると、ユーリが慌て始める。

それに幾つか言葉を重ねるが、ユーリは納得しない。


なので、この機会にしっかりとユーリ自身に自分の性別と向き合う事を考えさせる事にした。


いつまでもこのままではいられない。

北の魔王城は男である事が絶対条件だ。このままでいるのならばそれは覆らない。よって、ユーリが選ぶ性別は男。

もし仮に好きな男が出来て、相手の元に嫁ぐのならば女になるだろう。生半可な男なら絶対に私が許さないが。尤も調理部隊がそもそも黙っていないか。


だが、事はそう簡単では無い。

守護輪を持つ大貴族の子供となると、自身の性をどちらも扱いこなして周囲をコントロールする位の技量を持たなければならない。それが己を守る事に繋がるからだ。

両方の性の礼儀作法を身に着けていなければ、将来的に本来の家に戻った時に困るのはユーリ自身。


そういう意味では、やはりフェシルの協力も必須。

つい先日の差し飲みの席でそれとなくユーリの事を伝えた際、しっかり興味を示していた。

ユーリ自身の資質的にも、フェシルのお眼鏡に適うと思っている。


シェリファスといい、フェシルといい、この先の出会いでユーリはまた新たな可能性を開いて行くだろう。


「……あい、ありがとうございましゅ」

「少しずつ色々覚えて行きなさい」


大人しく礼を言い、漸く受け入れるユーリ。

その髪を撫でてベッドに寝かしつけると、すぐに夢の世界へと旅立つ。


「おやすみ、私の可愛い娘」


家でだけ言える言葉を口にし、そっとその額に唇を押し当てた。







真夜中、親子で川の字になる様に休んでいると、ユーリのすすり泣く様な声に目覚めた。

それはリィンも同じだった様で、二人で起き上がって真ん中で眠るユーリに視線を向ける。

まるで何かに怯える様に丸まって震え、眠りながらも声を押し殺して泣くユーリ。


リィンが抱き上げてあやすが、その震えは止まらない。


「……何の夢を見てるのかしら」

「余程怖い思いをしているのだろう。恐らく、引き金は夕食だ」

「…こんな可愛い子なのに。子供の居ないお家からしたら、本当に喉から手が出る位欲しい存在だわ」

「貴族というのは厄介だな。こんなに可愛い子供でも温もりを知らない育ちをするらしい」

「信じられないわ」


私もリィンごとユーリを抱きしめる。


ユーリの資質、無知さ、夕飯での様子がユーリの孤独と寂しさをこれまで以上に浮き彫りにしている。

この子はどれだけ複雑な立場に立たされて来たのだろう。


全てが分かった時、私はこうしてこの子を抱きしめていてやれるだろうか。

どんな権力が出て来るかも分からない。

守れるならば守りたいが、北の魔王城の隊長という立場が柵にならないとは言い切れない。

何も分からないこの状況が酷く歯痒い。


そうやって暫く。

温もりに気付いたのか、ユーリが薄く目を開く。


私達の姿を認め、リィンが再度しっかりと抱き締め直すと漸くその体から震えが収まり始めた。

そのまま疲れた様に再び眠りに落ちて行く。


瞳を閉じた事で流れ落ちた一筋の涙をそっと拭った。


「今度は怖い夢を見ない様に…」


リィンがそんなユーリの額に願いを込めてキスを落とした。

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