29 騎獣ぱにっく!?(獣舎にて)
エリエスさんとマルスさんの騎獣にされるがままになってどれぐらいの時間が経過したでしょうか?
未だに解放の兆しがありません。いや、嬉しいんだけどね。
それよりも、さっきから外で慌ただしい足音がしてるのが気になる。
そんな事を考えていたら、いきなり扉が勢い良く開いた。
「おや、ヤハル」
扉の所にいたのは、灰色のツナギを着て黒いゴム長履いたじい様と青年二人。
そのじい様に向かってエリエスさんが声を掛ける。
「エリエスにマルスか。……って、何じゃこりゃ」
「この子の案内がてら寄ってみたんですが、すっかり気に入られてしまいまして。余程噛みごたえが良いのか、放さないんですよね」
髪をもっしゃもっしゃされっ放しの私を見てじい様が目を丸くする中、エリエスさんが笑顔で対応する。
「随分慌ただしい様ですが、何か問題でも?」
「問題も問題、大問題だ。ツェンを見とらんか?」
「ここに来るまでの間も会いませんでしたよ。副隊長まで探すとは余程の問題ですか」
「お前さん、他人事だと思いおって。憎たらしい笑み浮かべるな」
笑顔のエリエスさんに、じい様は凄く苦々しい表情になっていた。
「隊長ー! もう無理だー!!」
そんなじい様の後ろから、とっても悲痛な叫び声が聞こえて来た。
そうなってやっとフィリウスとエディットが私の髪を解放してくれたんだけど…ピリピリした雰囲気が伝わって来る。何かに警戒してる?
二頭を見上げると、二頭の視線はじい様のいる扉の先に向けられていた。
何事かとその視線を追ってみると、そこにはじい様と同じ灰色のツナギを来た団体様と対峙する見知った巨体。
「もうココまで来てるのか」
じい様も振り返って舌打ちする中、思わずとっとこじい様の所へ走り出していた。
じい様と青年’sの隙間を抜けて、巨体へと声を掛ける。
「レツー!」
ディルナンさんの騎獣にして我が愛しのもふもふ第一号、白虎のレツ!
名前を呼ぶと、周囲を威嚇しまくっていたレツがこっちを見てくれた。キョトンとした顔がかわええ!!
「レちゅ」
これにはそのまま駆け寄っていくと、灰色ツナギ集団から絶叫が上がった。
全く気にせずレツに突撃すると、全くビクともせずにレツが受け止めてくれる。
ニコニコしながらレツの顔のもふもふを撫でると、大きな舌でベロンと舐められた。相変わらずザラザラの舌ですね。
「レツ、おひるねじゃないの?」
「…がう」
明らかにこの物々しさの原因であるレツに問い掛けると、何やら気まずそうに視線を泳がせつつ一鳴きする。
悪い事してる自覚はある訳だ。
「メッなことしたのね?」
追求すれば恐ろしく賢いこの白虎、そっぽ向いた。
本当に人間らしい反応するよね。そんな所がたまらなく可愛いんだけど。
「いけないことするレツ、キライ」
でも、それとこれとは話が別です。お世話してくれる人達に迷惑を掛けるなよ。
頬を膨らませてそっぽ向くと、丁度目線の先にいた何故か灰色ツナギ集団が恐ろしく衝撃を受けた様な表情をしていた。目を限界まで見開いたり、口を金魚みたいにパクパクさせたり、自分を殴ったりと中々に凄い。
何かと思ってレツを見ようとしたが、後ろから蹄の音が聞こえるのに気付いて振り返る。
そこには、フィリウスとエディットのドアップがあった。
ビクッと肩を震わせる私を無視して二頭がはむはむタイム再びを炸裂させる。
…二頭の視線はレツに向けられ、警戒しつつも何だかドヤ顔してませんかー?
髪を食まれながら二頭の視線の先のレツを見ると、そこには「大ショック!」と言わんばかりの表情のレツがいた。
微妙に潤んだ瞳になっている。
そ、そんな縋る様な目で見てくれるなー! ざ、罪悪感が…。
「………もう、しない?」
「…がぅ」
「……ちゃんと反省してゆ??」
「がうっ」
そっと声を掛けると、レツが必死に頷きつつ鳴いた。超必死だ。
「…じゃあ、だいしゅきよー、レツ」
もうここ等で良いだろう。うん。私の良心が微妙に痛む。
にぱっと笑いつつ言うと、レツが突進して来た。
余程嬉しかったのか、すりすり頬擦りしてくれるのは私も嬉しいが体格差を考えておくれっ。もふもふに溺れる!
更にはベロンベロン強めに頬を舐められるが、ネコ科の舌はザラザラしてる。一、二回ぐらいじゃ良いけど、こんな力で何回も舐められると痛いぃーっ!!
何、コレ。
レツにはもふもふベロベロ攻撃、フィリウスとエディットははみはみ攻撃。
しかも、両者が微妙に張り合って激しいです。バチバチと火花が散っております。
「ふにゃー! もうおしまいなのよー!!」
あっぷあっぷしながら声を上げると、背後からビシイイィィッ! と鋭い音が上がった。
鞭を叩きつける様なその音に、三頭がピタリと動きを止めた。
恐る恐る振り返る三頭の視線の先には、灰色ツナギのじい様の前に現れた鞭を右手に持った笑顔の美人なエリエスさん。鞭がよくお似合いです。
エリエスさんの助けに、思わず涙目になりつつエリエスさんの元へととっとこ走って逃げる。
「エリエしゅたいちょー!」
「マルス、ユーリの身形を整えてあげて下さい。私はお馬鹿さん達に少し教育的指導をしてきますので」
エリエスさんの足にへばり付くと、エリエスさんがそっと私の髪を撫でつつマルスさんに声を掛けた。
これにはマルスさんがじい様達の後ろから出て来て、私の側に立つと「来い来い」と手招きした。
大人しくマルスさんの方へ移動すると、マルスさんが水と風の魔術でよれよれボロボロになった服やら髪やらを綺麗にしてくれた。そのまま抱き上げられ、レツに舐められ過ぎてヒリヒリする頬をそっと撫でられる。
「…食堂の前に、医務室だな」
静かな声だった。
けれど妙に迫力のある宣言に、獣舎に入った時のエリエスさんとマルスさんとの会話を思い出す。
---お説教コース、決定…?
血の気が引きつつ恐る恐るマルスさんの顔を見上げるが、マルスさんの無表情からは何にも読めない。
これにはプルプルしつつ恐怖の余り半泣き状態になったが、全ては自業自得。
「さて、覚悟は良いですか?」
後ろで聞こえた優しそうでいて冷たいエリエスさんの声は私にとっても死刑宣告に等しかった。
…三頭の冥福を祈る。先に逝って待っていておくれ。
エリエスさんの愛の(鞭による)教育的指導が行われると、三頭は驚く程大人しく良い子になった。
エリエスさんから灰色ツナギの集団に三頭の相手がバトンタッチされ、それぞれの獣舎へと大人しく連行されていく。レツ、フィリウス、エディットがその際エリエスさんから微妙に逸らしていたのが彼らの心境を如実に表していた。鞭を持ったエリエスさん、素敵だけどおっかないもん。
「…エリエス、お前さん容赦無いの」
「騎獣をコントロール出来ずして主人になれますか」
「レツまでぶっ叩くんかい」
「教育的指導と言ってくれませんか? 事実、レツは問題児でしょう」
「そんな事が出来るヤツがどれだけ少ないか分かってるじゃろ」
「おや、心外ですね。…私以上にとんでもない子がいるというのに」
落ち着いた所で、エリエスさんが鞭をしまいつつじい様と話始めた。
マルスさんに「お説教コースなんて嘘と言っておくれー」な心境でへばり付いていたら、何故か二人の視線が私に向けられる。
「あのレツと両想いですよ。…ディルナンが互いの余りの懐きっぷりに頬を引き攣らせて帰ってきましたからねぇ。フィリウスとエディットさえも初見で親愛行動に出ましたし。余程騎獣に好かれやすいんでしょうね」
「…ごく稀に、魔獣と波長の合うヤツがおる。生まれつき持っている魔力が高等魔獣に好かれるタイプと言うべきか? 騎獣部隊じゃツェンがそのいい例だ。恐らく、その子供は特に相性が良いんじゃろ」
「そうなんですか?」
「ドラゴンと会わせれば一発で分かるの。あやつ等は特に相性に敏感だ。今度その機会を作ってやろう」
「どらごんー。会える?」
じい様の言葉に好奇心が刺激された。ファンタジー生物代表格、是非お会いしたい。
じい様をじーっと見つめると、じい様が何故か笑った。
「レツに好かれる体質で、本人も騎獣が好きならほぼ間違いあるまい。何より人にも好かれるしの。
ツェンがいる時に会わせてやる。…何なら騎獣部隊に体験入隊してみるか?」
何と。この流れは、もしかしてもしかするのか?
「…おじーちゃんは、きじゅーぶたいのたいちょさん?」
「おぉ、そう言えば名乗って無かったの。 騎獣部隊隊長のヤハルと言う」
「ユーリでしゅ。はじめまちて、ヤハルたいちょ」
「公式な場じゃなきゃ”おじーちゃん”でええ」
「おじーちゃん」
はい、キター。隊長八人目。…かなりのハイペースで会ってない?
って言うか、今日一日での出会いが半端無い。エリエスさんが何か仕組んでるの??
ヤハルさんはオッジさんとは違って小柄で少しぽっちゃりな可愛らしいじい様だ。
「”おじーちゃん”ですか…」
「なんじゃエリエス」
「自分を年寄扱いするなとつい先日騒ぎまくったのはどこの誰でしたかね?」
「ちっこいのからみたらワシはジジイだからの。だがお前さん等にだけはジジイ扱いされてたまるか」
「ほー」
何やらエリエスさんとヤハルさんが笑顔で寒々しい会話をしているけど、そろそろですね…
ぐーぎゅるるるるー
お腹がですね、空いた訳ですよ。お散歩でお城を歩き回ってたし。
少し遅れてエリエスさんとヤハルさん、マルスさんの注目が自然と私のお腹に集まる。
ポッコリしたお腹を「我慢しろ」と言い聞かせる様に撫でたが、更なる大音量でお腹の虫が抗議してきた。…我が腹の虫ながら何て我が儘なヤツ。
「…素敵なお腹の虫ですね、ユーリ。とても時間に正確です」
お昼のお腹の虫に会うのが二回目のエリエスさんが懐中時計で時間を確かめ、笑いながら文字盤を見せてくれた。長針と短針が一番上でピタリと重なる正午。
「…お昼ー?」
「そうですね。医務室に行ってからお昼にしましょう」
お昼ご飯を思い浮かべワクワクしながらエリエスさんに聞くと、エリエスさんが更なる笑顔で返してきた。
お仕置き忘れてたー!
がびーん! と顔で表していると、抱っこしてくれているマルスさんの体が小さく揺れた。…笑ってるよ。
「い、行かないもんっ」
「黴菌が入ったら大変ですから却下します」
「ヴィンちぇントたいちょのオシオキ、こあいもんっっ」
「それは諦めて下さい。…もし行かないのなら、ヴィンセントの前に私のお説教を追加してもいいんですよ?」
マルスさんにしがみ付きながら必死にエリエスさんに抵抗するが、エリエスさんの方がどう考えても一枚も二枚も上手だった。
超絶良い笑顔で、小さく黒い靄を発生させている。問答無用な脅し来た!
「ディルナンたいちょも、おこるもん…」
「ディルナン”お母さん”ですからねぇ。それは勿論そうでしょう」
半ベソ掻きながらイヤイヤと首を横に振るが、エリエスさんはどこまでも笑顔。ジーン隊長との会話まで持ち出して来てディルナンさんの反応予想を肯定する。
そんな中、エリエスさんの「ディルナン”お母さん”」発言に、ヤハルさんがブハッと噴出した。
「ディルナンがおかんなのか!?」
「あの男は意外に細やかで過保護ですね。ユーリと一緒にいるディルナンを見ているともう笑えて笑えて仕方ないんですよ」
「…まぁ頑張って怒られて来い、ちっこいの。ドラゴンの件はワシからディルナンに言っとくからの」
ゲラゲラ笑いつつヤハルさんが応援してくれる。
それにお腹の虫が「ぐぅ」と返事だか抗議だか分からない音で答えると、ヤハルさんは勿論エリエスさんとマルスさんにまで爆笑される羽目になった。
……ご飯まで道のりはまだ遠い。くすん。




