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かわいいコックさん  作者: 霜水無


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別視点40 光の道筋(ソフィエ視点)

医療部隊と魔導部隊の経過観察や騎獣部隊とオレの混乱が続いて半刻ほど。


母竜二頭の間でユーリと共に眠りに落ちていた子竜二頭が先に目覚めた。

そんな我が子を母竜達が優しく舐め、一緒にユーリにもその舌を伸ばす。

これには子竜達が可愛らしい鳴き声を上げた。


その何とも愛らしい姿に、ドラゴン達が揃いも揃って長い首をくねらせて激しく悶える。

その姿を初めて見た騎獣部隊の二人がギョッとしている中、舐められる刺激にユーリが微かに反応するのに医療部隊の三人が気付いた。


「ユーリちゃんの呼吸と脈拍、正常に戻りました!」

「体温も上昇確認。平熱です」


バクスとフォルがそんな声を上げると同時に、ユーリが目を覚ます。

寝惚け眼のユーリに子竜達がその両脇から母竜にして貰ったのを真似るようにユーリの頬を舐め始めた。

これに慌ててユーリが起き上がると、その勢いに子竜達がひっくり返る。

…人型の子供と同じように、まだ上手くバランスが取れないのだろう。


ミルレスティの赤い子竜はすぐに起き上がったが、エスメリディアスの白い子竜はひっくり返ったままキョトンとしている。

これにはユーリの方が慌てて謝りながら白い子竜を抱き起こした。


そんなユーリに白い子竜がそのまま抱き着けば、赤い子竜も反対側からユーリに抱き着く。

これにはユーリが蕩けるような笑顔で子竜達を弟妹認定した。

…雄と雌が揃って生まれたのか。

一人と二頭、実に愛らしい。


本当なら微笑ましい事この上ない光景なんだが。


可愛らしいあまりにドラゴン達から思わず漏れ出たであろうドスの効いた呻き声と、激しすぎる首の上下運動に我々は増々ドン引くしかない。


…午前中のアレを黙っている必要は無かったな。


「……ユーリ達にも引かれるぞい?」


そんないつもの威厳など皆無な姿に暫くしてヤハルが呆れ果てた声でボソリと呟くと、成竜達が揃って必死に呻き声と動きを最小限に抑え込む。

それでも首のグネグネ感は否めないが。


それとほぼ同時に一人と二頭が何らかの変化を感じ取ったのかキョロキョロと周囲を見回したのだから、ドラゴン達にとっては間一髪だった。


それを誤魔化すように長老達がユーリに声を掛けると、特に具合が悪い素振りもなくしっかりと受け答えをしているのが見て取れた。

これには医療部隊と魔導部隊が緊張を少しだけ緩める。


そして母竜二頭とも会話をした所で、赤の長老がユーリを銜えて我々のいる入口側までやって来た。


そんなユーリをツェンが受け取り、流れるように医療部隊へ渡り、すぐに医療魔術も交えた検診が始まる。

そのまま魔道部隊から魔導回路の検査も医療部隊の三人に伝えられる。


そんなユーリの姿に、赤の長老が目を丸くする。


〈…何事じゃ?〉

「ユーリちゃん、実はちょっと命の危険があったんです。ちゃんと起きてくれて良かった…」

〈な、何じゃと!?〉


ツェンが赤の長老の質問に答えると、赤の長老は勿論、聞こえたらしい比較的近くにいたドラゴン達がギョッと目を剝いた。


「我々人型は魔力を後天的要因で扱えるようになった種族なので、必要最低限残すべき魔力さえも使い切ってしまうことが稀にあるんです。そうなると、最悪眠るように息を引き取ってしまうことがあります。あの子はまだ幼いから、その加減が理解できてるか怪しいみたいで」

〈 “竜の愛し子”はそんな無茶をしておったのか!? それであの子は大丈夫なのか!!?〉

「今、その道の専門家達が診察中じゃ。あやつ等に任せておけば間違いない。終わるまで子竜達でも見てグネグネしとれ」


心配は心配だが、だからといって我々に出来ることは何も無い。

それをヤハルが揶揄いながら伝えると、赤の長老が溜息を漏らす。


〈なんと情けない…。何の関係も無かった我々に迷いなく尽くしてくれた“竜の愛し子”を、子竜達にばかり気を取られてそんな危険に晒しておったなど〉

「“竜の愛し子”だからこそ、ドラゴン達には人型の幼子(ユーリ)の扱いを覚えてもらわんとな。そうでないと我々としても今後ユーリをドラゴン達に容易く近付ける訳にはいかんぞい」

〈そ、それは辛いのぅ〉

「そうじゃろそうじゃろ。ただでさえ子竜は可愛いが、そこにユーリが加わるとあの通り可愛いの二乗じゃ。もっと一人と二頭が揃った姿が見たいじゃろ」

〈騎獣部隊の、我等に人型の幼子の扱いを教えておくれ!〉


ヤハルが赤の長老を上手くのせていた。と言うか、言葉にしているのは赤の長老だが、他のドラゴン達も必死な様子が伺える。

特にエスメリディアスとミルレスティの母竜コンビが。


ツェンは穏やかに微笑んでそんなドラゴン達を見ていた。


正直、ドラゴンをもう少し楽に扱いたいと言う騎獣部隊の野望がチラホラと見え隠れしているが。


……沈黙は金雄弁は銀とは良く言ったものだ。




ユーリの診察が終わり、何やら少し離れて隊長二人が会話する一方で他の面々がユーリを囲って何かを話している。

そこに赤の長老も加わっていると、ドラゴン舎の扉が勢い良く開いた。


「失礼します! 医療部隊からのお客様がお見えですが……」


そんな言葉と共に現れた、案内役らしい騎獣部隊の隊員と、金髪碧眼の天使族二人にまだ少年らしさの残る三人組。


『待って(まし)た』


真顔でその三人組を出迎えた医療部隊と魔導部隊。


そして始まった年長の天使族の一人からのユーリへの静かな説教。


ユーリは馬鹿でも鈍感でもないらしい。

こちらが話し方さえ考えればその意図や理由はきちんと伝わるのが見て取れる。


感受性が豊かなのか、セリエル殿の言葉を想像して大号泣している。


これには見守っていたドラゴン達が本気でオロオロしていた。


このままだと泣き止む前に寝落ちするユーリの危険性をもう一人の天使族が指摘し、気付けばそのまま人型の面々は揃って食堂へと向かう流れになる。


移動する中、ヤハルとツェンが少しだけ離脱して素早く騎獣部隊の隊員達に昼の餌やりと交代での休憩の指示を出していた。







食堂では調理部隊に睨まれつつもユーリの食事を優先し、天使族二人の見事な手際と言える介助でどうにかパン以外を食べ終わるなりユーリが寝落ちした。


それを見届けてから大人達が食事を取り、片付けた所で食後の一服をしつつ午後の予定について天使族の一人が口火を切る。


それと同時に自己紹介があり、そう言えば有耶無耶になっていたことを思い出して騎獣部隊の二人と共に後から現れた三人と簡単に挨拶を交わした。


そして必要項目の確認と共に淡々と午後の予定が組み上げられ、医療部隊と魔導部隊はユーリの指導担当の二人を残して業務に戻り、魔道部隊の指導担当も午後の講義の為に必要な物を準備しに一度離れ、それ以外の面々が再びドラゴン舎へと戻る。


ドラゴン達は奥で子竜達と戯れていたので、入口付近のぽっかり空いている場所を拠点とした。


母竜の足元で成竜達に話しかけられる度に鳴き声で返事をしている子竜達。

成竜達はグネグネせずとも目尻がデレデレしている。


「じゃ、まずセリエル様はユーリちゃんの“循環”で」


そんなドラゴン達を余所に予定管理をしている天使族…シエルが告げると、ユーリを抱き抱えていたセリエル殿が光属性の魔術を展開し、ユーリをその中に包み込んだ。


「お次。白竜についてオレ達が分かる事っしたよねー」


シエルがその言葉を口にした途端、ドラゴン達の視線が一斉にシエルに向く。


〈ソフィエ、客人達を妾達の側へ案内しておくれ。一言たりとも聞き逃す訳にはいかぬ〉


エスメリディアスが口を開くとドラゴン達が自然と左右に分かれ、奥までの道を作った。


「なら、この話に関わる人だけ奥へ。オレ達とソフィエ隊長と騎獣部隊のお二人。他の面々はここらで待機で。そのうちリシューさんも戻ってくるっしょ」


迷い無く的確な状況判断をしていくシエルの言葉に、全員が素早く行動していく。


「お招きいただき、ありがとう。オレは天使族のシエル。こちらは同じく天使族のセリエル様。…オレ達は貴方達に一切害を与えるような行動はしないと宣言する。だから、ユーリちゃんの“循環”だけはこのまま許して貰えると助かる」


奥へ到着するなり、シエルが真っ先にエスメリディアスとミルレスティにそう宣言した。

その足元では子竜達が母竜の足にじゃれついている。


〈……その者の光属性の魔力の中にユーリがいるのかえ?〉

「ユーリちゃんは光属性の魔力を持っているが、光属性の魔力は人型には扱いがとても難しい。幼い内はこうして大人が魔力の流れを補助することで、危険の無いように扱いを覚えていく。魔大陸の大人が光属性の魔力を持たない以上、とても大切な機会だ」

〈ユーリも妾の大切な娘。必要ならば構わぬ〉


セリエル殿の腕に抱き抱えられている光属性の魔力のベールを見てエスメリディアスが声を掛ける。

それにハキハキと答えるシエルは先程までとは違って騎士然としていて、ドラゴン達にしっかりと受け入れられていた。


「……お前さんの中ではユーリは娘なのか」

〈ユーリはこの北の魔王城という場に合わせて男の子(おのこ)であろうとしておるようだが、我等ドラゴンはとても不安定な子だと分かっておる。このむさ苦しい北の魔王城の貴重な花も同然よ。それに妾も我が背の君も娘が欲しかった故、どうせならば姉妹が良い〉


そんな中でヤハルが僅かな引っ掛かりを口にすると、エスメリディアスが迷わず返した。

その言葉に、思わず人もドラゴンも納得してしまう。


人型は言うまでもなく男ばかり。

ドラゴンも雄の方が多い。

可愛らしい雌はそれだけで花と言える。


「さて、子竜の事ですが。まずは二頭とも無事の誕生、おめでとうございます」

〈〈ありがとう〉〉

「白竜についてですが……天界の群れは白に近い色のドラゴンは多いんですが、実は純粋な白竜は現在一頭だけなんです。それがセリエル様が騎乗していたナルガザイオス…天界の竜の長でして」

〈何と!〉

「オレが知る限りのことをお伝えしよう」


そしてシエルに代わって始まったセリエル殿による白竜についての話。


「白竜はその色からも分かるように、一番の適性魔力が光属性だ。闇属性は別だが、基本五属性の適性がないわけではない。寧ろ万能と言える。そして魔力がより膨大な個体が多い」

〈吾子の父はこの北の魔王城の竜の長で黒竜だ。それは何となく分かる〉

「黒竜の子が白竜か」


エスメリディアスがそれに頷くと、セリエル殿が微かに目を瞠った。


〈吾子はユーリのように“循環”なるモノが必要かえ?〉

「否。ドラゴンは元々が魔力の扱いに長けた種族故、その子竜はこの子のように“循環”は必要としない。だが、光属性の魔力の譲渡は有効と考える」

〈と言うと?〉

「子竜の今の体格とこれからの健やかな成長を考えれば、光属性の魔力が必要不可欠。だが、この魔大陸自体が光属性の魔素…環境的魔力がそもそも絶望的に少ない。そうなるといかに光属性の魔力を補うかが問題になる」

〈確かに。我々では譲渡できぬ。ユーリが居たのも奇跡的な巡り合わせよ〉

「我々とて、ユーリの“循環”は一月に一度程度。常に北の魔王城に訪問できる訳ではない」


まず突き付けられた課題に、エスメリディアスがその続きを固唾を飲んで待つ。


「まず、簡単にできる対処法としては日光浴」

〈日光浴、つまり太陽の光か〉

「白竜の特性として日光浴で得た光そのものを僅かながらも光属性の魔力に変換できる。相棒は天気が良ければ必ず二刻は日向で転がっていた」

〈それならば容易よ〉


実行可能な対処法に、エスメリディアスが少しだけ安堵の息を漏らす。


「他に身近で出来る事は、ユーリと遊ばせる。僅かでも互いに光属性の魔力に触れられるのは大きい。相棒は光属性の魔力の量よりも質を選り好みしていた。他の白に近しいドラゴン達もその傾向が見られた。ユーリは魔力量こそ少ないが、オレの“循環”を受けると言うことはその質はかなり良い筈だ」

〈吾子が喜ぶ上に我等の目に楽しい方法は大歓迎よ〉

「それと、もし母娘共に嫌悪感が無ければ“循環”に来たついでにオレやシエルの魔力にも触れさせてみるとしよう」

〈触れ合いによる譲渡が二つ目か。勿論、できる事ならば何でも挑戦あるのみよ。よろしく頼む〉


そんなセリエル殿とエスメリディアスのやり取りをツェンがメモに纏める中、セリエル殿が更に口を開いた。


「最後に、環境による獲得。これは魔大陸の程近くに光属性の魔素を持つ小島がある。この後すべき事を終えてからになるが、この場の面々含めて案内しよう。そこでどれくらいの滞在が好ましいかは現時点では不明としか答えかねるが、一番大きな光属性の魔力を得られよう」

〈十分だ。魔大陸で白竜などほぼ夢物語のようなモノだったのだ。場所さえ案内して貰えれば、後は我々がどうにか考えるとしよう。何、無駄に長生きする種族故、考える時間も知恵もある〉


これまでにセリエル殿から挙げられた三つの提案に、エスメリディアスが微かに笑って頷く。


久方ぶりの、エスメリディアスの柔らかで自然な笑顔を見て胸が熱くなった。


「となると、お次。ソフィエ隊長はこの後の仕事整理にどれくらいの時間を見積もります?」


と、そこでシエルがオレに声を掛けてくる。


今日決裁すべき書類はほぼ終わらせてある。

ドラゴン舎に来た後に上がった急ぎのモノだけ捌きつつ、副隊長のディーダに回せるモノは任せよう。

それと不在中の報・連・相の確認と対処か。


部隊長会議の資料はこの後の諸々を終わらせてから泊まり込みで対処すれば、夜半にはどうにかなるだろう。


急ぎで片付けるべきモノと後に回せるモノをザックリ振り分けると……。


「一刻半だ。必ずそれでドラゴン舎(この場)に戻ろう」

「それなら小島での時間がそこそこ取れますね。こちらはユーリちゃんの“循環”が後八半刻程度の予定です。その間に医療・魔導部隊にさっきの魔術お伝えしちゃって。で、ユーリちゃんの講義で残りの時間使うことになると思うので」

「分かった」


お互いの予定を合わせた所で、頷き合う。


「オレはシエルが魔術を伝授している間に母御伝いに白竜に光属性の魔力を触れさせておく。小島でその結果は伝えよう」

「はい、よろしくお願いします」


セリエル殿の申し出に後ろ髪を引かれるが、この後のことを考えるとこうしてずっと見てはいられない。


「エスメリディアス、可能な限り早く戻る」

〈あい分かった。行ってくるが良い〉


エスメリディアスにも声を掛け、執務室へと足を向ける。


いつもなら思い通りに片付かず積み上がっていく仕事に後のことを考えて辟易とする所だが、その大元であるエスメリディアス親子が並ぶ愛らしい姿を考えると気分も足取りも軽く感じた。

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