第3話
3人で食卓を囲み、浅葱が作ってくれた料理を楽しむ。
一流のイタリアンにも負けず劣らずの出来栄え、私にその権限があるのなら三ツ星を付けたいところだ。
いつも以上にニコニコふにゃふにゃしている 碧依。
長野県に来てそんなに経っていないだろうに、相当兄が恋しかったらしい。
浅葱が「俺の日曜日用の下着知らないかな?」と聞かれると「あれれ~、なんでこんなところに入ってるんだろう」となんとも確信犯でしたと言ってるような残念な演技でカバンから黒のブリーフパンツを取り出す。
心惜しそうにそれを返した。
スーツの似合う男子高校生。
料理が出来て、おかしな奴の愚行を何事もなかったように許す寛大さがある。
さぞかしおモテになることだろう。
碧依よ、ライバルは多いぞ。
──そして深夜。
ひと通りの一連の騒動と、それによって生じた私のストレスを電話越しの兄貴へぶつけた。
やはり兄貴はあっけらかんとしており「はは、迷惑をかける」と他人事のように電話を切った。
いよいよ育児放棄なのでは。
勤務時間外にイライラしていてももったいないから切り替える。
リラックスには映画鑑賞に限る。
連続海外ドラマを見ている最中なのだが、『最終回がクソ』とネタバレを食らっている。
愛用のDVDプレイヤーにイヤホン装着。
クリス・エヴァンス主演の『gifted/ギフテッド』。
この人物があのキャプテンをやっていたとは思えない、まるで別人だ。
母親を亡くした少女が叔父と一緒に暮らすのだが、少女が母親譲りの数学の天才だった。
普通の暮らしを与えたい叔父とミレニアム問題を解かせたい祖母との対立が描かれる。
私の置かれている現状と重ね合わせてしまって、なんだか涙が止まらなかった。
「お」に濁点がついたような声が出るからあまり泣きたくはないのだが。
こんな名作が80%OFFだったのだから驚きだ。
「まだ起きてたんだ」
「……あさぎ」
寝間着姿の浅葱が心配するような顔で私の顔をティッシュペーパーで拭く。
鼻のとこまで持ってきて「ちんして」と、沼らせ男も顔負けな紳士ぶり。
「ノックくらいしろ」
「したよ。でも青葉さんは映画に夢中だったから。クールな人だと思ってたから以外に涙もろくてびっくりしたんだから」
「歳を取るとな、泣きやすくなるんだ」
「色々と経験して、大人って強くなるって思ってたけど違うんだ」
「経験するから家族愛とか友情とかにほろっと来ちゃうのさ。それに大人なんて大したことないぞ。むしろ子供より脆いと言っても過言じゃない」
自分が子供の頃はそんなこと一切感じていなかったけど、子供は守れている。
対して大人は『もう大人なんだから』というナイフが誰からも向けられて、精神が削り取られていくのだ。
ろくなもんじゃない、戻れるなら戻りたい。
「そんなに感動した?」
「ああ、……考えてしまってな。 碧依を本当に探偵なんかにして良いのかって。そもそも未成年が事件に関わるなんて健全じゃないんだ」
「恨みも買うかもしれないよね」
「事件なんて関わる必要はない。もっと子供らしく部活だの恋だのに情熱を傾けていればいいのさ」
「俺もそう思う。でもそれがやりたいことなら全力で応援したい。きっと碧依にしか出来ないことだから」
兄貴なのに、なんて無責任な言葉が出そうになったからとどめた。
浅葱なりの葛藤があるのかもしれない。
「それに、青葉さんが隣にいるなら大丈夫だと思うんだ」
「お前まで私に責任を押し付けるのか!」
「あはは、信用してるってことだよ」
親子はこうも似るものかとため息が漏れた。
「そういえば海外ドラマを観てるって聞いてたけど、気分転換に違う映画観てるんだね」
「まあな、最終回クソって言われたし」
「調べてみたんだけどサブスクの独占配信でその後があるみたいなんだよね。映画評論アプリで評価見たけど良さそうだったよ」
「本当か! それを聞けて良かった。観続けていいんだな私は」
最終回がクソのままで終わらないと聞けただけでも報われる。
「それは置いておいて早く寝ろ小僧、何時だと思ってるんだ」
「切り替わりすごいね。喉かわいたから二階から降りてきたまでだよ」
「ならぐびっと水道水飲んでさっさと寝ろ」
夜更かしは健康に悪影響だ。
私の言えた義理ではないかもしれないが、深夜くらいしか自由時間がないのだから仕方ないじゃないか。
聞き分け良く部屋から去っていく。
「青葉さんも早く寝なね。きっと明日は騒がしい日になると思うから。おやすみ」
「ああ、おやすみ」
なにやら意味深な言葉を残して。
忙しいでも、大変でもなく、──〝騒がしい〟。
確かにそう言ったんだ。




