第88話・交錯する爆撃戦
隕石のごとく落下する砲弾が、空中でわずかに軌道を変える。それはほんのわずかな角度の誤差であったが、ほぼ直線的な軌道はわずかな差で大きくコースを外される。ユタの発生させた暴風は全ての砲弾の軌道をそらし、直撃を避けることに成功した。
「いくぜオイ!」
ダグラスが吠え、空中に爆弾を放つ。五発だ。一発撃つだけでも反動の大きい爆弾銃を、五発続けて発射した。さすがのダグラスも両手でしっかりと銃を握り、ありったけの力で衝撃に耐える。
しかし、この爆弾銃では、上空百メートルの位置にある戦艦までは爆弾が届かない。ただでさえ重い弾丸を上方に撃とうとすれば当然射程はさらに短くなる。そのフォローを行ったのは、やはりユタの風であった。砲弾を防御した風はそのまま高く昇り、ダグラスの爆弾をより高く舞い上げる。
「こっちも着弾するぞ!」
リークウェルが叫んだ。砲弾は『フラッド』の頭上には着弾しなくなったものの、それほど遠くまで飛ばされたわけでもない。『フラッド』の周囲に、半径二メートルの円を描くかのごとく次々と砲弾が降り注いだ。砲弾にはさらに火薬が仕掛けられている。落下と同時に爆発が起こる!
「ッアァ!」
悲鳴にも似た叫び声が上げる。砲弾はリークウェルのいた支部建物にも命中し、津波のような崩壊を引き起こしている。
一方、ダグラスの爆弾もまた着弾していた。五発の爆弾はユタの風に助けられ、狙い通り、クドゥルの水を突き破って戦艦ヴァイアの船底へ命中する。水を被ろうと関係ない。鋼鉄製の爆弾に光の亀裂が走り、熱と破壊のエネルギーをブチ撒けた。五発はほぼ一か所に集中して命中していた。その全てが直撃し、船底に穴が……。
開くはずであった。だが、戦艦は大きく揺れはしたが、穴は開かなかった。夜闇に遠目からではよくわからなかったが、船底の装甲はかなり頑丈なつくりになっているらしい。
「ヤロォ、やっぱし下方向からの攻撃対策は万全ってか」
噴き上がった粉塵が降りかかる中、ダグラスは懸命に戦艦を見据える。その鍛えられた肉体のいたる所に、鉄片や石の欠片が突き刺さっていた。爆風で吹き飛ばされなかっただけでも奇跡的な状態だが、この傷は軽くない。
「エルナ、ジェラート、無事か?」
「ええ……」
エルナとジェラート、それにフーリは、ダグラスの体にしがみついて互いの身を守っていた。二人と一匹も同じように負傷している。
残り二人は? 二人は、更なる反撃のために動いていた。
「再充填、急げ! 同時に落機雷投下!」
「敵の爆撃による被害を調べるのは後回しだ! 今が攻め時! 機を逃すな!」
戦艦ヴァイアのあちこちで指示が飛び交う。落機雷とは、これも一種の爆弾である。浮遊水を通過しても火薬が湿気らぬよう、箱に入った状態で投げ落とす武器だ。この戦艦の最大の長所は、常に相手より高い位置をキープ出来ることである。位置が高いということは、ただ物を落下させるだけでも強力な攻撃となることを意味する。頑丈な装甲、数々の兵器を搭載可能な最大重量、まさに攻守において完璧な要塞。
ただし、どんなに強力なシステムであろうと、その前提が崩されれば脆い。
「落機雷準備完りょ……ブ」
甲板で機雷を運んでいた軍人が、奇妙な声をあげた。その近くにいた軍人がその男に視線をやると、男のノドにコイン大の穴が開いてそこから血や唾液を垂ら流していた。
「どうした!?」
と、言おうとした軍人の口の中に、鋭く尖った金属が飛び込んできた。
「敵だ! 接近戦闘に切り替えろォーッ!」
クドゥルの代理である指揮官が、戦艦の縁を指さす。そこにいたのは、金色の体毛を月光に光らせる大狐。その背には能力者であるユタが乗っている。さらにユタの後ろに、ズタズタになったコートを身にまとうリークウェルがいた。
爆風の粉塵が巻き上がる瞬間をつき、二人はキツネに乗ってここまで昇ってきていたのだ。
「内部まで侵入を許すな! ここで始末しろ!」
指揮官は声をからして叫ぶものの、自分たちが常に上だという前提を崩された軍の統率は乱れ切っていた。接近戦の訓練も積んでいるだろうが、実戦ですぐに対応出来るレベルの者は少ない。かろうじて三人の軍人が反応し、軍刀片手にリークウェルへ斬り込んでいく。
「ユタ、お前はここの奴らを片づけろ。オレは中の幹部を探す」
リークウェルはキツネの背を蹴り、甲板へ飛び移った。
「えー、たまにはあたしにも大物やらせてよ」
「閉所での戦闘はオレの役目だ」
足が甲板に触れる直前に、サーベルを一閃する。確かな手ごたえ。近づいていた三人が悲鳴をあげた。
「しゃーないけど、いっか。下でお留守番してるよりマシだしぃー」
ユタは納得してくれたらしい。リークウェルは内部へ通じる扉が開いているのを見つけ、するりと身を滑り込ませた。
戦艦内部にも、当然ながら多くの軍人たちがいる。だが、そのいずれもリークウェルの存在に気付くと同時に、あるいは気付くよりも先に、サーベルの餌食になっていた。軍人達の反応は遅い。遅すぎる。
(泰平の世に生きる軍人などこんなものだ。まさか、本気で我々に戦争を挑む奴らがいるわけがない。まさか、自分が一番危険な戦場に駆り出されるわけがない。まさか、多くの軍人がいる中で自分が狙われるわけがない。その”まさか”が現実となった今、こいつらは木偶に等しい)
リークウェルはそう考えながら、狭い通路をかける。この戦艦に幹部が乗っているとしたら、そこは、万が一敵が侵入してきてもすぐには到達できないような場所に違いない。外から見て窓のある部屋は除外。そして、下方からの衝撃を受けやすい底部も除外。脳内に見取り図を描きながら走る。
そして辿り着いた。勢いよくドアを蹴り開ける。ドアのすぐ向こうに、驚いた表情の軍人がこっちを見ていた。無防備なノドを襟の金具ごと貫く。
「……全く、愚かとしか言いようがないな。オレ達は少しだけお前と話をしたかっただけだ。それなのにわざわざケンカを売ってくるから……少し、懲らしめてやらなくてはならなくなっただろう」
部屋の中に残っているのは、目的の人物一人。やつれた体に脂汗をにじませるクドゥルだけであった。




