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第46話・月夜を駆ける翼

「バランが……死刑執行を代行しただと?」


「ええ。アクタイン将軍より許可をいただいたと申しておりましたが……」


 テンセイ達の処刑があった日の夕刻、場所はフィビア城に存在するアクタインの個室である。バランの師匠であるアクタインは、執行人からバランの行動報告を受けていた。


「私は許可など出した覚えはない。あれはまだ牢にいなければならない時間だ」


「やはりそうでしたか。どうにも話がおかしいと思っていましたが……」


「それで、執行は上手くいったのか」


 この問いに、執行人は首をかしげながら答えた。


「それが、怒りの感情が溢れたせいか、バラン殿の手元が狂ってしまいまして。首をはねられず、生きたまま罪人をガケ下へ落としてしまいました。軍人やバラン殿改めてガケ下を探索することで死亡を確認いたしましたが……」


「間違いないのか」


「おそらくは。私は直接ガケ下へ行っておりませんが、降りた者からそう報告がありました」


 アクタインは、一切表情を変えずに考え込んだ。実直な武人らしい質素な座布団に座ったまま、目を閉じて考えている。即ち、バランの真意は何なのだ、と。バランの性格はよく知っている。感傷的になりやすく軽率な行動も目立つが、わざわざ自分の手で死刑を執行したがるほど他人へ恨みを持つような性格ではない。


 そう、『おかしい』。何か違う目的を持っている。


「バランは……今、どこにいる?」


「さぁ……城へ帰って来てから別れましたから」


「わかった。ありがとう。もう下がってよい」


 執行人を下がらせた後も、アクタインはしばらくの間身動きしなかった。




 再び夜の闇が迫ってきた。牢の中は昼夜を問わず暗闇に包まれているが、腕時計の針を見て夜だということがわかる。ヤコウは昨夜と同じように鉄格子へもたれ、牢の隅に座っている少女へ声をかけた。


「もう少しの辛抱だ。きっと彼は来てくれる」


「うん。きてくれる」


 コサメの声は小さかったが、悲観した声ではない。ただ少しだけ疲れて元気がないだけだ。保育施設で親の迎えを待つ子どもと全く変わらない。周りが牢でなければ、どこにでもいるごく普通の少女の姿である。


 ――それなのに、ゼブはこの少女を狙っている。


 コサメの不思議な『紋』についてはヤコウも聞かされている。しかし、ただそれだけのことで、わざわざ国を動かすほどの大事件を引き起こすだろうか。西の支配国ゼブが、東大陸のウシャスへの侵略を狙っていることは確かだろう。コサメを奪うことは、その計画の一端と捉えるのが自然だ。あくまでも”ついで”に。だが、これまでの経緯を考えると簡単には肯定出来ない。ただの実験対象であるだけでなく、重大な秘密がこの少女に隠されているかもしれない。目の前にいる少女は、自分でも知らない何かを秘めている。


 そう考えるヤコウの、コサメへ向ける視線は複雑なものであった。


 と、その時である。鉄格子の外に人の気配があったのは。


「お待たせ。コサメちゃん」


 小声で呼びかけるその人物は、頬の痛みを気にしながらかすかに微笑んでいた。バランだ。樹刀は持っていないが、代わりに普通の軍刀を腰に差している。


「来てくれたか」


「約束は守る主義だからね。ちゃんとこっそり鍵を盗んできたよ」


 この建物の近くにいる看守に聞こえないよう、静かに鉄格子に鍵を差し込む。カチリと音を立てて錠が外れ、開け放たれた。


 鉄格子が開くと同時にコサメが立ち上がり、歩いてバランのもとへ向かった。


「このお嬢ちゃんをオジサンのとこに届ければ、オレの役割は終わりだよね。そんでその後は自由の身」


「ああ、そういう約束だ。……ありがとう。君のおかげで彼らの命が助かり、Dr・サナギの研究を妨げることが出来た」


 ヤコウが改めて頭を下げる。バランの協力がなくてもそれなりに作戦はあったが、成功する保証はほとんどなかった。若き天才剣士は、この作戦において非常に役立ってくれたのだ。


「ヘヘ。もともとオレの方から持ち出した取り引きだしね。……ねぇ、本当に幹部さんは出なくていいの? 一緒に逃げだした方がよくない?」


「私はここに残る。もし二人とも消えたら敵は徹底して周囲を探索するだろうが、一人残っていれば、残った一人から情報を聞き出そうとするはずだ。そうすれば少しは時間を稼げる」


 これは初めから予定していたことだった。そもそもヤコウには逃げる理由がない。


 わかった、とだけバランは返事をし、コサメを連れて去って行った。どこかに隠し通路でもあったのか、それとも見張り番の隙をついて扉から出たのかはヤコウにはわからないが、ともかくバランとコサメはフォビア城を脱出した。


「すぐ近くにオジサンとにーさんが隠れて待ってる。二人が死んだって見せかける偽装工作も完璧にしといたから、まだ誰にも見つかってないはずだ。早く合流しようぜ」


「うん。はやくいこっ」


 コサメの声が弾む。早くテンセイに会いたくて仕方がないようだ。


 テンセイとノームは城下町にある空家に隠れており、二人はそこへ向かって歩を早める。目的地まであとわずか、建物の角を曲がり、すぐそこに空家が見えた時――!


「クケケケケケッ!」


 悪魔が雄たけびをあげた。最悪。よりによって、ここに来て! 誰よりもコサメを欲していた狂科学者が待ち構えていたのだ。


「Dr・サナギッ!」


「サナミだよ!」



 バランが剣を抜くと同時に、黒い風が走った。得体のしれない奇妙な質量が二人の背後から迫る。


「チッ!」


 振り向きざまに剣でそれを斬りつける。が、手ごたえがない。剣は黒い物体をすり抜けてしまった。物体はバランの脇を通り過ぎ、一気に空中へ飛びあがった。


「うわぁっ!」


「な、オイッ!」


 物体。それはまさしく”悪魔”。黒い翼をはばたかせ、いつの間にか左腕にサナミを抱えている。そして右手には……コサメが捕まっていた!


「ベール! このまま、まま、研究所へ戻るんだよ、よ!」


「待てッ! てめぇー待ちやがれ!」


 バランの叫びも空しく、悪魔は月夜に飛んで消えていった。

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