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第272話・決

 なぜ、ゼブは武力での侵略を行うのか。弱小な国が無数に点在するより一つの国家にまとめた方が経済や技術開発の利便がいい。自分たちにはそのリーダー足り得る資格がある。というのが所謂”きれいな理由”だろう。しかしゼブ王がそれだけの思想で侵略戦争を始めたとは思えない。力の誇示。それは手段の一つであったが、いつしか目的へと変わっていたことは誰にも否定できない。


『ウシャスを攻め落とすとか、フェニックスを手に入れるとか、それ、本当に師匠たちの望んだことなのかよ! なあ師匠! 師匠はオレに言っただろ!』


「……目的のない刃に意味はない、ということか」


 アクタインが自ら言葉をつないだ。自分の進むべき道がわかっていなければどんな力も無に等しい。そうバランに言ったのは紛れもなくアクタインであった。


『オレが、オレが師匠たちに言えることじゃないけど……けど、オレは!』


「もうよい、バラン。お前の意思は伝わった」


 師は弟子の言葉を制した。その声は平淡で落ちついているが、厳しいものではなかった。


「お前の言いたいことはわかった。おかげで思い出したこともある。だが、私は王に仕える身だ。この先の決断は王に委ねられている」


『師匠……』


 そのサダムは、娘の魂と向き合っていた。だがアフディテの魂の背後から、さらにいくつかの魂が迫ってきていた。


『お父様。私は……これ以上の悲劇を見たくないの。誰かを守るための力は大事。だけど、この戦争は何を守るための戦いなの?』


『世界に名を轟かせることは古き代よりの宿願。ですが、このような破滅までは望んでおられなかったでしょう。この戦いが世界に何をもたらすか、これまでの戦と何が違うのか、それがわからぬ王ではないはずでしょう!』


 親が子どもをしかるような口調で言い放ったのは、もはや言うまでもない。ルクファールに成り変わられていた男、宰相グックだ。


「グックか。……ずいぶんと久しぶりだな。いや、これもまた奇妙な気分よのう。ぬしとは長い付き合いのはずだが……」


『王。私は、グックという男は、本当は数年前に死していたのです。貴方の側にいたグックと名乗る者は、ルクファールという悪魔のような男だったのです。思いだしてくだされ。ウシャスにフェニックスの力が存在するということや、いかなる手段を用いてでもそれを手に入れなくてはならないこと、それらは全てルクファールの入れ知恵なのです』


「ほう。……フフ。フハハハッ!」


 サダムは突然笑い出した。遠い青空を仰ぐ、底抜けの笑顔だった。


「余は何と白痴であったことか。フハハ、後から後から記憶が蘇ってくるわ。余の肉体にもフェニックスの力が刻まれておったことも、遥か南方の島でテンセイたちに戦い敗れたことも、何もかも忘れておったようだ。我が娘アフディテよ。ぬしの成長もしかと見届けたにも関わらず、この瞬間まで忘れておったとはな。済まぬことをした」


『いいえ、お父様。それもフェニックスの仕組んだこと。これからお父様が為すべきことは、これ以上の破壊を引き起こさないようにすることです』


 アフディテは強い意志を持って父に向かう。もしもフェニックスがこの少女までも蘇生させ、他の将軍たちと同じく記憶を消してサダムの隣に立たせていたならば、結末は違っていたかもしれない。だがアフディテの存在はゼブ軍の中に広く浸透していなかったため、またサダムたちの意識をサイシャの島以前の状態に戻すため、彼女の蘇生は許されなかった。その結果、彼女は魂の記憶を保ったままサダムの前に現れることとなった。


 フェニックスは生命の神。生物を復元する際に脳細胞に細工を仕掛け、一部の記憶を失わせることなど容易であろう。だが生命から切り離された魂は別だ。記憶は脳だけでなく、魂にも宿る。魂が抱いた記憶までも完全に消去するには、その魂を完全に別の魂へと変換させる必要がある。アフディテの魂は死後すぐにホテルへ吸いこまれたため、フェニックスの手で変換されることがなかったのだ。それはサダムたちも同じである。魂は記憶を残しているが、脳がそれを拒絶していたのだ。


 王の魂が、脳を越えて記憶を引き出した。


『王。賢明なる貴方ならばご理解いただけるでしょう。この戦争は起こってはならないものであると。このまま艦を進めれば必ずやその先には破滅の運命が待ち受けております。フェニックスの望む通りに、ヒトが滅びてしまうのです』


「……フン。なるほど、なるほど。そういうことであったか、グックよ。まったく呆れるを通り越して笑わねばならないな。……だが、アフディテ、グック。お前たちにもわかるであろう。ここまで進んでおいて、何もせずに引き返すことなど出来ぬとな」


『王!』


「皆まで聞け。ここで退いたとしても、半端に高まった熱は鎮まらぬであろう。なるほど、このまま進軍すればゼブもウシャスも破滅に至るであろう。だがいずれは衝突することも定められていた」


 サダムは瞳に力を込め、ゆっくりと将軍たちを見回した。言葉は発さなかったが、王の心は確かに将軍たちへ伝わっていく。サダムの瞳に映るのは戦士の炎。そして王の炎でもあった。


「あれに見えるウシャスの者に伝えよ。この戦、一騎打ちで全ての決着をつける、とな。ゼブからの戦士はサダム・ザック・ジグリット。余自らが出る。ウシャスからも戦士を一名選出させよ」


「ハッ!」


 アドニスが歯切れよく返事をし、光弾による連絡装置の準備にかかる。赤髪の男の瞳は一瞬アフディテの魂に向けられ、言葉にならない声を発していた。任務の最中でなければ、きっと彼は唇に笑みを浮かべていたことだろう。


「もっとも、向こうからの戦士はすでに決まっておるがな。……あの男と今一度、拳をぶつけ合うことが出来る。余は真に幸福よ」


『王。私は戦士でない故、全てを理解することは出来ませぬが、今の王の御顔は実に楽しそうに映ります。まるで幼き頃のような……』


「フ、子ども、か。それで良いのだろう。余はただ、己の目指すべき道を思い出しただけだ」

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