第243話・戯曲・滅亡
テンセイの目の前に、フェニックスが舞い降りた。二つの肉体を同時に支配する一つの意思が、厳かに口を開く。
「ここに全てが集った。世に四散した神の力が、ついにあるべき姿へ還る」
「この声は……フェニックスか? お前が、ヒサメの体を使って話してるのか」
ヒサメとユタの足が地に触れると同時に、ルクファールを覆っていた光が消えた。光の跡から、コサメが頼りない足取りでテンセイへ歩み寄る。その小さな体が地面へ倒れ落ちる前に、テンセイは素早く駆けつけて抱きとめた。顔が赤い。額に触れると火のような熱さを感じた。
「幼き器に多大な力は毒。早急に取り除かなくては器が崩壊する」
「……わかってんなら、さっさとやってくれ」
コサメを抱くテンセイへ、フェニックスが近づく。
テンセイにとっては、神との、そしてヒサメの姿との再会。そしてコサメにとっては、この世に生を受けて以来初めて、母の姿を見た瞬間であった。だが感慨にふけっている場合ではない。それに、ここにヒサメの魂がないことは直観的に理解できた。
ヒサメの白い指先が、コサメの『紋』に触れた。そして再び光が立ち昇る。今度はテンセイをも巻き込む巨大な光が発生した。光に覆われ、テンセイは奇妙な感覚に包まれた。温かいような、冷たいような。苦しいような、心地良いような。人間の感じることのできるありとあらゆる感情や刺激を混ぜ合わせたかのような気分だ。光の中で、全ての力が一つに戻るべく移動を始める。コサメの体内に宿る力の凝縮した『紋』が皮膚の上を流れ、ヒサメの指に絡みつく。
「……これで、コサメは普通の女の子に戻れる。力のせいで振り回されることもなくなる」
光の中、テンセイは考える。ゼブとウシャスの双方に甚大な被害が出ている以上、単純に世の中が平和になるというわけにはいかないだろう。これから世界に混乱が起こることは目に見えている。だが魔王が倒れた今、どんな困難も乗り越えられるだろう。
「昔みたいにのんびり暮らせるようになるのはもう少し後か……。しかし、疲れたな」
出来ればしばらく休みたい。そんな思考が頭の中をかすめた時、フェニックスの声が響いた。
「まだ序章に過ぎぬ。真の粛清はこれからだ」
「なに……?」
聞き返そうとすると、光が消えた。光の消えた後、そこに立っているのはテンセイとヒサメだけであった。ルクファールは生きているとも死んでいるともつかぬ状態で地に伏し、ユタは確実に生きてはいるが、これまた木の根を枕に倒れている。コサメはテンセイにしがみ付き、厚い胸に顔を押し当てている。
「粛清? どういうことだ」
「痴れた事を。お前たちの行動は只のきっかけだ。これより変動を始める世界の、ほんの序章だということだ」
「おい、いたぞ! あそこだ!」
空から降ってくる声が会話に割り込んだ。見上げると、漆黒の悪魔ベールが、そしてその背中に掴まるラクラやノーム、サナギたちの姿があった。この四人が同行していることはテンセイは知らなかったが、森のどこにも気配を感じないことからその可能性は考えていた。
ベールが徐々に高度を下げ、テンセイとヒサメの傍らに着地した。最初に言葉を発したのは双子の科学者であった。
『おお、おお!』
二人同時に叫び、そして両目を見開いたまま固まった。己の主が無残に敗北している姿を目の当たりにし、胸中をよぎるいくつもの思いに圧迫されたのだろう。良くも悪くも、二人を構築している世界が大きく破壊されたことは確かだ。次に動いたのはノームだ。
「オッサン! 無事だったか!」
「ああ。コイツは」
そう言ってテンセイはルクファールに視線を送る。
「片付いた。……たぶん死んではいないだろうが、コイツの中にあったフェニックスの力は抜き取った」
「すでに決着はついていた……。フェニックスの言葉通り……」
ラクラのつぶやきに反応し、全員の視線がフェニックスに集中した。その姿は初めにラクラたちが見た状態とは打って変わり、剥き出しの足で大地に立ち、遠い宇宙の果てを思わせる二つの目を開き、本来の力を取り戻したことが明らかに見てとれる。
「そう。全ては私の構想通りだ。我が力が奪われることも、その力が再び収束することも。全て私が仕組み、導いてきた事だ」
「何を……何を言っているんだ。フェニックス」
「哀れな男よ」
ヒサメの体を借りたフェニックスはその白い足を動かし、ルクファールに近付いた。敗北者を見下す眼は、とても生命の神とは思えぬほど冷たい。
「この男は何も知らぬ。己こそが神だと豪語し、この私をも凌駕した存在だと信じて疑わない。どこまでも哀れな人形よ。己が操られていることも悟れず、他者を操っているつもりで支配者を気取る様など実に愚かだ」
「どういうことだフェニックス! お前はいったい、何を知っている!?」
テンセイが叫ぶ。今や一級以上の戦士となったテンセイは、ヒサメの唇から零れる言葉に危機を感じている。
「何を? この期に及んでまだ解せぬか。私は生命を司る神。お前たち”ヒト”にはフェニックスなどと呼ばれておるがな。この男は私が目的のために生み出した道具よ。考えてみよ。何故この男が、他者の魂を幽閉する能力を持って生まれたのか」
「アンタが……アンタがわざと、そういう能力を持たせたっていうのか!?」
「無論。だがそれだけではない。お前達が『紋』と称している力も、私が植え付けたものだ」
ざわめきが走る。特に『紋』を持つラクラとノーム、そしてサナギの動揺は大きい。
「もっとも、どの個体にどのような能力を宿らせるか、故意に計算して生み出したのはこの男だけだ。それ以外には一々深く干渉せぬ。誕生の過程に作為を施しただけだ。……だが”ヒト”は、力を持てばそれを振るう。己以外の他者が力を持っていれば、己も力を持とうとする。真に浅ましい生物よ。その愚かさ故に己を滅ぼすことも、また天命よ」
今、フェニックスは何と言った。その美しい唇から放たれた言葉は何を表した。
「私の目的は、この星に生まれた異端種……”ヒト”を滅ぼすことよ」




