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第158話・欠落

 幾度目かの爆発が起こる。悟られぬよう上空へ撃った爆弾を時間差で命中させる策が功を成し、一瞬動きの停止した刺客へ爆弾が直撃した。


「グゥ……ッ! オノレ!」


 直撃はしたが、やはり一撃で完全破壊とまではいかないようだ。刺客は爆発の衝撃で吹き飛ばされるのを利用し、身を転がして立ち上がった。直撃を受けた左肩の装甲は大きく凹み、黒く焦げた跡が付いている。刺客はその場で左手を顔の前にやり、数回指を開閉させた。


「……フム、若干反応ガ鈍イガ、動作回線ハ一応無事カ。ナラバ、良シトシヨウ」


「けっ、強がり言ってる場合か!」


 ダグラスの照準は的確に刺客を捉え続けている。背中と肩に一発ずつ直撃させた割にダメージが浅いことは少々プライドを傷つけられたが、全く攻撃が通用しないわけではないことがわかっただけでも十分な収穫だ。同じ場所に何度も撃ち込めばいずれ破壊できる。


 とはいえ、闇雲に撃つだけでは命中しない。先ほどのように相手の裏をかかなければダメージを与えることは出来ないようだ。ダグラスは刺客の様子を見つつ、次の一手を考える。


「ソレニシテモ、意外ニ小細工モ得意ナノダナ、ダグラス。二発目ノ爆裂音ニ紛レテ三発目ヲ放ッテイタトハ気ガツカナカッタ」


「褒めても何も出ねーぞ。爆弾ならいくらでもくれてやるけどな」


「褒メルツモリナンテナイ。気付カナカッタノハオ互イ様ダカラナ」


 お互い様。その言葉の真意を最も早く察することが出来たのはリークウェルだった。リークウェルは爆発の攻撃範囲に巻き込まれないよういったん樹上に移動していたのだが、それ故に一瞬早くそれの存在に気付くことが出来た。とは言っても、その後の結果から見れば遅すぎたことには変わりはないのだが。


「上だダグ! さっきと同じ兵器が落ちてくるぞ!」


 ミサイル。それも、一度上空高く飛びあがった後に狙った地点へ落ちる特殊なミサイル弾だ。爆発に乗じて攻撃を放っていたのは刺客も同じだったのだ。


 ダグラスやユタがミサイルの接近に気づいた時、それはもうダグラスが撃墜できるギリギリの距離であった。破壊の力を秘めた卵が森の大気を突き破る。


「うおおおおおッ!」


 雄たけびとともに銃声が響き、撃墜のための爆弾が発射された。


「ユタァ! 全力で防げッ! 距離が近すぎる!」


「うん!」


「エルナ! ジェラート! 伏せろォー!」


 爆発の起こる距離が近ければ、熱や飛沫が到達する速度も速くなる。風の防御壁を全力展開する前にダメージを受ける可能性もありえる。かと言って爆発の範囲外へ逃げる余裕はない。可能な限り身を縮め、被害を最小にするしかないのだ。それが刺客の狙いだったことが判明した時には、一つの命が消えていた。


 この間、刺客は一切動かなかった。上方へ防御を集中している隙に再び接近することも出来ただろうが、二発の直撃を受けて少々用心深くなったようだ。何より、すぐ近くにリークウェルが控えている。攻撃の意思を示せばただちに妨害してくることは簡単に予測できる。刺客は動かない。ただ、小さくつぶやいただけだ。


「同ジ手ハ喰ラワナイ? 同じ手ハ使ワナィイ!」


 ミサイルと爆弾がぶつかり合い、爆炎が広がる。が、ダグラス達の想定していたよりもずっと威力が弱い。爆発したのはダグラスの爆弾だけであった。それによってミサイル自身も破壊されたが、誘爆はしなかった。爆発を起こす代わりに、悪意に満ちた殺人兵器を吐きだしていた。


「あっ」


 エルナの唇から、気の抜けた声が漏れた。緊迫した空気の中でそぐわない感嘆の声。普段は冷静なエルナに周りの空気を忘れさせるほど、衝撃的な結末。


「フヒャァハハハ! ドウダ!? 面白イ仕掛ケダロウ!」


 刺客の不愉快な笑い声が響く。その声はエルナの耳には届かない。


 エルナのコートは、新鮮な血で赤く染まっていた。生暖かい重みが、感覚としてエルナの肌に届く。重い。反射的に抱きかかえてしまったそれは、鉛のように重かった。いつも傍にいて、時には先頭に立って仲間を導いてくれた、大事な”相棒”。


「フーリ……。うそ……」


 名前を呼んでも、それは目を覚まさない。エルナの手から直に食糧を食んだ口からは、ダラリと舌が垂れている。優しくなでると気持ち良さそうに目を細めた首まわりには、ドス黒い風穴が開けられていた。そこからドクドクと血を流しては、エルナのコートを濡らしていく。


「『ニ段式』ダッタンダヨォ! 一度打チ上ゲタ後ニ衝撃ヲ受ケルト、弾丸ガ飛ビ出スヨウニナッテタンダ! モチロン、ソノクソ犬ニ当タルヨウ計算シテ撃ッタ!」


 衝撃を与えれば爆発する。ダグラスの爆弾はそんなタイプであり、『フラッド』は刺客のミサイルも同じようなものだと認識していた。それこそが刺客の真の狙いだった。外見は同じでも、性能の異なるミサイル。


「うそでしょ、フーリ……。ねぇ」


「ヒャハァ! コレデオ前ラノ”目”ヲ奪ッテヤッタ! ソイツノ探知能力ハ厄介ダト聞イテイタカラナァ!」


「そんな……」


「え、エルナ! しっかりして! 傷ならリクが治してくれ……っ!」


 途中からユタは言葉が出せなくなった。


 ミサイルから放たれた弾丸は、確実にフーリの首を撃ちぬいた。即死だ。リークウェルの持つフェニックスの力を持ってしても、すでに死亡してしまった生物を蘇生させることは出来ない。リークウェルが持っている力はあくまでも欠片に過ぎないのだ。その事に気づいてしまったため、ユタは口をつぐんだ。


「サァ、次コソ本当ニオ前ガ標的ダ、小娘。人ノ事ヲ心配シテイル場合ジャアナイゾ」


 刺客が笑いをやめ、再び戦闘の気を張り詰めた。


「自分ノコトヲ心配スルンダナ。……マァ、無抵抗ノ方ガ楽ニ済ムカライインダガナ」


「ああ、楽にしてやるよ」


 不愉快な語りを、ダグラスが止めさせた。重く、静かな声だったが、それは鉄仮面の刺客をかすかに背筋を震わせた。


「面倒臭がりなんだろ? 二度と動かなくていいようにしてやる」


 そこに、いつものダグラスはいなかった。爆炎よりも遥かに熱い炎を瞳の奥に宿した、戦士の姿があった。


 ――森に静けさが戻った。

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