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第104話・堕した策士

 廊下へ出たヤコウは、左の方に気配を感じた。照明の灯る廊下では姿を隠すことが出来ないからか、それとも正面から対峙してヤコウに勝てる自信があるのか、その気配は廊下の真ん中に立ってヤコウを見ていた。構えこそ取っていないが、気力は戦闘体勢に入っている。


「テンセイ君。君も気づいていたのか? ラクラから聞いたのか?」


 話しかけながら、ヤコウは腰の拳銃を手に取った。テンセイは微動だにしないが、その全身から溢れる闘志に緊張が走り出したのをヤコウは感じた。


「たった今、私が伝えました。もっとも、すでに直感的に違和感を覚えていたようでしたが」


 後を追ってきたラクラが、隠し穴をくぐって廊下に現れた。


「……やれやれ。こうもあっさり裏切りがバレるとは。上手く隠していたつもりだったんだがな」


「上手くやったつもり? その割には迂闊でしたよ。ゼブから帰還してきた際の一言は」


 ラクラがヤコウに対して疑惑を持ったのは、引き渡しを行った軍人からその時の状況報告を受けた時であった。


『長旅を終えたばかりのところを申し訳ないのですが、現在、我が軍の東支部が交戦中の状態にあります。本部及び各支部から支援部隊を集めている最中でして……』


『わかった』


 ヤコウは静かに答えた。


『私も東支部へ向かう。これ以上『フラッド』の好きにはさせない』


「交戦の相手が『フラッド』だということを伝える前に、あなたはそう言ったそうですね?」


「……フン。なるほど迂闊だったな」


 ラクラが動いた。ヤコウの握っている拳銃へ、二発の弾丸を撃ち込んだのだ。夜ではあるが、屋内には照明があるため十分に光銃の能力を使うことが出来る。


「そうなると、もっと早く行動を起こすべきだったかな。昼間、テンセイ君が外に出ている間にノーム君だけでも始末しておけばよかった。そうすれば任務の三分の一は完了していたのに」


 間一髪のところで光弾は外れた。文字通り光速の弾丸を回避したということは、拳銃を狙うことを予測されていたのだろう。


「さて、とノーム君の暗殺を終えたら次はテンセイ君の番だったんだが……順番が変わってしまったな」


 そう語るヤコウの姿は、驚くまでに冷静だ。ヤコウが持っている武器は、ごく普通の拳銃一丁のみ。それだけでラクラの光銃に対抗出来るわけがない。また、鍛冶屋の後継ぎとして幼少時から鍛えられてきた体は比較的頑丈だが、テンセイには遥かに及ばない。自ら裏切り者……ウシャスの敵であることを露見させた以上、ヤコウに何が出来る? なぜ冷静でいられる?


 その答えはヤコウ自身が明らかにした。


「だが、この時点ですでに一人は片が付いている。……安心していい。殺してはいないし、外傷もほとんどない。さすがに無抵抗な少女を傷つけるというのは気がひけるしな」


「なに……?」


 テンセイの表情が強張った。それを無視してヤコウはラクラに向き直る。


「ラクラ。君はさっき私の行動を素早いと言ってくれたな。確かにその通り、我ながら迅速な行動だと思っているよ。君と別れた直後のコサメを気絶させて確保し、そのすぐ直後に君の前へ姿を現せたのだからね」


(まさか――)


 ラクラの記憶が蘇る。つい数十分前のことだ。廊下でたまたま出会ったコサメに算数の問題を持ちかけられ、その答えを教えてやった。それから、もう遅いので部屋で眠るように言い、コサメと別れた。コサメが去って行った後、少しだけその場に立ち止まって考え事をしていた。


 そしてヤコウが現れた。コサメが視界から消えてほんの数秒後のことだった。


「まさか、あのわずかな時間で?」


「とりあえず気絶だけさせておいて、近くの空き部屋に隠しておいた。君と別れてから医務室へ来る前にもう一度その部屋に立ち寄り、他の場所へ移動させた。その場所がどこかは当然私しか知らない。だが一つだけ教えてやろう」


 ヤコウはテンセイへ視線を移した。


「ここで私を殺したら、君は二度とコサメに会うことが出来なくなる。……と言っても、彼女を殺したりはしないからその点だけは安心してくれ。だが君の対応次第ではそうなる可能性もゼロではない」


 ――ヤコウ、あなたはどこまで堕ちたのですか。ラクラの胸の奥に、ドス黒い悲しみが張り付いた。ヤコウは元々、任務のためならば私情を捨てられる人間だった。だが、子どもを人質にとるようなことは絶対にしない男であったはずだ。ラクラの知っているヤコウは、策は使っても卑劣な行為はしない男だった。


「……ブラフ(ハッタリ)……ですか?」


 声が震えた。聞いても無駄だなことだと、言った後で気がついた。


「そう思いたいのなら勝手にそうしたまえ。取り返しのつかない事態になっても後悔しないと誓えるのならな」


 こう答えられては、ラクラにはどうすることも出来ない。


 テンセイは動いた。


「ッオオオ!」


 咆哮一吠え、ヤコウに向かって駆けだした。銃を恐れぬ突進だった。


「やはりそう来るか。私を生かしたまま捕まえてコサメの居場所を吐かせるつもりだろう? そうはさせない」


 ヤコウが拳銃を動かした。ただし狙いはテンセイではない。ラクラでもなかった。銃口がつきつけられたのは、ヤコウ自身の頭部であった。


「私はこの任務に全てを賭けている。自分自身の命でさえもな。わかっただろう?」


 テンセイの突進が止まった。思えば、戦闘中にこの男の前進を止めたのはヤコウが初めてかもしれない。


「賢明だな、テンセイ君。よく止まってくれた。それ以上近づくと私は発砲する」


 ヤコウがトリガーに指をかける。確実に撃つことを表した行為だ。


「わかっただろう? 私がノーム君を人質に取らなかった理由がこれだ。人質はコサメ一人で十分。そして今この状況で完全に”詰み”だ」


 たった一丁の拳銃で、二人を制圧していた。凍るほどに冷静な態度でさらにヤコウは言い放った。


「ただ一つ欠点があってな。この体勢では君を殺すことが難しい。出来れば……自害してもらいたい。君の不死は完璧なものではないから可能だろう」


 不死。その単語が、ラクラを会話の蚊帳の外へ追いやった。

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