皮肉屋師匠
『──さて、情報は頭に入ったかしら?』
「えぇ、勿論ですよ、井口さん。私にお任せください」
俺は和かに笑いながら通話をする。善は急げと、数日後に決闘をセッティングした俺達は、準備を行った。井口さんはミヤプロの人間であり、赤﨑さんはミヤプロ所属のストリーマーである事を隠しているため、井口さんは通話でしかやり取りが出来ない。
俺はマスクの時と違い、茶色いマントを身につけて全身を覆っている。フードも深く被っているため、顔は見えないようになっている。
そして俺の役は『赤﨑さんの戦闘技術の師匠』である。井口さん相手にも役になりきって話をしていた。
「……マスクの時も思ってたんだけどさ?」
「なんですか、エリスさん」
「っ!……そ、その、なんで簡単に別人っぽく振る舞えるんだろうって」
「……あー、成る程ね。知り合いに居るんだよ、皮肉屋な人がさ。今回の役にピッタリだから真似してるんだよ」
「へぇー」
何故か一瞬赤﨑さんか慌てたが気にはしない。今回は師匠としての役柄で、赤﨑さんには悪いが名前で呼ばせて貰う事になった。
学校に到着すると、校門にはスーツ姿の女性が立っていた。教員だろうか。
「あ、先生!」
「……その方が、例の?」
「そうです、私の師匠です」
「お初にお目に掛かります」
頭を下げる。女性も会釈をするが、俺を疑う様な視線を隠そうともしない、
「申し訳ございません、諸事情により身分を明かせない立場にございますので、ご容赦の程を」
「はぁ……」
渋々といった感じで先生は納得。俺達は先生に導かれ、とある場所までやってきた。
そこはまるで闘技場のような場所。何故こんな場所が学校の敷地内にあるのか、というのは事前に調べがついているため、特に疑問には思わなかった。
端的に言えば冒険者という職にも一定の実績があると、学校に箔を付けるため、である。
昨今の流行は冒険者であり、政治的にも冒険者の重要度は高くなっている。学校としては、優秀な冒険者を輩出し、箔を付ける事でより優秀な才を持つ者を入れるため。そうすれば、より優秀な者が輩出され、より箔が付く。
闘技場は、冒険者育成に注力しているというアピールでもあり、また訓練施設、そして模擬戦のために使われる場所だ。
学校内は基本的に魔法やスキルの使用を禁じられているのだが、闘技場はその許可が降りやすい施設。闘技場の壁などもモンスター素材などを使用した最先端の物を使用しているらしい。金有りすぎだろ。
で、今回はこの一戦のためだけに、闘技場の使用許可が降りたという事だ。
向こうとしても、これを機に赤﨑さんを我が物としたいのだろう。
中の様子をみてみれば、観客席には生徒だらけ。相当賑わっている。大々的に宣伝したのだろう。しかし、学生の恋愛のいざこざでの決闘に、ここまで学校が協力するのは如何な物かとも思うが、まぁ、向こうは日本が誇る権力者としての有力な候補者だ。この程度の融通は簡単に効かせられるのだろう。
機嫌を損ねるか、胡麻をするか。焔場家が更に権力を持った場合、炎真君の一言でどうとでも出来るようになってしまうかもしれない。なら、胡麻をする以外にやり方はないだろう。
……ま、素行に難があるような輩が上に立つ国、などというのは先が暗いというか何というか。出来れば今の内に良い方向に出来るだけ修正してあげたい。大人なつまてから修正しようとすると途端に難しくなる。
この決闘を通して俺を目標としてくれるのが、ベストな終わり方かな。
そもそも負ける気は一切ないので、勝った後の事を冷静に考えていた。
彼の模擬戦などが動画としてSNSに上がっていたので幾つか見たのだが、どう足掻いても負けるビジョンが見えなかった。それ程に弱いというのが率直な感想だ。
俺の目が肥えすぎてるっていうのもあるんだけど。
「……じゃあ、お願いします、師匠」
「任せておきなさい。細長い鼻程度、軽く折って差し上げましょう」
俺は闘技場の内側へと足を踏み入れる。
観客席にいる生徒達が響めき始めた。
「──なんだ、怖気付いて逃げると思ったぜ」
階段を登り、台の上へと行くと、既に一人の男が腕を組んで立っていた。彼が焔場炎真──これから戦う相手であり、その鼻っ柱を折るべき相手。横には鈍い赤色の大剣が突き刺さっている。
「だが、顔も晒せない卑怯者とはな」
「私が卑怯、だと?」
「お前以外に誰が居るんだ?」
「では……私達はお似合いですね」
「……あ?」
炎真君が眉を顰める。俺はゆっくりとした歩調で炎真へと近づいて行く。
「顔も晒せぬ卑怯者と、自らの魅力で女性を虜に出来ず、思い人に八つ当たりする卑怯者。丁度良いマッチではありませんか?」
「お前、ふざけてんのか?」
「おや、お気に召しませんでしたか?フフ、これは失礼。では、焔場家の大切な大切な箱入り御坊ちゃま、とお呼びした方が?選ぶ権利は差し上げますよ、炎真御坊ちゃま」
「ぶっ殺してやる!」
戦いの合図を待たずして、炎真君は大剣を抜き放った。




