猫
「実に面妖な……」
「面妖なのはあんただよ」
リビングにて。俺の対面に座る二足歩行の猫、猫又の弦山。湯を沸かしているポットに興味津々のようだ。
何故、彼がここに居るのか。
「拙僧にも分からぬ。だが、確かにお主との深い縁を感じるのだ」
「深い縁ねぇ……」
少しだけ、とは言わず大分思い当たる物がある。
「状況だけ見れば、コクウと同じなのかもな」
「ほう、コクウ殿と?」
「うん……うん?殿?」
「うむ。コクウ殿は拙僧からすれば謂わば先達であろう?では、敬意を払うべきである」
「ふーん……俺は?」
「ふむ、これからは鵠殿とお呼びするつもりだが、宜しいかな?」
「まぁ好きにすれば良いさとは思うんだけど……年齢というか、重ねた経験的な物を鑑みると、俺達の方が敬語で話すべきかなとも思うんだが」
「それは不要。拙僧は世話になる側故、気になさらぬよう」
「分かった。……というか、ウチに住む感じでもう決めてる?」
弦山は頷いた。
「他に行く宛てもなし、鵠殿には深い縁も感じる故、このまま居候させて頂きたく」
「そうだな。で、その深い縁って奴なんだけど」
そこでポットが音を鳴らした。
「あぁ、じゃまずは茶を淹れるか。弦山は座っといて。コクウ、茶葉取って」
『カァ』
「忝い」
と言いながら弦山はポットをじぃっと見ている。ポットから急須にお湯を注ぐと、弦山からおぉっ!と声が挙がった。
「ポット知らないんだな。電気は点けられるのに」
「いや何、宮司が茶を淹れる際は薬缶で沸かしていたのだ。『ぽっと』というのは初めて見たのでな。火も焚いていないのにお湯を沸かせるとは、実に面妖な」
「ま、ウチもウチで一世代古い感じなんだけどな」
今では電気ケトルが主流だ、特に俺みたいな生活の場合は。ポットも昔から使っている物だし、特に問題ないから買い替えていないだけである。
湯呑みに茶を淹れ、弦山に提供する。
「忝い」
そう言いながら弦山はその猫の手で湯呑みを持ち
茶を啜る。
「あち」
だが彼は渋い顔をしながら湯呑みを素早く置いた。
「熱いニャ……」
「あー、そっか。ごめんごめん、猫だから猫舌なのか……ん?」
何か今聞き捨てならない言葉が聞こえたような。
「なぁなぁ」
「う、うむ。何かあったか?」
「いやさ。今、語尾がさ、もしかして……」
「……」
「『ニャ』って言ったか?」
「い、言う訳なかろう。拙僧は武人にして猫又。そのような極めて一般的な語尾など付けぬよ」
「そう……まいいや。ちょっと水入れてくる」
「う、うむ、忝い」
何故か慌てる弦山。俺をその様子を訝しみながら、これ以上追求するのはやめにする。どうせいずれまたボロを出すだろうし。
お茶をぬるくなるまで水で薄め、改めて弦山に提供する。弦山は先程の事もあってか、恐る恐るお茶を啜るが、今度は問題無かったようだ。
「で、俺との縁の話なんだけど」
「うむ」
「多分、弦山は俺の使い魔になっているんだと思う」
「使い魔とな?」
頷く。
使い魔とは、端的に言えば主従契約を結んだモンスターである。鑑定スキルを一定以上持っている人に鑑定して貰うと、使い魔が居るかどうかが分かる。
また、モンスターではない通常の動物は使い魔には出来ない。
最も、使い魔として契約するやり方は明確になっていない。モンスターを倒した際に超低確率で──というのが最有力なのだが、だとしたら使い魔になる確率は相当低い数値になる可能性がある。
何故なら、世界でも使い魔を持つ人は少ないからである。しかも、喋る使い魔となれば前代未聞。
他に何かしらの条件があり、無意識のうちに達成していた可能性も視野に日夜研究が行われているらしいが、今の所目立った成果は出ていないようだ。
てな訳で、そもそも使い魔を持つ冒険者の絶対数が少ないのに、俺はこれで二人目を持つ事になるという事だ。
「明日、事務所で相談だな。何時迄も弦山の事を隠せるとは思えないし、事が大きくなってからバレるよりは、先んじて味方を増やしておいた方が良い」
「うむ、賢明な判断だ」
実際にまだ弦山が俺の使い魔として認識されているかはらわからないし、困った時に使える手札は多い方が良い。手の内を開示してしまうリスクは勿論あるが、ミヤプロの人は今の所疑う余地はなく信用出来る。
使い魔として認識されているのなら、寧ろバズりネタとして弦山を出演させるのも良い。マントやマスクを取る事を余儀なくされるピンチに陥り、俺の身バレするリスクを減らす事も出来る。
「じゃ、明日ミヤプロに行く前に連絡しとかなきゃな」
ちょっとしたサプライズを含め、明日重要な話があるからと井口さんに前もって連絡を入れる。井口さんは少し疑問に思ったようだが、まさか使い魔(仮)が増えたなんて思いもしないだろう。
井口さんや赤﨑さんがどんな反応をするか楽しみにしつつ、俺は弦山に自宅の構造を紹介。シャワーも当然ぬるめじゃないといけないというのは、確かに猫なんだなぁと思わせられたのはまた別の話。




