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一度死んでしまった『僕』が、吸血『姫』として生まれ変わった話  作者: 瞑々もんすたー
一度死んでしまった僕が、吸血姫として生まれ変わるまで
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使命

実は結界都市周りの設定を紛失してしまいまして……なにか齟齬があれば教えてください。

 姉が死んだ。


 その知らせが青崎家に齎した混乱は、筆舌に尽くしがたいモノとなる。青崎家にとっての『英雄の血』とは、それほどまでに特別な存在だった。


 混乱を大きくした原因は、死因も関係があっただろう。戦場にて、強大な敵に敗れたのであれば、まだ『英雄』として面目も立つ。だが実際には、敵前逃亡の末、戦いとはかけ離れた場所で死ぬことになった。


 この事実が青崎家の貴族としての力や評判をどれだけ削ぎ落すことになるのかは、誰の目にも明らかだった。だからこそ、残された者達は陰謀を張り巡らす。


 青崎家にとっては幸いなことに、この現状を覆すための材料が二つ残されていた。ひとつは、姉の死が青崎家の屋敷の中で起こったこと。


 もうひとつは───『英雄の血』は失われること無く、姉と非常に似た妹へ受け継がれていたということだった。









 誰もがおかしくなっていく。あの日から今日までの、妹の目に映る光景を表す端的な感想が、それだった。


 父は、意識が戻ったのちに姉の訃報を聞いて、壊れてしまった。彼こそが青崎家で一番、『英雄』というものを特別視していたからだろう。あれほど厳格だった父が呆気なくおかしくなっていく様に、誰しもが衝撃を受けた。


 そうしている間にも、異分子殲滅隊から青崎家への不信感は募っていく。焦った大人たちは、妹に、お前が姉の代わりになるようにと迫った。当主の血を引く者はもう一人しか居ないのだから、当然の顛末だろう。


 だが、その代わりというのは、新しい当主という意味ではない。そっくりそのまま、今日までの姉へとすり替わるよう求めたのだ。


 結局のところ、青崎家の誰しもが、姉という存在を失ったことを認められなかったのだろう。妹がいくら見た目や持った力が似通っているといっても、無茶としか言いようがない要求。


 けれど妹は、その要求を呑み込んだ。その理由は、青崎家の中で一番姉を失った事実を認められなかったからでもあり……姉から受け継いだモノが、『英雄の血』だけでは無かったから。


 妹はあの時、魔力と同時に、姉がこれまで積み上げて来た記憶の全てを受け継いでいた。今回の現象が前代未聞なこともあり、青崎家にも理解出来ないことではあったが、それのおかげで、すり替わりの問題は全て解決してしまった。


 そうして、妹は先の襲撃で死んだことになった。敵前逃亡も大きな問題となり、青崎家の力を大きく削ぐことにはなったが、妹が襲撃で死亡したという話と、その為に前線を離れたという話は同情を生み、最低限の損害で済むことになる。


 皆が狂ってしまったまま、表面上だけ取り繕われた現実。全ては切っ掛け一つで破綻する、薄氷の上にあった。





 



 無感情に吸血鬼の屍を積み上げるたびに、自分は姉とは違うのだと思い知らされる。私だけが知っている、臆病な姉。あの人ならきっと、戦うということにここまで何も感じずにはいられなかっただろうから。


 記憶からの齟齬で入れ替わりがバレないように、隊の者達とは一切の関係を持っていない。随分と親し気な者もいたけれど、彼女と姉がどういう関係だったのかはもう知ることも出来ないだろう。


 隊も組まずに淡々と戦果を挙げる私を、最初は皆賞賛した。『一度失敗はしたが、それでも英雄は英雄なのだ』と。だが、それが長く続けば続くほど、畏敬の目は不気味なナニカを見る目に変わって行った。


 気付けば、入れ替わりを知っている筈の青崎家の者達も、私を私として扱わなくなっていった。ただ孤独に、『英雄』という称号だけが私を覆い隠していく。


 本当の『英雄』を殺した、私のような者に。


 ……こんな生活でまだ私が正気を保ち続けることが出来たのは、ひとえに、姉が最後に残した『英雄の血』という形見を、穢させはしないという想いからだった。



「───さま。ご当主様。お父上様がお呼びになられておりました」


「……ああ。分かった。案内してくれ」


「承知しました……その、差し出がましいようですが……何か支障でも?本日の継承式に私共の手違いがありましたか?」


「いや、何でもない。ただ、少し、考え事をしていただけだ」



 視界が、今を写した。青崎家の当主継承式も終わり、つい先ほどまで慌ただしかった人の流れもかなり落ち着いてきている。こんな日だからこそ、昔のことをよく思い出してしまう。


 従士の背を追いながら横切った硝子窓に、私の姿が反射した。そこには、誰もが錯覚を抱いてしまうのも仕方が無い、在りし日の姉の姿があった。彼女は黙って私を見ていたが、私が話しかけたら返事をするのではないかとすら思える。



「ここでございます。では、私はこれで」


「ああ──ご苦労」



 姉なら付け加えたろうと思ったから付け加えただけの労いの言葉を最後に、従士が立ち去る。そうして私が経っていた場所は、青崎家当主の部屋───今日から、私の物になる場所だった。



「失礼します。只今参りました、お父様」


「おお、来たか!ははは、お前が『英雄の血』を持って生まれたあの日から、この日が待ち遠しくて仕方が無かったぞ!」



 かつての威厳は見る影もない、興奮しきったお父様の声が部屋中に響き渡る。その目に写っているのは私ではなく、在りし日の姉の姿だけだ。


 そんな父の醜態に眉を顰めるような時期は、とうに過ぎ去っている。今となってはただ在りし日の姉の声を思い起こしながら、慇懃に応対するだけだ。



「今朝聞いた通りですと確か、当主の座以外にも継承せねばならないことがおありだとか?ここに呼ばれたということは、その件で間違いないでしょうか」


「ああ、ああ、合っているとも。ただ、ここから先は、門外不出の、青崎家当主にだけ継がれてきた話だということを念頭に置いて貰おう」


「……?」



 この家の秘密なら大方把握していると思っていただけ寝耳に水な話に加えて、急に目に知性の色が僅かに戻ったお父様の姿に、内心疑念を抱く。そんな私を置いて、お父様は話をどんどん転がす。



「この部屋の、丁度ここだ。ここの床に魔力を籠めろ」


「……ええ、分かりました───」



 お父様が差した指の先に、淡い青色の魔力が揺らぐ。


 するとその魔力が一定の量を超えた瞬間、ふっと吸収されたかのように全て消え去った。そして先ほどまでは確かに床だった場所に、まるで最初から何もなかったかのように地下への階段が現れていた。


 

「これは……」


「付いてこい」



 未知の技術を前にたじろぐ私をよそに、お父様は淡々とその階段を下って行ってしまった。あまり待たせるわけにもいかない私も、うすら寒い空気が流れ出るその階段の先へ、足を踏み出した。


 階段自体は、そこまで長いものでは無かった。これまた仕組みがまるで掴めない奇妙な照明装置を横目に、終点の……ごく普通の一室程の広さの地下室へ辿り着いた。


 そこは例えるのなら、研究所の資料室のような場所だった。白一面の清潔な一室に、無骨な背表紙のフォルダが大量に格納された本棚が、所狭しと立ち並んでいる。



「ここに保管されているのは、人類の歴史全てだ……『滅亡の年』以前も含めて、な」


「そ、れは……」



 まるで歴史という本から落丁したかのように失われている、かの記録。特段歴史に興味があるというわけでもない私ですら、目の前に有るモノがどれだけ異質か理解できる。



「そこに、私たちがどのような経緯で北壁、東京、西都、南府という四大結界都市を築くのに至ったのか……そして、青崎家に託された使命が、そこに書いてある」


「これは……他の貴族家にも同じようなものが?」


「いや、これらの歴史を紡いでいく使命を抱いたものは、我ら青崎家だけだ。理由は分かるな?」



 『英雄の血』。そう呼ばれる、魔力持ちの中でも更に特異な力を持つ一族。その由来こそが、きっとその答えなのだろう。


 こんなものが無ければ、姉があのような重責を背負うことにはならなかったと、何度も思わずにはいられなかったそれの由来が……一生分かることはないのかと思っていた、呪いのような力の正体が、今、目の前にある。


 手の震えが抑えられない私の横を、お父様がぬるりとすり抜けていった。そして、霞むようなほんの小さな声を、私の耳が拾う。



「これでようやく、私の使命も終わる……」



 その言葉の意味を問いただすより前に、お父様は階段の奥に姿を消してしまった。


 そして私だけが、この冷たい部屋に残された。


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