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一度死んでしまった『僕』が、吸血『姫』として生まれ変わった話  作者: 瞑々もんすたー
一度死んでしまった僕が、吸血姫として生まれ変わるまで
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鳥籠

 後に一次大規模襲撃と呼ばれることとなる事件は、北壁に多大な爪痕を残すことになった。


 それは青崎家も例外ではなく、護衛として滞在していた一個小隊が全滅。現当主である父も、命を落とすことは無かったが、吸血鬼との交戦で負傷し、意識不明の重体となる。


 吸血鬼とその眷属の大群に襲撃された最前線の異分子殲滅隊らも、壊滅的な損害を出していた。この襲撃はそれも仕方が無い程の脅威ではあったが、それでも、多くの隊員がこう言った。


「『英雄の血』が無断で最前線を離れたせいで、被害が拡大した」と。


 そしてそれは、妹の耳にまで届いていた。







「───姉様。姉様、どうか開けてください」



 あの襲撃から、一週間が経った。未だ父は意識不明で、生死の狭間を彷徨っている。つまり現在青崎家を取り仕切る立場にあるのは、長女でもあり、『英雄の血』を持つ姉だ。


 だが、あの日以来姉は、死人のように覇気を失ってしまっていた。戦後処理に忙しい青崎家の管理はおろか、異分子殲滅隊としての職務すら果たさず自室に籠って固く戸を閉めている。


 そんな姉に、妹はどう接していいのか分からなかった。昔は手に取るように分かった姉の心情を、今は全く理解できなくなってしまったのだ。


 英雄として、戦場へ立つようになり、自分に何も相談してくれなくなった姉。それが昔の姉と同じようで全く違うものなのだと、妹は今更気付かされた。そして何も話してくれないのは、今回も同じ。


 妹の心は酷く痛んだが、それでも堪えることが出来た。姉にも何か考えがある。自分が不甲斐ないから、姉は何も相談出来ない。そういう風に考えていたから。


 しかし、そんな時に耳に挟んだ一つの噂話。これだけは、どうしても許容するわけにはいかなかった。



「姉様、どうしてもお話したいことがあるのです。どうか、入れてください」



 度重なる妹の懇願に、やがて、ゆっくりと扉が開いた。妹が再び閉じる前にと、急いで中へ身体を滑り込ませる。薄暗い室内で一番最初に目に入ったのは、姉のやつれた顔だった。


 妹は言葉に詰まる。その間に、入り口は再び閉じられた。入る前に考えていた言葉よりも先に、ちゃんと食事を取っているのかだとか、睡眠は取れているのかだとか、そんな言葉が頭を過ぎる。


 対面した姉は何も言わず、無表情で、妹の第一声を待っていた。そんな姿に気圧されるように、妹は元から考えていた言葉を口にした。



「その、姉様が……無断で最前線を離れた、と聞きました。それさえなければ、ここまでの被害にはならなかったと……本当、なのですか?」



 姉は、すぐには答えなかった。時計の音しか聞こえない部屋で、二人は暫く無言で見つめ合う。そして、姉がゆっくり口を開いた。



「ああ、本当だ」


「っ~~~~!どうして、ですか……!?」



 出来ることなら聞きたくはなかった言葉に、妹の顔が苦しむように歪む。それでも一縷の望みに縋るように、分かり切った質問をした。



「お前が……大切だからだ。何よりも。隊員のみんなより、この都市より、大切、なんだ……」



 そう答える姉の姿は、いつかの独白の時のような、弱々しいものだった。英雄としての仮面が剥がれた、ただの『姉』が、妹の前にいた。



「私は、皆の言う『英雄』にさえなれば、私が守りたいもの全てを守れるなんて思っていた」


「姉様……」


「だが、違ったんだ。私は、同じ小隊の隊員すら守れなかった。私がどれだけ強くても、人は、あまりにも脆すぎる。吸血鬼に襲われれば、瞬きする間に死んでしまう」



 妹は、あの襲撃の日を思い起こした。いつも自分と鍛錬に励んでいた、戦士としては先輩に当たるような護衛の皆が、あっさりと命を散らしていったあの日の光景を。



「防衛線を抜かれて、都市に吸血鬼が侵入していった時……お前が襲われると思った。それが、怖くて仕方なかったんだ。だって、私の周りでは、呆気なく人が死ぬ。お前だけ、例外なわけがない」


「それ、は……」


 

 現に、姉が来なかったら間違いなく死んでいた妹は、何も言えない。吸血鬼を前にして刀も抜けなかった妹は、明確に、守られるだけの存在だった。



「命を賭けて戦う隊員達の姿も、助けを呼ぶ市民の声も、全て私に届いていたのに、私は……お前だけが、心配だったんだ」



 姉が、妹に縋りつくように崩れ落ちる。

 

 英雄ではなく、ただの姉としての独白。妹の身の安全だけを想うそれは───致命的に、妹の想いとすれ違っていた。



「姉様は、私のことを、何もわかっていません」


「……え?」



 ぞっとするほど冷たい妹の声に、姉が怯えたような声を漏らす。そして見上げた先の妹の顔は……姉すら見たことの無いような、氷そのものの冷たさだった。



「姉様が臆病な人だってこと、私が一番よく知っています。だから、姉様の負担を減らすためにずっと努力してきました。勉学も、鍛錬も、血を繋ぐ役目としても」



 今度は、姉の方が何も言えなくなる。姉は、心のどこかで、今回も妹が自分の甘えを許してくれると思っていたのかもしれない。しかし、結果として姉は、誰よりも深く妹の心を傷付けることになった。



「ですが姉様は、私に相談すらしてくれません。それでも私は、姉様が、心の中で私を心の支えにしてくれていればそれでよかったんです。言葉にはしてくれないけれど、私のことを信じてくれているんだと……!」



 真面目さで取り繕った妹の心は、長い年月をかけて、少しずつ罅割れていた。その器は強固だったが、大切な姉からの攻撃だけにはどこまでも脆かった。



「ち、違う。どんどん強くなるお前に相談したら、頑固なお前は、どんな手を使ってでも私と同じ戦場に出てきそうで……それを、守り切れる自信が無かったんだ」


「知っているでしょう!私は、この屋敷から出られることだって殆ど無い!鳥籠に閉じ込められてるだけの存在です!ですが、それでも、人間なんです!」



 妹が堪らず怒りの声を上げた。頑固で真面目だからこそ心の奥底に秘めていた、本音を叫ぶ。



「姉様はずっと私をただの足手まといとしか思っていなかった!私のことを、守られるだけの存在だと、そう思っていた……!私の努力を、想いを、全部、鳥籠の外から眺めているだけで……!」


「そんな、つもりは」


「私の積み上げてきたモノを、他の誰から無駄と蔑まれてもよかった。本当に無駄だったとしても、別に構わなかった。ただ、姉様にだけは……無駄だなんで、思っていて欲しくなかった」



 ずっと支えにしてきた想いを踏みにじられた妹の心が、最悪のタイミングで決壊する。



「私は姉様の愛玩動物じゃない!姉様の足枷になるくらいなら、あの日、見捨てられて死んでいた方がまだましだった!」



 『英雄』としての姉に憧れていたからこそ、妹は姉の足枷にしかなれない自分を呪った。それはつまり、姉にとって、自分の一番大切なものを目の前で呪われたということだった。


 妹が全てを吐き出しきり、耳が痛いほどの沈黙が部屋に満ちる。そして───



「ああ、そうか。こんなに簡単なことだったのか」



 どろりと黒いナニカが溢れ出すように、姉の身体から魔力が溢れた。



「……え?ね、ねえさま?」



 妹が、我に返る。けれど自分の犯した過ちは既に、取り返しのつかない場所まで姉の心を連れて行ってしまった後だった。



「私が何も守れないのは、力が足りないからじゃない。臆病だからだ。だからいつも、選択を間違う」



 姉が、いつものように妹を抱き寄せる。だがそれは、妹を可愛がる為といういつもの目的とかけ離れた理由での抱擁だと、妹はすぐに気付いた。



「姉様、一体何を」


「もう、間違えない……なあ、私の可愛い妹。私は、『英雄』にはなれなかった。どこまでも、向いてなかったんだ」



 姉の常人とは桁違いの魔力が、圧縮されるかのように一か所に集まっていく。それが良くない兆候だと本能的に察した妹は、抱擁を抜け出そうと必死に抗った。



「嫌!やめてください!姉様!」


「すまないな、私の世界一大切な妹。私にはもう、お前を確実に守れる方法が、これくらいしか思いつかないんだ。愚かな姉を、呪ってくれ」



 姉の中にある『英雄の血』が、姉の望むように魔力を動かす。『英雄の血』は、始祖の力。つまり、他者の魔力にさえ干渉することが出来る。それは他者から魔力を奪うことが出来るということでもあり───その逆も、容易く行える。


 姉の全魔力が一か所に集まり、強い閃光が放たれた。












































 一瞬の閃光が過ぎ去り、再び部屋に静寂が満ちる。


 そこには、抱き合ったままの二人が居た。


 何が起こったのか把握できていない妹が、我に返り、姉の身体を押し返そうとして───その身体に、ひとかけらの魔力も残っていないことに気付いた。


 そして、姉の身体が崩れ落ちる。咄嗟に抱きかかえたソレの状態を、妹の頭が理解して。



「……え?」

 


 そこにはもう、姉だった抜け殻しかなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] そっちが所長だったか……
[一言] うわああああああ!!!!!! 更新お疲れ様です!!!!!!
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