真実
難産でした……構成がどうしてもうまくいかなくて、一部読みづらいかもしれませんお許しを……
追記:設定の微調整に伴って、少しだけ所長のセリフを修正しました。
アンセスター。始祖の吸血鬼。青崎所長は、何の躊躇いも無く僕のことをそう呼んだ。そのことを知っているのは、僕と、刀香だけの筈なのに。
「アンセスター、って……いつから、知って」
「最初からさ。何せ、この騒動は私が仕組んだことだからな。君が目覚めた時から、全て」
「……は?」
「そうそう、お前が随分と減らしてくれたが、この吸血鬼の群れも私が誘い込んだんだ。あいつらにも多少話の分かる奴が居てな、快く協力してくれたよ」
目覚めた時から全て?僕は、青崎所長が口に出す言葉全てがまるで幻のようにしか感じなかった。
いつもと変わらない軽薄な笑みを浮かべながら、自慢話を友人に披露するかのように話すその姿に、背筋がぞわりとする。目の前の人間の皮一枚下に潜む、悍ましい何かを感じて。
まるで時が止まったかのような長い一瞬を経て、追加の言葉が投げかけられる。
「まあなんだ、つまり、お前の正体も実は最初からずっと知っていたんだ。騙して悪かったな」
「な、なにいってるのか、ぜんぜんわかんない!所長は、異分子殲滅隊の、トップで」
「それは過程のために必要だった肩書に過ぎない。それにお前だって、吸血鬼の始祖を身に宿しておきながら、吸血鬼の味方というわけではないだろう?」
自分の信じていた物の土台が、足元から崩れていく。それでも一握りの希望を掴もうと、震える声で言い返す。
「きゅ、吸血鬼だ!吸血鬼は人に化けるから、それで……!」
しかしそんな藁にもすがる思いで言った推測は、呆れたような溜息一つで覆されてしまう。
「はぁ、刀香と同じことを言われてしまったな。私が、あんな羽虫に後れを取る筈がないだろう。私は人間だよ」
そう言って腰の鞘から少しだけ刀を抜き、親指の腹を傷付けて見せる。そこには確かに、幾ら待っても再生しない傷が残っていた。
だけど、そんな証拠を前にしても、僕は目の前の人間が怪物のようにしか思えない。それほどまでに、青崎という人間は、『異質』としか言いようのない空気を纏っていた。
言葉に出来ない恐怖に咄嗟に逃げ出そうとして、僕を抑えつける術式が軋むような音を立てる。
「おっと、何処に行くつもりだ?」
「鈴が……鈴が危ないんだ……助けに行かないと……」
「ああ、なんだ。そんなことか」
そう言うと青崎所長はパチンと指を鳴らした。するとそこを中心にするようにして、魔力の波動がソナーのように広がっていく。
それが街中に伝播していき……先ほどまでの喧騒が嘘かのように、全てが静まった。あちこちで建造物を破壊していた人狼達が、突然に立ち尽くしたから。
「吸血鬼連中に一度手を止めさせるための合図だ。もう、邪魔をするものも殆ど消えたしな。外周調査に当たっている連中が戻ってくるのにも、まだ余裕はあるだろう。少なくとも、ここにお前がいる間は、お前の言う人物は安全だ。まだ何かあるか?」
その光景を見て僕は、鈴の命は青崎所長の手のひらの上にあるのだと、はっきり理解した。
「……な、ない」
「ならいい。これで、ようやく落ち着いて話が出来るな」
「さて……とは言っても、何から話せばいいのか……そうだな、取り敢えず、昔話から始めよう。今からずっと前、百年以上過去の話だ」
一体何を言うつもりかと身構えていたところに突拍子の無い話が舞い降りてきて、自分の耳を疑う。百年以上前の記録が『滅亡の年』を境に全て失われているのは、全人類共通の常識だ。なのに、まるで講義をする教授のような口調で、青崎所長は淡々と話し出した。
「───今では当たり前のようにある魔力だが……かつて、人類はその力を持っていなかったんだ。だが、今では始祖と呼ばれる世界で初めて魔力を宿した存在が誕生して、世界は一気に変わった。魔力によって文明は急速に発達して、人類は黄金時代とも呼べる栄光を手にした。だがそれも、長くはなかった」
「簡単な話だ。文明が成長する速度に対して、自分達が住んでいた惑星はあまりにも狭すぎたんだ。住処は不足し、今にも終わりのない戦争が始まろうとしていた」
「だがそこで、人類の魔力の始祖達がとある発明をしたんだ。異世界に繋がる『門』を開くという、奇跡のような代物をな」
「当然、その異世界にも住民は居て、そいつらと共存できる余裕はもう人類には残っていなかった。だから人類は選択を迫られたのさ。同族で争い合うか、異世界の住民と争い合うか……答えは、いとも簡単に出ただろうな」
「侵略戦争の始まりだ。といっても、過剰なまでの文明発達を遂げた人類にとって、その異世界に住んでいた住民たちはあまりにも原始的過ぎた。あっという間に殲滅されていく原住民達があと少しで絶滅するという時に……原住民らにとっての、魔力の始祖が誕生したんだ」
「もうその世界に原住民は始祖しか存在しなくなっても、始祖は、大量の化け物を生み出して人類の侵攻に単独で対抗した。その化け物は人類の伝承上の怪物によく似ていたことから……吸血鬼と呼ばれるようになった」
「幾ら倒しても何処からか無制限に湧いてくる吸血鬼に、人類はかなり追い詰められていてな。持ち込んだお手製の兵器共や資源がドンドン枯渇していく中、相手には一切その兆しが見えない。空を覆いつくすほどの軍勢で襲い掛かる脅威に対して、人類はただ前線を下げ続けることしか出来なかった」
「対抗策も練っていたんだが……吸血鬼の進行速度の速さに、もう何もかも間に合わない。けれどその頃には、人類には元の世界に撤退するという選択肢も出来ていたんだ。何せ、随分と戦争で死人が出ていたからな。増えすぎた人類の口減らしには、十分なほどに」
「ただ人類が恐れたのは、吸血鬼の始祖による異世界からの逆侵攻だ。だから人類は何時でもこの世界に帰ってこられる楔と、そこを守る精鋭だけを差し置いて、異世界から撤退したんだ……去り際に、一切の過去を焼却して」
「ようやく本題に入れるな。残された人類はもはや、死兵の殿同然だったはずが……人類が撤退を決断する直前に、あれだけ激しかった吸血鬼の侵攻は、ぱたんと途絶えていたんだ。散発的な襲撃はあれど、精々が一、二匹の迷い込んだかのような吸血鬼ばかり」
「結局人類は、そのまま百年もの間不可解な安寧に浸ることになったんだが……その理由を私が知ったのは、つい最近のことだ。きっかけは、紫原家の当主に対して、とある吸血鬼が密かに接触していると知ったことから始まる」
「獅現の奴は上手くやっていたようでな、勘づいたのは私だけだった。あいつがそんなことをしていた目的はくだらないものだったが……揺さぶってやると出てきた情報は、非常に興味深いものばかりだった」
「どうにもな、その吸血鬼を生み出している始祖は……百年は前に、死んでしまっていたらしい。統率を無くし、始祖なしではまともに考える頭のない吸血鬼共は、散り散りになり好き勝手していたらしい」
「だが多少頭の回る個体もいたようでな、獅現に接触してきた吸血鬼は、不老不死と引き換えに、人類の技術で吸血鬼の始祖を蘇生出来ないかと交渉してきたらしい。そして奴は受け入れた。それがどういう脅威をこの世に蘇らせることになるのかも知らずにな」
「勿論すぐにでも止めることは出来たが……その話は、私にとっても都合の良いことがあったんだ」
僕は一連の話を、呆然としたまま聞いていた。
まるで創作の中のような、現実味の無い言葉の数々。けれど冗談や出鱈目を並べるような状況でもなくて……そうでもなければ、到底信じられなかったと思う。
「都合が良いって、なにが、そんな……」
ただやっぱり、幾ら聞いても青崎所長がこんな凶行に走った理由だけが分からない。思わず漏れた言葉を、青崎所長はふっと鼻で笑った。
「吸血鬼の始祖と私の目的は、共通しているということだよ。つまり───人類への復讐さ」




