血の身体
戦闘描写、少しだけ向いてないかも
口火を切った瞬間に、刀香が既に展開していた大量の符が見覚えのある軌道で僕に飛来する。あるものは正面から、あるものは視野の外から。
視野の狭さを不便だと感じると、ぐりんと視界が歪んて一気に視界が広がり、全ての符を眼で捉えることが出来るようになる。それに少し動揺しつつも、身体は最適解に走った。
血で出来た複碗が、僕から血の供給を受けて肥大化する。そしてその巨大な手で辺り一帯の瓦礫を纏めて掴み上げると、散弾のように符へ目掛けて投げつけた。
魔力で保護されている物体はただの物理攻撃じゃ傷付かないけれど、弾き飛ばすことは出来たようで、符の隊列は散り散りになって意味を無くす。
けれど代償に、振りかぶられた巨碗と瓦礫によって僕の視界は奪われてしまう。その死角を縫うようにして、巨碗の陰から刀香が地面スレスレに刀を振りかぶり飛び掛かってくる。
そのままだと下から上に身体を袈裟切りにされる攻撃。それを僕は───足から追加の複碗を生やして防ぐ。
「なっ!?」
突然生えた複碗に刀身を掴まれた刀香が驚きの声を上げる。僕がそのまま刀を引いて体勢を崩そうとすると、刀香は呆気なく柄を手放して、予備の刀で居合切りした。
「うわっ!?」
今度驚きの声を上げる羽目になったのば僕の方だった。かなりの強度を持っていた筈の僕の複碗はあっさりと断ち切られて、そのまま刀を取り返される。
そう言えば予備を持ってるんだったと反省する間もなく、瞬間的に二刀流になった刀香の斬撃が雨霰のように降り注ぐ。それを何とか吸血鬼の超反射神経と複碗の強引な体勢制御でひたすら避ける。
すると痺れを切らしたかのように、突然刀香が刀を一本投げ槍のように投擲した。意表を突かれはしたがそれも反射神経のままに回避する───と同時に、自分が回避した方向へいつの間にか大量の符が浮かんでいた。
あっと声を上げる暇も無く、符の効果が発動して半身と片方の巨大な複碗が焼かれる。完全に反射神経を利用された攻撃に舌打ちをして、刀の投擲で体勢を崩した刀香に焼かれていない方の複碗を振るった。
当てたという自信があったのだけれど、刀香の身体は不自然に浮かび上がって複碗の上を掻い潜る。破邪符の衝撃で、自身の身体を上空に弾き飛ばしたのだ。
そこから更に空を蹴るように追加の衝撃で加速して、一本の矢のように刀を突き出し飛びかかってくる。僕は咄嗟に血の複碗を胸から生成して盾にするが、容易く貫かれた。
心臓を一直線に貫かれる。けれど、もう痛みすらなかった。それもそうだろう、だって、僕は───。
「───やはり人の形は、見せかけですか」
心臓を貫かれてなお平然と動こうとした僕から、刀香は一瞬で刀を引き抜き距離を取った。当然刀香は、これが致命打になるとは思っていなかったのだろう。刀を振るって血を振るい落としながら、険しい顔で僕を睨む。
「その身体は、血で象られただけの物。道理で、首を刎ねても平然としているわけです」
「……そうだよ。ここにあるのは、大量の魂の牢獄。血を媒介にして縛り付けられた記憶の坩堝だ」
これは、本当に僕が喋っているのだろうか。もしかしたら、内側の彼女が話しているのだろうか。それとももう、内側も外側も無くなってしまったのか。
「流れる血の一滴まで全てが僕であって、僕じゃない。だから……」
僕は、自分の右腕を切り落とした。右腕はすぐに再生して、地面に落ちた方はたちまちに輪郭を失い、赤い水溜まりになる。そして湖から這い出てくるかのように、そこから四匹の赤い人狼が現れた。
「適当に切り分けて、こうすることもできる。刀香だと僕には───怪物には勝てないよ」
生まれたばかりの人狼が、産声を上げる間もなく刀香に襲い掛かる。それと同時に僕も、刀香に向かって駆け出して距離を詰める。
刀香が正中線にピタリと刀を構えたかと思うと、先頭を駆けた人狼の首を一瞬で切り落とす。続いた三匹も一切体幹をずらさない剣閃で首を落とされた。
続いて僕が背中の複碗二本を大剣に変形させて、挟み込むように振るう。これを跳ぶかしゃがむかで避けると踏んでいたのだけれど……刀香は、冷静に後ろへ跳ねて回避した。
瞬間、刀香に切り捨てられて周囲に転がっていた人狼全てから、刀香が先ほど居た場所を埋め尽くすように血の槍が出現した。そう言えば、設置した血を利用するのも一度見られたことがあったと気付く。
なら物量で圧し潰そうと、僕は右腕を鋭利な刃物に変えて自分の首を切り裂いた。零れ落ちるの機会を待っていたかのように血が溢れ、周囲の地面をどんどん侵食していく。
僕を中心にどんどん膨らんでいく赤い円から、人狼が次々と湧き出てくる。その頭数は四匹に収まらず、一呼吸する間にも生まれ落ちてくる。
さながら地獄の具現化のような光景に、乾いた笑いが溢れた。ああ、正に……『怪物』に相応しい立ち振る舞いだと。
「行け」
僕の号令と共に、人狼達が一斉に刀香へ襲い掛かった。そいつらは簡単に切り捨てられはしたが、人狼は幾らでも生まれてくるし、人狼が死んだ場所の近くにはもう刀香は近寄れない。
じきに、この結界の中全てがそうなる。そうすれば刀香はこの結界を解除せざるを得ない。そうすれば、鈴の元に駆けつけることが出来る。
刀香もそれを察したのか、表情が更に険しくなった。多少なら空中に逃れることもできるだろうけれど、あれも消耗品の魔導具を利用している筈だから、絶対的な限界がある。
刀香は生まれてくる量に際限が無いと察すると、人狼を切り捨てるのを止めて結界内を高速で駆け走り始めた。その後ろを、人狼達も負けない速度で追走する。
人狼を減らされないのだったら、このまま増え続けて逃げるのにもどうせ限界が来る。となれば……何か仕掛けてくるのかと、僕は複碗二つを盾のように形成する。
果たして刀香は……やはり此方を視界の端で捉えたかと思うと、腰のホルスターから殆ど残り全てだろう量の破邪符を取り出した。
「来る」と思った瞬間、刀香が破邪符の衝撃で空中に跳ね上がる。そして追加の衝撃でどんどん浮かび上がると、あっという間に僕の真上を位置取った。
そして重力の加速を上乗せして、一直線に落ちてくる。僕の目でも注意深く見ていなかったら反応できないほどの速度を得た刀香に、僕は周囲の血をシェルターのように形成して迎え撃った。
ズドォォォォォン!と、爆撃でもされたのかと勘違いするような音が鳴り、僕を中心にしてアスファルトの床が蜘蛛の巣状に破砕した。そして、ぶつかり合いは───
「う、嘘でしょ!?」
シェルターに複碗まで重ねて作った盾が半壊していた。砕けて開いた風穴から、刀香の射殺さんばかりの視線が覗いている。
けれど、止めれたのならこのまま血を操作して絡めとって───とそこまで考えてから、ふと違和感に気付いた。僕を刀で倒せないのはもう分かっていた筈で、何故こんな攻撃をしてきたのかというと……
「……あ」
自分で逃げ場を無くした僕のシェルター内に、破邪符の束がねじ込まれた。
酷い耳鳴りに世界が歪む。霞んだ視界に、落下している真っ最中のような平衡感覚。けど、それもすぐに───
「……これでも、駄目ですか」
「……どうだろう。もう、痛みもないから、良く分かんないや」
地面に散らばった血漿の沼から置きあがるように、僕が再び形成された。ようやくはっきりとした視界で声の方を見やると、相当反動もあったのか刀香がふらつきながら立ち上がる所だった。
周囲に目を配ると、破邪符の衝撃で大部分の床に張り巡らせた血が吹き飛んでしまっていた。僕は全身の流血に任せて、血の領域を再展開していく。
かなりの量の『僕』がさっきの攻撃で焼け溶け、血の在り方を失ったように思ったのだけれど、結局表面のほんの一部分だけだったのか、痛手にはならなかったらしい。みるみる再生していく自分を見ながら、そう結論付けた。
「もうかなり足止めされちゃったから……もう、終わらせよう」
「舐めないでください。私はまだ、やれますよ」
自分の周りにもう破邪符すら浮かべていない、明らかに強がりの言葉。もう血の展開を待つまでも無いと、距離を詰めようとした時。
「やあ、緋彩」
すぐ耳元で、聞き覚えのある声がした。
「は?」
気付かない筈が無かった。こんなに近づかれるまで。けれど実際に声の主は───青崎所長は、僕のすぐ背後に居た。
「起動」
僕が咄嗟に距離を離そうとした瞬間、雷撃のような速度で手足が切り飛ばされる。そして一瞬動けなくなった僕に覆いかぶさるように、楔のような光が突き刺さる。
身体が地面に叩きつけられて、一瞬で僕は極小の結界に囲まれた。足掻こうと全身を軋ませるが、何故か血の操作も、身体の操作も、一切言うことを聞かない。
「お前専用にオーダーメイドした結界だ。ぶっつけ本番だったが、効いて何よりだな。さて……」
僕の疑問を読んだようにそう言って、青崎所長が磔にされた僕を見下ろしながら笑った。
「答え合わせといこうじゃないか。吸血鬼、緋彩。いや───アンセスター」
うちの子がドンドン人間やめてしまう。助けて




