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邂逅

 時間は巡って、朝。大通りのビル側面に飾られた巨大なディスプレイには、今日の日付や気温などがデカデカと映っていて、僕は狙わずして死んでからの正確な時間経過を知ることが出来た。


 どうやら、意識をベットの上で失ってから僅か数日しか経っていなかったらしい。再び意識が戻ってからの体験が濃すぎるのも相まって、随分と時の流れが遅く感じた。


 都会の喧騒はエンジンの音だけに留まらず、大量の人通りによっても構成される、天下の往来だ。女学生と思われる集団も行き来していて、案外馴染めていそうな自分の姿に安心した。


 立ち止まって、ガラスに写った自分の服装を確認する。ある程度体格を隠せているぶかぶかの長袖シャツと、ベルトで強引にサイズを合わせたズボン。多分、そういうファッションと言えば通るくらいには、無理のない格好だと思う。


 僕は生前もそうだったのだけれど、外見が学生相応しかない。だから平日に迂闊に外を歩き回ると、ワンチャン補導されかねなかったのだが……今日は土曜日だ。やっとの気持ちで手に入れた服もあり、何とか大手を振って人目の付く場所を歩くことが出来るようになった。


 だけどそんな健康な太陽光の下で、僕は陰鬱としていた。吸血鬼だから日光に弱い……というわけではない。むしろ場合によってはもっと深刻で、下手すれば死活問題のやつだ。






「…………銀行口座、閉じられてた…………」






 僕が手に握りしめているのは、先ほどまで生命線と思っていた魔法のカード。そしてついさっき、紙切れと判明した絶望の象徴だった。


 ただでさえ、身元不明の未成年。はたから見たら家出少女にしか見えず、あらゆるサービス系が利用しずらい状況下だ。そこにきてほぼほぼ無一文……役満と言わざるを得ない。



「身分証なしで……保証人もなし……で、やれる、住み込みのバイト」



 うん、無理。


 人目もはばからず頭を抱え込んで倒れそうなのを必死で我慢しつつ、怪物になってなお痛む胃を抑えながら、今後の計画を脳内会議する。


 吸血鬼の能力でどうにか……駄目だ。浮かんでくる能力の中で使えそうなものを幾つかピックアップするが、どれもコスパが悪すぎる。これほど大量の(たましい)を定期的に確保しようとしたら、僕は本当にただの怪物だ。


 働き口くらいならやりようによっては確保できそうだが……想像もしたくないようなおぞましい仕事くらいしか案は出てこない。それに運よくまともなアルバイトを確保できたとして、住処は? ホテルとか、僕みたいな境遇の未成年が一人で泊まれるものなのだろうか?


 もう、森の中に棺桶でも敷いてその中で寝てやろうか。考えれば考えるほど詰んでいる状況に、そんな益体もない現実逃避が浮かんでくる。



 ……そして泣きっ面に蜂というか、ずっと物思いにふけっていた僕は、近づいてきたそれに直前まで気付けなかった。



「ねぇ、君」


「ひぃ!?」



 突然後ろから低い声で話しかけられる。と同時にごつごつとした手に腕を掴まれ、警察だとか色んなものに怯えていた僕は、ついオーバーリアクションをしてしまう。


 反射的に振り返ると、いかにも自分に自信ありげと言わんばかりの……簡単に言うと、陽キャっぽい風貌をした青年が立っていた。


 来ている服はファッション誌の表紙にでもあるようなもので、決して紺色の制服などではない。それにほっと息をつこうとして、あれ、じゃあなんで話しかけられたのかと新しい疑問が湧いてきた。


 取り敢えず距離を置こうとして、後ろに下がろうとした。でも青年は腕を離そうとせず、むしろそのまま腕を引こうとしてくる。それに少し不快感を抱いて声を上げようとしたが、青年のほうが先に口を開いた。

 


「さっきからずっとここに居るけど、もしかして暇? だったらさ、俺と遊びに行かない?」


「———はい?」



 見ず知らずの人間からの急な誘いに脳がバグって……ふと自分の今の姿を思い出し、もう一回混乱に陥りそうになった。


 ナンパかこれ!?!?! 嘘でしょ!? たたた対処法は!?!? 知るか!!!!



「いや、僕別に暇ってわけじゃないから、あ、遊びには行けないです!」


「え~そうは見えないけどな~。あ、君くらい可愛い子が一緒に来てくれるなら、もう全然奢ってあげるよ?」



 可愛いっていうな! てかお金に困っているのは事実だけど割り勘を危惧してたわけじゃないやい!!!


 初めての経験で言葉が詰まって、断ってもなおグイグイ迫ってくる青年をなかなか振り切れない。まだ言葉を重ねてくるその姿に返事も返せずあたふたしてしまう。



「いいから行こうよ!」


「ちょ、ちょっと……!」


 何も答えようとしない僕に痺れを切らしたのか、青年が強引に腕を引く。力加減を間違えたら青年を怪我させてしまいそうで、足の力を抜いていた僕は、それで前のめりに倒れてしまう。


 

 ぼすん、と倒れこんだ先はしかし、青年の身体ではなかった。



「いや~約束の場所に居ないと思ったら、こんなとこに居たのかぁ」



 そう言ったのは女性の声で、倒れこんだ先も、その女性の腕の中だった。僕と青年の間に割り込むように入ってきたその人は、これまた全く知らない人だ。


 最初、その人が放った言葉は青年に向けてかと思ったのだけれど、青年もその人のことを困惑した顔で見ていた。そして女性は僕にだけ見えるようにウィンクしてきて、あっと僕は女性の意図を察する。



「ご、ごめん。声かけられちゃってて……」


「前からナンパには気を付けてって言ってるでしょう? ……そういうわけで、この子私の連れだから、暇じゃないの。じゃあね」


「あ、あぁ」



 女性の鋭い目にひるんだのか、青年はあっさりと引き下がる。去っていく青年の背中が見えなくなったところで、あらためて女性が声をかけてきた。



「ふぅ、大丈夫だった?」


「はい……ありがとうございます」


メインヒロイン

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