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一度死んでしまった『僕』が、吸血『姫』として生まれ変わった話  作者: 瞑々もんすたー
一度死んでしまった僕が、吸血姫として生まれ変わるまで
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誕生

 空一面を覆う蝙蝠の群れ。それが意味するのはひとつしかない。


 起きてしまったのだ。北壁を滅ぼした時のような、吸血鬼による大攻勢が。


 僕は信じられない光景に暫く呆然としていたけれど、巨大な狼の起こす破壊音でハッと我に返ると、一目散に走りだした。ここまで来た道を、辿るように。


 

「ぎゃああああああああああああああ!」


「あ、た、助け……」


「いやだ、しに、しにたくない!!」



 そこら中から悲鳴が聞こえる。ほんの少し前まではあれだけ平和だった光景が、どんどん地獄のような光景に塗り替えられていく。


 異分子殲滅隊が応戦する姿もところどころで見られたけれど、あまりにも人手が足りていない。街は蹂躙されて、隊員達も吸血鬼に囲まれてどんどん死んでいく。


 けれど、そんな光景はもう僕の目には入っていなくて……頭の中を埋めているのは、たった一人の安否だけだった。



















 一度死んでしまう前にも、死んでしまった後にも、僕には鈴しか居なかった。


 僕の世界の中心にいてくれたのが鈴で、僕の世界を無限に広げてくれたのも鈴だった。こんなになって路頭に迷っていた時に拾い上げてくれたのも鈴だし、そこから心の支えになってくれていたのもずっと鈴だ。


 鈴のことが好きだ。異性としてとかだけじゃなくて、彼女の存在そのものが大好きだ。


 ずっと鈴がそばに居てくれたら、なんでも上手くいくと思えた。あの人が励ましてくれるだけで、なんでもできるような気がした。


 僕はもう桐生×××としては居られない。記憶も何もかもごちゃまぜで、もしかしたらあの頃とは人格すらも違うかもしれない。身体は吸血鬼だし、衝動とかだってずっとそっちに引っ張られてしまっている。


 それでも、僕があのビルの屋上で生まれたタダの吸血鬼の『緋彩』だったとしても、やっぱり僕は鈴が好きだ。僕の記憶や見えている景色が全部嘘だったとしても、それだけは間違いない。


 たとえこの先ずっと傍には居られないのだとしても、僕にはもう鈴しか居ない。僕が今ここに存在する理由すらも、それだけだった。

















 あらゆる場所から、巨大な人狼が闊歩する音が聞こえる。


 鈴とは、どんな顔をしてまた会えば良いのか分からなかった。もう会うことは出来ないと伝えて、鈴から離れられる自信が無かった。化け物と罵られて、拒絶されるかもしれないという可能性が怖くて仕方なかった。


 それでも、僕は元のアパートまで帰ってきていた。鈴さえ生きてくれていれば、また希望を得られるという確信があったから。鈴が死んでしまうことが、何よりも怖かったから。


 震える手を必死に抑えて、ドアノブに触れる。そして一気にドアを引き開けると、気持ちを奮い立たせるように大きな声で言った。



「鈴、大丈夫!?僕、助けに……」



 がらんと空いた部屋が目に入り、言葉が止まる。そして僕の声に反応して物音が起こるなんてこともなくて、鈴はここには居ないと、すぐに気付いた。


 避難場所に向かったのか、それとも僕を探していたのか、あるいは……僕を通報しようとしていたのか。こんな時に外出してしまった理由は、考えると悪い方に向かってしまいそうですぐにやめる。


 考えなしに取り敢えずここに来れば鈴と合流できるとすっ飛んできたから、心の中で焦りがどんどん膨らんでいく。はっとしてスマホをポケットから取り出すと、それはいつの間にか壊れてしまっていた。



「うそ……」



 外の様子を思い出して、僕はへなへなとその場に尻餅をついてしまう。あんな調子だと、異分子殲滅隊も鈴のことを守れないだろう。ただでさえここに来るまでに時間を使ってしまったのだ。ここから、鈴が生きているうちに助けに行ける自信が無かった。


 諦めてもどうにもならないだろうと、心の片隅から叫ぶような声が聞こえる。けれど、それに従って立ち上がれるほど、僕はもう気力が残っていなかった。


 項垂れて、少しの間呆然とするしかない。そんなとき、鼻腔をくすぐったものにふと意識を誘われた。反射的に視界を上げる。


 鈴の匂い。残り香でしかないけれど、ここは鈴が住んでいた場所なのだから、当然に鈴の匂いが濃く残っていた。糸で繰られるように、部屋の中へ踏み込む。


 リビングに立った。周囲を見渡すと、色んなものが見える。


 大きめのソファー。あそこで、鈴に髪を梳いて貰った。机。鈴の晩酌が置かれていたのをつまみ食いしたのが、懐かしく感じる。軽食が置かれた棚。初めて来たときは栄養食やエナジードリンクが置かれていたけれど、今はもう殆ど無い。


 思い出すたびに、胸がずきんと痛む。そのままふらふらと部屋の奥に進んでいって、鈴の部屋に入った。そして、一番最初に目に入ったのは……姿見だった。


 僕の姿が映る。咄嗟に目を逸らそうとして───キラリと、輝くものが視界に映った。



「……これって」



 恐る恐る鏡に目を戻して、自分の姿を見る。血に塗れて酷い有様だったけれど……頭で揺れている髪飾りだけは、まだ綺麗なままだった。


 手を伸ばして、それに触れる。今日の朝、鈴に付けてもらった『勇気の出るおまじない』が、確かにそこにあった。


 じんわりと、心が温まる。あれだけ疲弊していた心が、驚くくらい元気を取り戻していく。まるで本当に魔法が、この髪飾りにかかっていたみたいに。


 大丈夫。まだ、頑張れる。たとえこの先に絶望しかないとしても、最後まで走り抜けれるだけの勇気が、貰えたから。


 力の入らない足に活を入れて、真っ直ぐに立ち上がる。そして飛び出そうと窓の外を見て───すぐ目の前に、巨大な目があった。






 破壊音。




















「げほっげほっ!」



 砂煙がそこら中に充満していて、思いっきり吸い込んでしまったそれを肺から追い出す。それから、何が起きたのかと周囲を見渡した。


 覚えているのは、赤くて巨大な目が窓の外にあったこと。それから衝撃と共に吹き飛ばされたこと。砂塵が晴れてきて周囲が見えるようになり……



「あ……」



 吹き飛ばされて、僕は外に居た。いや、その表現は正しくないのかもしれない。だって、もう……室内なんて、ないんだから。


 年季の入ったコンクリートで出来たあのマンションは、巨大な人狼の一薙ぎで殆ど崩れ落ちてしまっていた。当然、僕が居た部屋も。


 他の部屋に引き籠っていた人たちもいたみたいで、大量の瓦礫に混ざって赤い染みがそこら中に張り付いている。むせかえるような匂いがして、口を抑えた。


 立ち上がろうとして、自分の身体の上にあるモノを押し退けようとして、それを視界に収めた瞬間、すっと頭が冷えていくような感覚がした。


 いつも鈴と一緒に寝ていたベット。それが、ガラクタみたいに壊れていた。呆然とあたりの残骸を見ると同じように、壊れてしまったあの家具達が散乱している。



「おーおー、派手にやってんじゃねぇか」


「今日は好きなだけ壊せってさ」



 不意に横から、そんな話し声が聞こえてきた。首を傾けて、そちらを見る。


 赤い衣装に身を包んだ男女二人組が、侮蔑的な表情を浮かべて悠々と歩いていた。後ろには、付き従うように何匹も人狼が待機している。


 やがて、こちらに気付いた二人組がピタリと足を止めた。そして訝し気に眉を顰めると、ずるりと血液を引き出して紅の武器を作り出す。



「魔力持ちか?そうは見えないが」



 男の方が近づいてくる。無遠慮に、僕の思い出を踏みにじりながら。



「いや、まて、そいつ何かおか───」



 そこが、我慢の限界。











 頭の中で、何かが壊れる音がした。














「死ね」





























































 生まれて初めて、本気でなにかに殺意を向けた。


 激烈な感情は、けれど氷のように冷たく、するりと僕の心を満たして。


 残ったのは、僕によく似た何かと、内側から自分の血液に串刺しにされた、吸血鬼の磔。


 

「あ、はは、あはははは……」



 乾いた笑いが溢れると、死んだばかりの吸血鬼から血液が流れ始めた。


 地を這って、赤く蛇行し、僕の足元に集まってくる。靴を這い上がり、肌に触れて───渇きが収まる。


 魔力を持った二人分の血が、一気に力に変わって行く。脳が痺れるような全能感がして、転生してからずっと全身に枷でもつけていたのかというほど、感覚が尖っていく。



「初めから、こうすれば良かったんだ……」



 視界が滑らかに広がって行って、自分でも訳が分からないくらい嗅覚が尖る。そしてそれは、ついさっき此処を離れて行った鈴の匂いの跡すら、はっきりと写した。


 ギシギシと、背中から軋むような音がした。そして背中を突き破るようにして、腕の様にも、翼の様にも見える歪な器官が一対生えてくる。


 僕はそれを大きく撓ませて、思いっきり振るった。身体が宙に浮きあがり、一直線に突き進んでいく。


 匂いの跡の、その先に。

狂気は少しづつ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] あぁ……とうとう壊れちゃった [気になる点] 自分の意思で吸血鬼の力を使うの、地味に初めて……?
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