地下
投稿する前に修正とかが出来るように書き溜めしようと思ったんですけど我慢できませんでした……いっぱい読んでください……
「……来たか」
「ええ。目立っていますし、移動するなら早く行きましょう」
「言われずともだ」
黒いバンから降りてきたのは数人の護衛と思わしき黒服と、獅現さんに、白銀さん。僕達が移動に使用したのが異分子殲滅隊の装甲車ということもあり、駐車場には物々しい雰囲気が出来上がっていた。
獅現さんが歩き出し、その半歩後ろを白銀さんが追従する。並々ならぬ雰囲気の一行に、一般の人たちが自然と道を開けていき、エントランスまで一直線の道が出来た。
「それで、わざわざ場所を移した理由をお聞きしても?」
顔を向けずに、刀香が獅現さんに言葉を投げかける。警戒の色が滲んだそれに、しかし獅現さんはばっさりと返した。
「もう少ししたら分かる」
「…………」
刀香が非難の目を向けるも軽く受け流して、そのまま病院の中に足を踏み入れる。受付も顔パスして、以前ここに訪れた時にも乗ったエレベーターに迷いなく向かった。
そして乗り込む直前に、「お前たちはここまででいい」と護衛らしき黒服さん達に言う。彼らは恭しく礼をして承認の意を示すと、通路の脇に一歩身を引いた。残ったのは僕と刀香と、獅現さんに白銀さんの四人。
エレベーターの中に乗り込み、扉が閉まる。周囲に聞き耳が無くなったその箱の中で、ようやく獅現さんがゆっくりと口を開いた。
「……そうだな、まず、お前は魔力障害のことを何処まで知ってる?」
「魔力を持った者の中に稀に現れる、特異体質と。過剰な魔力に身体が蝕まれる一方、魔術の才にも成り得ると」
僕の死因についての話題だろうというのはすぐに分かった。突然の質問に、刀香は淀みなく答える。以前僕も刀香から聞いた通りの内容だ。頷いた獅現さんはしかし即座に、「だが」と言葉を繋げた。
「それは一般に公開されている程度の、表面的な話だ。あれの本質は、もっと別のところにある」
獅現さんのギラついた目が、僕達に向く。一変した空気が、これから知らされることの重みを示していた。
「大前提として、魔力は血中の魔素から生み出される。そして、自分以外の魔素を操ることは不可能だ。当然お前も、身をもって知っているだろう」
「ええ。魔導具一つ取っても、オーダーメイドしなければなりませんから」
「しかしな……その例外は、ずっと我々の近くにある」
例外については、僕も刀香もすぐに見当が付く。というか、この都市に住まう全ての人が、すぐに分かるモノだ。獅現さんが、僅かに上を見上げる。この密室内では見えることのない、空を見上げるように。
「都市結界。あれには術者もなく、供給されている筈の魔力源も分からない。全ての記録が消し去られた百年前から存在する、技術のブラックボックスだ」
「それも知っています……が、それが、魔力障害と何の関係があるのですか」
「魔力の出処だ」
獅現さんが、腰の後ろで組んでいた手の片方を、自分の胸の前まで持ち上げる。するとそこに、ほんの少しの魔力が浮かび上がった。
「私は研究するにつれ、都市結界はそれを維持するための魔力を、結界内の人間全てから僅かづつ徴収しているのではないかという仮説を立てた。我々が知らない魔力の生成方法があるというのならお手上げだったが……この仮説は、どうやら遠からぬモノだったらしい」
「……まさか、魔力は他人でも転用出来ると、その証拠を見つけたというのですか?」
「その通りだ。しかし、肝心な転用する為の仕組み。これが少しも解明できん」
常識を覆すとんでもない話に僕が唾をのむ中、獅現さんが学校で指南をする先生の様に指を立てて語る。
「以前から似たような研究をしていた者達を集めて幾ら研究をしても、僅かな取っ掛かりすら出てこない。何年もそんな日々を過ごし、諦めかけた時───きっかけは、偶然舞い降りた」
「その、きっかけとは?」
「魔力障害と都市結界の関係とは、その魔力の出処だと言ったな……」
「───まさか」
瞠目する刀香。点と点が繋がったような感覚に、僕も声を漏らす寸前だった。
「魔力障害だった私の息子、桐生×××が……周囲の人から僅かづつ魔力を集めているのに、私は気付いたのだ」
刀香の視線が僕に向きかけて、止まる。咄嗟に出た自分の不自然な動きを止めたのだと思う。かくいう僕も、自分が挙動不審になっていないか心配だった。
「恐らくそれは、無意識だったのだろう。呼吸をするのと同じように、あの子は魔力の転用を成し遂げていた。今まで魔力障害とは、魔素が過剰に魔力を生成していると考えられていたが、それは間違いだったのだ」
「魔力を、無意識に集めてしまうため……」
「ああ。そもそも、過剰に生成してしまうということ自体おかしいことではあった。人は、自分が持つ魔素よりも多くの魔力を蓄えることは出来ない筈だからな。過剰に生成したところで、空気に散り消えるだけだ。蓄えすぎて、身体に害を及ぼすなど有り得ない」
「ではなぜ、魔力障害で身体が魔力に蝕まれると?」
「魔力を転用できるというのは、他者の魔力を自分の魔力に出来るという意味ではない。ただ、他人の魔力を自分の魔力の様に扱えるというだけだ。しかし人の身体は、自分が生成出来る以上の魔力を扱えるほど、頑丈には作られていない……蓄えるだけでも身体は蝕まれ、魔術を行使なんぞしたら、一気に負担がかかる」
「…………」
ああ、だからなのかと。僕が貴族でありながら魔術を習わなかったのは、この人がその事実を知っていたからなのだ。ただでさえ重い魔力障害だった僕がそんなことをすればあっという間に死んでしまうと、それを知ったから。
「私は息子に魔術学を教えないようにし、何かの拍子に魔術を使ったりしないよう、魔術が使えない身体だと教え込んだ」
「それで、桐生×××を使って研究を?」
「人聞きの悪い言い方をするな。あいつに入院が必要だったのは本当だし、検査や検血が必要だったのも本当だ。私はそれらのデータを、研究の参考にしただけだ」
「……ここまでは分かりました。けれど、それはカルテを偽装し、当時の看護師を異動させ、証拠を潰す理由にはならないでしょう」
「そう、私の疑問もそこにある。何故、お前が偽装に気付く?何故、お前がこの件を調査する?青崎からこれを聞いているにしても、聞いていないにしてもだ」
ぎろりと、一段険しくなった獅現さんの視線が不意に、ほんの一瞬だけ僕の方へ向いた気がして、肩を震わせる。けれど意識は刀香に向いたままで、気のせいかと心の中で呟いた。そんなビクビクの僕とは対称的に、刀香は飄々とした態度で答える。
「答える義理はありませんね」
「そう言うだろうな。だがそれなら、私もこれ以上言えることは無い」
「そういうわけにはいきません。これは、尋問権を執行した問答の場です」
「ああ、そうだな。だから折衷案としてここに案内することにした……白銀」
「ええ、分かりました」
今まで黙って話を聞いていた白銀さんが、エレベーターの操作盤に触れる。そして最上階の階層を押すかと思いきや、でたらめに様々な階層のボタンを押し始めた。
「え?え?」という心の声を押し殺し、その姿と刀香とを交互に見る。明らかな奇行だが、刀香は何か思い当たるモノでもあるのか、真剣な顔で黙っている。
そして白銀さんの手が止まる。すると、ガコンッという異音が鳴るのと同時に、エレベーターが下へと下り始めた。あれ、けど、確か……
「ここは、一階が最下層だった筈ですが?」
丁度今思い当たったことを、刀香が冷たい声で指摘する。そこで僕はようやく、今の操作が暗号のようなものなのだと理解した。
「病院は、そうだな。ここから下は私の研究施設だ。魔力の転用に関する研究の記録も、全てここにある。尤も、色々あって今は誰も出入りしないがな」
「それで、どうしろと?」
「証拠だよ。先ほどまでの会話が偽りでないことの証明と……この研究に、青崎が一枚嚙んでいることの、な」
それを聞き、刀香の顔に苦渋の色が浮かぶ。
「……これ以上の詮索は、所長の意に反することになると。そう言いたいのですか?」
「ああ。それが証明されればお前も、これ以上は踏み込めないだろう?私としてもあまり研究内容を部外者には知られたくないが……」
だから折衷案、ということらしい。お互いに踏み込める範囲の限界点。
そしてまたガタンという音と共に、エレベーターが止まる。そしてゆっくり開いた扉の先は、まるで異界にでも辿り着いてしまったのかというほど、白一色の空間。
入口付近だけでも膨大な機械類が見え、けれどそれら全ては現在稼働していないようだった。獅現さんの話していた通り人の気配は全くなく、一種の不気味さすら覚える光景。
先んじて、白銀さんと獅現さんがエレベーターから降りる。そしてこちらに振り返ると言った。
「ようこそ、私の研究所へ」
気温の変化が激しい……皆様ご自愛ください……




