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原点

……え、えと……と、冬眠なう……

「まあ、座れ。そこのガスマスクもな」



 紫原獅現は、自分の座っている場所の対面、二つの椅子に目を向けながらそう言った。白銀さんが立ったままなので僕もそれでいようと思っていたのに、座るように促され、少し迷う。


 けれど特に言い返すような勇気もないわけで、刀香からも特にそこら辺の指示はされていなかったのもあり大人しく座ることにする。すると白銀さんは獅現さんの斜め後ろに移動して、ぴたりと動かなくなった。



「さて、まず先に聞いておきたいことがあるのだが……今回は、青崎の使者としてきたのか?」


「いえ、今回の訪問に所長は関係ありません」


「ふむ……その割には、随分と『異分子殲滅隊』として動いているようだな。尋問権など使っておいて、つまらん話ではないだろうな?」



 尋問権……確か、異分子殲滅隊が貴族に対して強制出来る権利の一つで、その名の通り尋問が出来るもの。あまりにも異分子殲滅隊の常識を知らな過ぎたので自主勉強した時に覚えたことの一つだ。


 大貴族との面会がやたらスムーズに決まっていたなとは思っていたけれど、それなりにゴリ押しをしていたらしい。そりゃあやられた側は面白くないだろう。怒りの色を肌で感じて背筋がぷるりと震える。



「つまらないかどうかは貴方次第ですね」


「……生意気を言う。こちらも暇ではないのだがね。ところで───」



 そこで視線が僕に移る。座らせてきた以上こちらにも話は飛んでくると思っていたので、そこまでの動揺はない。僅かでも顔色を悟られぬように、フードは少し深く被る。



「アイツが部下を作っただとかで噂には聞いているが、そっちのは挨拶も無しか?」


「……」



 口を開くべきかどうか少し悩んでいると、刀香に服を引かれて、口を噤む。刀香も当然こういうケースは考え付いているだろうから、貴族のやり取りに詳しいそちらに任せるべきだろう。



「彼女はあくまで尋問権の人数合わせです。勘違いさせたかもしれませんが、今回の件とは無関係ですよ」


「世間話程度のことだ、そう言うな。いやなに、アイツの取った部下だというんだ。気になりもするだろう?」


「貴方が知っている以上のことは知っていませんよ。どうせそちらが聞きたいのは、養子になる以前の素性でしょう?それこそ、所長に直接お聞きになられては?」


「……アイツに探りを入れるなんで発想が出せるのは、全貴族の中でもお前だけだ」



 皮肉だったらしいその言葉を区切りに、獅現さんの顔に皺が増える。お互いがお互いに相手の言葉の真意を読み取っている前提の話し合いに、僕は黙っていて正解だったと思った。


 若干の間をおいて、獅現さんがふうっと一息つき少し姿勢を崩した。そして目を瞑り、また開けると、さっきまでの表情がリセットされている。明確にその場の空気が変わり、話は本題に入っていく。



「では、本題に入らせていただきます」


「ああ、とっとと言ってとっとと帰ってくれ」



 すっかり今回の訪問に興味を無くしたらしい獅現さんの前に、刀香はいつも持っているバックの中から書類を取り出す。見覚えのあるそれは確か、昨日の病院に関するものだったか。



「まず確認なのですが、この病院……東京中央病院のこの異動、貴方の命令で間違いありませんね」


「……ほう」



 興味を失っていた瞳が、ギラギラとした光を取り戻した。












 



 ぶわりと溢れたしたそれは、魔力。感情と結びついたそれが、突然目の前の人物から溢れ出した理由は察して余りあるだろう。それを受けた刀香の目つきが鋭くなり、今日一番の緊張が走った。



「成程、つまらん話では無いようだな」


「質問に答えてください」


「焦るな、物事には順序がある」



 獅現さんが左手の指先で、机をコンコンと叩く。向けられている眼は何かを探っているようで、それと同時に何かを思案しているようだった。僕が空気になることを徹していると、思案の時間も終わったのか、再び話が再開される。



「ああ、そういうことか。何を嗅ぎまわっているのかと思えば、お前……青崎から何も聞いていないのだな」



 ……青崎所長?


 なんで、このタイミングでその名前が出てきたのだろう。刀香も同じ疑問を抱いたようで、困惑の隠し切れない声で返す。



「……は、なにを」


「案外信頼されておらんのだな、青崎の猟犬」



 ぶわりと、今度は刀香から魔力が溢れ出る。僕でも簡単に分かるような、刀香の逆鱗。青く発光するそれが、互いの中心点でぶつかり合った。



「くだらない御託を垂れる暇があるなら、早く質問に答えなさい……!」


「お前、これがまだ尋問のつもりか?お前がテーブルに上げたチップに、こちらもチップを差し出したぞ」



 冷たく、けれど確かに怒りの色が滲んだ刀香の声に、余裕を崩すことなく獅現さんが笑みを浮かべた。とんとんと、机を叩く音が鳴る。



「刀香、お前、知りたくはないのか?青崎の腹の内を」


「……確かにあの人は、秘密だらけの方です。貴方が、それを知っていると?」


「ああ、そうとも。てっきりお前にも知らされているものだと思っていたが、どうやら知らないらしいのでな」



 ギリッと、隣から刀香の歯軋りが聞こえてくる。明らかに冷静でない様相に我慢ならず、何とか宥めようと僕は刀香の方へ顔を向けた。けれど僕の身体は、刀香の表情を表面から目に入れた時、停止する。


 口元は確かに、怒りに震えている。けれど目元はそれに反して弱々しく、有り体に言えば、刀香らしくない表情だった。


 けれど、僕が息を呑んでいるうちにその表情は消えていき、まるで嘘だったかのようにいつもの刀香に戻った。身に纏った雰囲気だけは、重々しいまま。



「生憎、貴方と賭博の真似事をするつもりはありません。最初の質問に答えなさい」


「いや、もうお前はテーブルについてしまったのだ。その、最初の質問をしてしまった時点でな」



 机を叩く音が消えて、本当の意味で視線が今、ぶつかり合った。



「参加料だ。最初の質問に答えよう……その通り、だ」


「……成程。では、次の質問ですが」


「まどろっこしい。要するにお前が知りたいのは───私の息子、桐生×××についてだろう?」



 ドクン、と。


 一気に核心へ触れる一言に、僕の心臓が跳ね上がる。



「尋問権行使への言い訳としては、さしずめ、桐生×××が貴族により誅殺された可能性がある、だとかか?だがわざわざ義憤に駆られ、見ず知らずの貴族の疑惑程度の事件に、貴族を毛嫌いしているお前が首を突っ込むはずがない。ならば、本当に知りたいことは別にある」


「何が言いたいのですか?」


「お前は、私が思っている以上に核心に触れているという話だ」



 ギシリと椅子が鳴って、獅現さんが少し前に身体を倒す。



「桐生×××について話してやってもいい。だが、条件が二つある」


「……聞きましょう」


「一つ目は、場所を移すこと。二つ目は……」



 そこで、獅現さんの目が久しぶりに僕を見た。



「そいつも連れてくる。それが条件だ」













 


「……緋彩、良かったのですか?」


「え、何が?」


「わざわざ条件に貴方を指名してきたのですよ?まさか正体がバレたとは思いませんが、なにか、良からぬことを企んでいてもおかしくないですし」


「……そうかもね」



 装甲車が、獅現さんに指定された場所に向かって進んでいく。窓の外を、見覚えのある光景がどんどん流れていった。



「そうかもねじゃありません。自分のことでしょう」


「あぶぶぶぶ、ご、ごめんなさいっ!」



 それをぼうっと見ていると、後ろから頬を押しつぶされながら怒られる。もみくちゃにされつつも何とか抜け出して、乱れた息を整えながら刀香の方へ振り向いた。



「正直に言います。今回の訪問は、失敗と言っても差し支えないです」


「話、聞けるみたいなのに?」


「ええ、ですが、引き出すことはおろか、載せられてしまった形です。あちらの目的が見えていない以上、リスキーと言わざるを得ません……私の失敗です」


「いや、僕が我儘言わなきゃ、青崎所長の力を借りてもっと簡単に済んでた話だから……だから刀香は、その、ありがと」



 そう伝えると、刀香は一瞬きょとんとした顔を見せた。そして僕から視線を外し、困ったように頬を掻く。けれど一息ついた後に、目を背けて言う。



「まあ、その、友達ですから」



 それに、と表情を切り替えて、窓の外を眺めながら付け加えた。



「私も……青崎所長の心中は、気になりますから」













「結局、ここに帰ってくるんだね」


「緋彩、何か言いましたか?」


「ううん、何も」



 刀香にそう返して、装甲車から降りた僕は、眼前の建物を見上げた。僕の記憶に、一番色濃く残る場所。この物語の、原点。



「東京中央病院。桐生×××の話をするには確かに、一番分かりやすい場所ですね」


「そうだね……行こっか」


「ええ」

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