髪飾り
夢を見た。
大切なものをすべて失ってしまう夢。
気が付くと、不思議な草原に立っていた。いや、立っているのかどうかも怪しくて、ただ、意識だけがそこにあるような不思議な感覚だった。
視界いっぱいまで広がっていく大草原。物語の挿絵としては見たことがあるけれど、現実では目にしたことも無いような光景。その広大な光景の中にぽつりと、人工物の集合体があった。
まるでタイムスリップしたかのような、木造建築の数々。畑があって、牧場があって、ゆとりのある土地がそこら中に広がっている。結界で区切られている、限られた空間の中ではあり得ない風景。
非現実的な空間に、美しさに、ただただ圧倒される。そして無意識にその集落へ一歩踏み出すと、一陣の突風が吹いた。
草木の葉が舞い、反射的に目を覆う。そして再び目を開けた時には、風景は一変していた。
一面の緑は、あらゆるところが車のタイヤ痕に抉られている。先までの時代背景とは全くそぐわない現代的な装備の軍団が闊歩し、そこら中から魔術の噴煙が上がる。
言いようのない焦燥感に背を押され、僕は集落へと走った。ぐんぐんと光景は進み、すぐに集落の中へと意識は辿り着く。そこにはまるで、地獄のような光景が広がっていた。
どう見ても一般人でしかない人々が、軍隊に追われ逃げまどい、その背を魔術で焼かれる。既に地には数えきれないほどの黒焦げた死体が転がっていて、木造の建築物達はどんどん炎に呑まれていく。
どんどん、人が無抵抗に焼かれていく。そして最後に残ったのは、三人の少女だった。僕はそれに手を伸ばし、実体のない身体はそれをすり抜ける。
道の真ん中で立ち竦み、身を寄せ合う三人に、容赦なく魔術の火が襲い掛かり─────
いつも通り、ベットの上で目覚める。朝にそこそこ強い僕にしては珍しく、少し頭の芯が重い、そんな目覚めだった。
隣で寝ている鈴を起こさないように、するりと掛布団から抜け出して上体を起こす。そしてぼんやりとした視界を晴らすために、指先で目を擦って。
「……あれ?」
そこで、自分が涙を流していることに気付いた。
いつも通り朝食を食べて、いつも通り身だしなみを整えて貰って、いつも通り会社まで行って。
じりじりとした緊張感に焼かれている間に、時間はあっという間に経ち、もう基地にと向かわなければならない時間になっていた。
そんなメンタルの揺れ具合は仕草に出ていたようで、みんなからは不思議そうな目で見られてしまった。フォローしてくれるみんなの気遣いの温かさに感謝しつつ、身支度を済ませる。
そしてよし、向かうぞ!と立ち上がったら、鈴に手招きされた。
「緋彩、おいで」
「どうしたの?」
小走りで近づいて、鈴の隣で止まる。すると鈴はカバンから何かを取り出して、僕の頭に手を伸ばした。そして慣れた手つきでぱっとそれを取り付ける。
「……えっと、なにこれ」
「私の髪飾り。今日、頑張り時なんでしょ?だから勇気の出るおまじないをかけておいたの」
唇に人差し指を当てながら、ウィンクしつつそういう鈴。僕は少し迷った後に、刀香から貰った手鏡を取り出して、自分の顔を見る。感触があった部分に目を向けると、そこには小さな花をあしらった髪飾りがちょんっと乗っていた。
「今日は私も早く帰って、とっておきのプレゼントを用意しておくから。頑張ってね」
「……ありがとう」
鈴の笑顔が眩しくて、むずかゆいような嬉しさを感じつつ、はにかむようにそう言った。再び手鏡を覗いてみると、少し首を傾けるのに合わせて、髪飾りが僅かに揺れていた。
「じゃあ、行ってきます」
「ええ、行ってらっしゃい」
いつも通りにそう言って、いつも通りにそう言われる。後ろ髪を引かれるような感情も勇気にして、僕は会社を出た。
すうっと息を吸って、一気に吐き出す。会議室と書かれたプレートが掲げられているいつもの部屋の前で、僕は気持ちを切り替えた。
「刀香、おはよう」
「ええ、おはようございます」
扉の先ではいつもの席に刀香が座っていた。今日はメモ帳を手に取って何か書き込んでいた途中だったらしく、僕を見るとそれらをするりとポケットの中に滑り込ませた。
そして僕の顔をじっと見たかと思うと、空いた手で手招きをしてくる。僕が疑問符を頭に浮かべながら小走りで近付くと、刀香は自分の隣の椅子を引いた。よいしょとそこに座る。
いまだに意図が掴めない僕が膝に両手を付けて待っていると、滑り込むように刀香の手が伸びてきて、僕の頬に触れる。冷たさに小さく悲鳴を上げながら目を閉じる。
そのままさすさすと親指の腹で撫でられて、恐る恐る目を開けた。
「あ、あの~……」
「似合ってますよ、それ」
そう言われてから、刀香の視線の先に気付く。触れられている場所の少し斜め上、鈴に髪飾りを付けて貰った場所。
急にそんな風に褒められて、凄く嬉しいような、むずかゆいような、複雑な気持ちが湧き出てくる。けれどやっぱり鈴から付けてもらった物を褒められるのは嬉しくて、えへへと声が漏れた。
「鈴が、勇気の出るおまじないだって」
「そうですか……素敵な魔法ですね」
「本当に魔法が使える刀香がそう思うんだったら、きっと凄い魔法なんだろうね」
「……私に魔法は使えませんよ。私が使えるのは、魔術です」
僕ははてと首を傾げる。正式名称としてはともかく、ニュアンスとしては同じ意味だと思うのだけれど、何か違いがあったのだろうか。そんな僕の心の中を読んだ刀香が、顔をずいっと近づけながら、人差し指を口に当てて妖しげな笑みで言った。
「さて、どうでしょうか」
ドキリと心臓が跳ねて、頬を熱くしながらサッと顔を逸らした僕を、刀香が意地悪そうな笑みでふふっと笑った。からかわれたと分かった僕は、むむむっと怒り顔を作って刀香の手をべちべち叩く。
「そうやってぇ!みんなすぐに僕のことをからかうんだから!」
「ほら、制服に着替えないといけないでしょう?行きますよ」
「聞け!」
僕の素人ビンタは簡単に軌道を読まれ、刀香に掴み取られる。そのまま有無を言わせず会議室から引きずり出されて、更衣室まで連行されていった。
書きたいこと多くて長くなってしまう……というか生活習慣崩れたせいで執筆速度が……どうにか出来ぬものか……




