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虚勢

筆が乗って、少し長くなりました。それと諸事情あり名前を変更致しました。活動報告参照です

「といっても私も実働隊で現役だった頃の所長は知らないので、伝聞になってしまうんですけどね」


「やっぱりめっちゃ強かったの?」


「そう聞いていますよ。なんでも魔力での身体強化を得意とされていて、踏み込み一つで数十メートルの距離を詰めて、大太刀の一閃で山のような異分子も真っ二つに切り裂いたとか」


「えと、それは物理的に可能なの……?」


「そう思うでしょうが、所長が昔使っていた愛刀を見せて貰ったらその疑問も消し飛びますよ。如何に身体強化が得意だろうと、あれほどの巨大な獲物を振り回せるのは所長おひとりでしょうね」



 へぇ~っと気の抜けた返事をしながら、僕はその様子を想像してみる。自分の身長よりもデカい刀を振り回して、以前僕も見たような巨大な異分子を真っ二つにする青崎所長。なるほど確かに、所長の雰囲気と合っている



「私も身体強化は得意な術式の一つですが、それも所長直々に教えていただいたからと言うのが大きいです。適正だけで言うと、他の術式の方が向いていましたし」


「じゃあ僕も所長に身体強化を教えて貰ったら、凄く上手くできるかなぁ」


「……それは、冗談で言っているのですか?」


「?」



 全くそんなつもりはなかったのだけれど、僕は変なことを言ったのだろうか。首を傾げると刀香は「まあ、いいです……」と、何処か疲れたような表情で続きを話し出した。



「けれどあまりにも強すぎたために、とある日罠にかけられたのです。都市結界に引っかかって都市外に逃げ出した吸血鬼を所長の部隊は追撃し、そこで多数の吸血鬼に待ち伏せされたんです」


「え、吸血鬼って、一部隊で一体が限度って」


「普通はそうです。だからこそ、個人で吸血鬼を屠れる者は特級隊員として特別視されます。無論所長も特級隊員でしたが、それでも一部隊では複数体の吸血鬼は絶望的な相手でした」


「……うん」


「だから所長は他の隊員に撤退するよう指示して、ご自身は単身で殿を受け持ったんです。殆ど囮の生贄のような状態だったのですが……所長の獅子奮迅の活躍に遂には吸血鬼は所長を仕留めきれず、援軍が到着し、吸血鬼達は逃亡しました」


「……本当に、人間?」


「失礼ですね。所長は間違いなく人間ですよ。触っても柔らかかったですし」


「…………」



 僕は無言で自分の二の腕を摘まんだ。ぷにぷにと柔らかい感触が返ってくる。喉の奥までせりあがってきた言葉があったけれど何とか飲み込んで、続きを聞いた。



「しかし流石に無傷とはいかず、そこで右足を失ってしまったんです。それからは一線を引き、豊富な経験と知識を持って管理職をこなし、ここ、東京の所長にまでなられたのです」


「創作に出てくるような話を地で行ってる人なんだね……」


「そう、本当に凄いお方なんです。私が実際に見て知っている青崎所長はもう所長になられた後ですが、それでも私は所長の凄いところを幾つも見ました。あの方はまさに、生きる伝説なんですよ」


「そうなんだ……」



 本当に嬉しそうに語る刀香。でも自分の上司がそんなに凄くて尊敬している人ならば、それも当たり前なのかもしれない。そこで僕は、ずっと疑問に感じていたことを思い出した。



「けどそんなに凄い人なのに、直属の部下が刀香しか居ないんだよね?どうして?」


「ああ、そのことですか……」



 僕がそう聞いた途端に表情を曇らせて、うーんうーんと何やら悩む刀香。けれどもすぐにふぅっと溜息を付くと、ぽつぽつと話し出す。



「これは所長ご自身が仰っていたことなのですが……『私は人間不信だから、あまり部下を増やしたくないんだ』と」


「人間不信……だから特級隊員の刀香だけ部下にして、少数精鋭みたいな形に?」


「私が所長の部下になったのは入隊したての時でしたから、まだ新米もいいところの実力でしたよ」


「じゃ、じゃあ才能を見抜いて、みたいな……?」


「それも、どうでしょうか……所長なら、そうなのかもしれませんが……良い機会ですし、これも話しておきましょうか」



 刀香がすくりと背筋を伸ばす。僕もつられて、背筋をぴんと立てて椅子に座る。刀香の雰囲気からして、明るい話題ではないのだけは伺えた。



「そういえば昨日、鈴さんと三人でこのことを話しましたね。所長の貴族家、青崎家についての話です」


「あ、うん、覚えてるよ。確か、形だけって」


「ええ、その通りです。では何故、青崎家という大貴族が形だけになってしまったのかですが……『北壁大侵略』、流石の貴方も知ってますよね?」


「うん。五大都市結界のうちの一つの北壁が、吸血鬼の侵略で潰されたっていう大事件だよね。僕が生まれるよりも前の事件だって聞いてるけど」


「しかも史上初めて……と言っても今の人類の史上は百年程度ですが、史上初めて吸血鬼の侵略で都市結界が落とされた事件です。そして青崎家とは、北壁の管理を任されていた貴族家だったんですよ」


「……え、じゃあ、青崎所長って」



 僕が驚きを隠せずにそういうと、刀香は静かに頷いた。



「青崎家の……いえ、当時北壁に住んでいた人々の中で、唯一の生存者なんです」


「…………」



 人類史の教科書にもデカデカと載っている事件の、唯一の生き残り。あまりにもスケールが大きく、そして悲惨な話に、僕は言葉を失う。刀香は部屋の一点をぼんやりと眺めつつ、細い声で言った。



「私の生い立ちについて、話しましたよね」


「……うん」


「所長も吸血鬼によって全てを失った人で……私も、吸血鬼によって全てを失いました。もしかしたら所長は───同じ境遇だった私に自分を重ねて、私を部下にしてくださったのかもしれません」



 そんな言葉で、刀香はこの話を締めくくった。















 一度は重くなった空気も、他の色んな話をしているうちに段々明るい物に戻っていった。そして気付けば時間もかなり経過していて、そろそろ僕の退勤時間に迫ってくる。


 刀香も当然それに気付いていて、ずっとしていたお話に区切りを付けた。そして僕がそれじゃあとさよならの挨拶を切り出そうとしていた時、刀香が言った。



「そういえば、今日の終わりに言いだそうと思っていたのですが……」


「うん、どうしたの?」


「明日の調査についてです」


「どこに行くかってこと?」


「そうなのですが……」



 なんだか歯切れの悪い姿に僕が不思議に思っていると、刀香は一度目を伏せてからもう一度顔を上げて、僕の目を見た。



「本当は貴方にも同行して欲しかったのですが、やはり付いてこなくてもいいです」


「……え、な、なんで?」



 唐突にそんなことを告げられて困惑する。それをそのまま口に出すと、刀香は言いずらそうに理由を口にした。



「明日は、その、紫原の当主に……貴方のお父さんに話を聞きに行こうと思っています。けれど、貴方にとってそれはあまりにも、酷かと思いまして」


「そ、れは……」



 ドクンと心臓が跳ねる。胃がきゅっと締め付けられるような感覚がして、でも、なんで自分がこんな気持ちになるのかは分からなかった。それでも、やっぱり調査に協力しなきゃという気持ちはあって。



「僕が居ないと、不自然なこととかがあっても、分からないでしょ……?」


「それでもです。まあ、会話の内容程度でしたら全て覚えられますし、無理に貴方を連れていくほどでもないんですよ」


「…………」



 どこまでも優しい刀香の言葉に、僕は悩む。確かに僕は、今の状況でお父さんに会いに行くのは、嫌だ。出来れば実父の顔なんでこのまま忘れたままで、思い出さないように耳を塞いで、そうやって生きていく方が楽な気がする。


 自分の過去が怖い。けれど……。



「刀香、僕、着いて行くよ」


「ですが、本当に無理をしなくても───」


「みんな!過去と、ちゃんと向かい合って……生きてる」



 所長も、刀香も、鈴も……辛いんだろうなって過去がある。忘れられたら楽だろうなって、そんな過去を抱えて……それでも、それと向かい合って、そのうえで自分らしく生きてるって、こうなってから知った。


 きっと他のみんなも、怖くて仕方がない過去があって、それでもちゃんと過去と向かい合って生きてる。だから僕も、あの病室から出てきて、これから生きていくなら。



「逃げたくないよ……僕も、ちゃんと、自分と向かい合わなくちゃ」


「…………」



 僕のそんな宣言に、刀香はあっけにとられたような顔をしていた。けれど、すぐにふっと微笑むと、そうですね、と言った。



「そこまで言うなら、連れて行かないわけにはいきませんね」


「うん……僕、頑張るから」


「では、また明日。同じ時間に、この部屋で」


「うん、刀香。また明日」



 精一杯の虚勢で胸を張って、また明日と言った。けれどその虚勢はみんなから貰った勇気で補強されてるから、一人で張った虚勢よりもなんだか、頼もしく感じた。

ようやく、主人公らしいことを言わせてあげられました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] みんな辛い思いをして生きてるんだなぁ。えらいなぁ。 [一言] さあ、パパとの面会だ。
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