魔力障害
ちと難産じゃったな……それとバランスの都合上、章が一つ増えました
場所は戻って会議室。時間が経つにつれて虚ろだった刀香の瞳もだんだんと生気を取り戻してきて、僕もほっと胸を撫でおろす。
刀香はメモ帳をテーブルに置くと、書き込んでいたページを開く。そして今日僕がここに来ていた時に開いていたファイル類らも手早く棚から引き出すと、テーブルに山積みにした。
「さて、何から話しましょうか」
「じゃあその、名刺を渡しちゃって大丈夫なのかとかから……」
「ああ、そうですね……」
また一瞬目が曇ったけれど、ぺちっと自分の頬を叩いて持ち直すと僕と目を合わせる。
「実はあの病院の院長は貴族の方なのですが、所長とも面識があるんですよ」
「え、じゃあ尚更まずいんじゃ……」
「そうなのですが……直接許可を貰うにしても、私も顔を知られているんですよ。だからまあ、名刺を渡して事後報告にしてもらうのは苦肉の策ですね」
「そこまで、僕のカルテになにかあるの?」
「確証までは持てませんが、恐らく。貴方も見ていたでしょう?あれになにか、おかしい所はありませんでしたか?」
「うん、一つだけど」
そう言って僕は、メモ帳に書かれたカルテの主要科目に眼を向ける。その中でも最初に書かれている、病名の場所を指さした。
「これ、魔素過剰症候群、って書いてあったけど……僕が教えてもらってた病名、こんなのじゃなかった筈」
「へぇ……」
ある程度予想出来ていた部分だったのか、あまり驚きをみせない刀香。顎に手を置いて少し考えると、後ろの棚から追加で一つファイルを取り出した。
「私も、貴方の病気の話に関しては少し懐疑的だったんですよ。以前の話だと、魔力障害の一例だと言っていましたね?」
「うん。それで、貴族だけど魔術学を習ってなくて……」
「私も色々と調べてみたのですが……魔力障害が人の身体に害を及ぼすことはあれど、魔術の行使に障害となるなんて話、ありえませんよ」
「……え?」
衝撃の話に僕が絶句している横で、刀香が取り出したファイルのページを捲る。その表題には『魔素』『病原』といった、丁度今話していることのキーワードが見えた。
「医療と魔術を学んでいる者にはそれなりに知られている話です。魔力障害とは身体に悪影響を及ぼす場合が殆どなので障害とは言われますが、魔術の行使という観点から見る分にはむしろ、才能とすら呼べる場合もあります」
「え、じゃあ、家を継げないにしても、魔術学を学ばない理由には」
「なりませんね。ですが、貴方には魔力障害で学べないと説明されていた。何故そんな嘘をついてまで、貴方に魔術学を学ばせたくなかったのか」
それだけではありませんと、積み上げられていたファイルの中から幾つかを取り出して、それを指でとんとんと叩きながら少し低いトーンで言った。
「あの病院で生前の貴方に関わっていた人物、一人残らず解雇されています。それも、全員その後の足取りが掴めないように、徹底的に痕跡を消してまで」
ぞわりと背筋に冷たいものが走る。
今まで自分が吸血鬼になってしまったことを、超常現象的に捉えていた。それがあまりにも実感を持ててしまうほどの、現実的な悪意となって忍び寄ってくる気がして。
「そ、んなこと、出来るの?」
「普通はできませんね。出来るとしたら相当な権力者───それこそ、大貴族の当主ほどの。そしてあの病院の院長は、貴族の中でも紫原の傘下です」
「紫原の当主って……僕の、おとうさん……?」
もう殆ど顔も覚えていない実父。けれどその人がごく直近まで僕の何かに関わっていたということに、どう思えばいいのか分からなくなる。
俯いた僕の隣で、刀香がふぅっと一息ついてテーブルの上にあったもの全てをぱたんと閉じた。そしてポケットを漁ると、取り出したものを僕の前に置く。
「あの……飴?なんで?」
「あげます」
「あ、はい」
突然の謎行動に訝しみながらも、貰ったそれを口に含む。サッパリする酸味が広がって、今更ながら包装紙を見て見るとレモン味と書いてあった。
「色々と思うところはあるのかもしれませんが、取り敢えずは手がかりの欠片も無かった話に取っ掛かりが出来たとでも思っておけば良いんですよ。進展です」
「そ、そんなむちゃくちゃな………ていうか、よく考えると本当に進捗したのかも怪しいような……」
「……ネガティブに捉えても仕方ないですよ」
「それはそうだけど、要するに関係ないかもってことじゃ……」
「さあ?」
口の中の飴をもごもごさせながら言い募る僕をよそに、刀香は澄まし顔でそう言い切ると自分の分の飴を取り出して口に放り込んだ。
暫く無言で飴を舐め続ける。舌の上に残り続ける酸味は気付け薬のようで、思考が混雑して鈍い音を鳴らしていた脳を少しづつ和らげてくれた。
僕が机に頬杖をついてぼうっとしていうちにも、刀香は色んな書類だとかをテーブルに広げて、また何かを考えているようだった。その綺麗で鋭利な横顔を意味もなく眺める。
「……何かできること、ない?」
「特に何も。強いて言うなら大人しく座っていることでしょうか」
「酷い……」
突然の辛辣に傷付いた僕は不満そのままにテーブルに突っ伏す。すると慣性の力で下ろしていたフードがすっ飛んできて、テーブルとぴったり重なり僕の頭に蓋をした。
視界が完全に塞がれたけれどわざわざ退けるのも億劫で、そのまま音だけの世界に入り浸る。暫くページの捲れる音だけが鳴り、ふと、刀香が思い出したかのように言った。
「貴方に伝えられていた病名、結局なんだったのですか?」
「うーん……忘れた。すっごい長くてややこしかったのは覚えてるんだけど」
「結構、大事なことなんですが……随分と、自分に無頓着ですね」
「そうかなぁ。この調査も、ちゃんと自分でいるために~みたいな、そんな感じの理由だよ?」
「自我の消失が怖くない人間が居るはずないでしょう。それは当然の話ですから、無頓着とかそういう次元の話じゃありません」
「ふーん……そういうものなんだ」
自分がぼんやりと話しているのを頭の片隅で感じながら、自然と口に出る言葉だけで答えた。隣から聞こえてきた呆れたような嘆息は、気のせいじゃないと思う。
またページを捲る音だけが響く部屋になる。手持無沙汰になってしまった僕はフードに指を挟んだり抜いたりして遊んでいたのだけれど、すぐに飽きてしまった。
五センチだけフードを持ち上げて、その隙間から刀香の様子を伺う。真剣な顔で資料と睨めっこしていたのだけれど、ちらりと僕の方を向いた瞬間、目が合った。
「あぶっ!!!」
「っ……、大馬鹿」
恐ろしく素早い動きでフードを叩き落とされて、またもや視界が黒に染まる。けれど視界が閉じる瞬間に、少し笑っていたのが見えたような気がする。
「……まったく、そんなに暇ですか?」
「まあ、うん。すっごく」
「仕方ないですね……」
今度はフードを全部上げて、ちゃんと上体を起こしてから向き合う。資料類を畳みながら微笑んだ刀香は、ぽいっと棚に戻してから視線を僕に向けた。
「まあ、もうやらなければいけないことも少ないですし、貴方の勤務終了時間までなにか話でもしますか」
「あ、じゃあ青崎所長の話が聞きたい」
「そういえばそうでしたね。では、その話からしましょうか」
そういうと刀香は懐かしいものを思い出すときの様に目を遠くして、頬杖をついて語りだした。
この二人仲良しやなぁ……




