義足
ぽんこつset
「まあでも、いざという時は私も自分の身を守るくらいはできるさ」
「そもそもそんなことにはならないようにします。このポンコツもちゃんと鍛えたらかなりの戦力になると思いますし」
「あぶっ」
完全に蚊帳の外にいるつもりでパフェを頬張っていると、スプーンを口に入れた瞬間に頭に手を置かれ、変な声が出た。思考が渋滞した結果、取り敢えずごくんと口に含んだ分を飲み込む。
「えと、何……?」
「……このポンコツ」
いつの間にか僕も関係ある話をしていたらしく、完全に聞き逃していた僕は口をもごもごさせながら目を逸らした。青崎所長の方からふっという笑い声が聞こえてくる。
「所長の手を煩わせないように、貴方も戦力になりなさいという話です」
「が、頑張ってみるけど……所長、戦えるの?」
「ん?そりゃまあ、私だっていきなり所長になったわけじゃないからな。実働隊だったこともある」
「えっと、でも……」
パフェを食べ進めながら何ともないように答える所長に、僕はこれを言っても良いものかと悩む。けれどここで言い淀むのも変だし、僕は視線をテーブルに落として言った。
「所長、右足義足だよね……?」
ぴたり、とスプーンを持った所長の手が止まる。
けれど、あ、駄目だったのかもしれないと僕が謝罪を口に出す前に、何事も無かったかのように動きは再始動した。それで僕が様子を図りかねていると、ごく自然に所長が言う。
「なんだ、知っていたのか。刀香に聞いたのか?」
「いえ、私がその話をしたことは無いですが……」
「へぇ……まあ、秘密にしている話でもないが。誰かに聞いたのか?それとも、歩き方で分かったのか?これでも、上手いこと誤魔化しているつもりなんだがな」
机の下で足を組む青崎所長。その右足が持ち上げられて、僅かにぎしりと人体からはなるはずのない音が鳴った。それは本当に小さな音で、持ち上げる動きも義足とは思えないスムーズな動きだった。けれど……
「音と、あと、匂い」
吸血鬼の感覚からすると、注意を向けていなくても、何回もあっていれば自然と気付いてしまうくらいのものだった。「ああ、なるほど」とそれに気付いた所長が楽しそうに笑った。
「それはお手上げだ。いやいや、当たり前のことを聞いたな」
「えと、なんか、ごめんなさい」
「謝るようなことじゃないさ。それに、さっきも言ったが秘密にしているような話じゃない。ただ何となく、自分の弱みは伏せたくなる……まあ、癖みたいなものが見破られて、驚いただけさ」
それでああ、そうだったなと一言挟んでから、青崎所長は自分の義足を指先でこんこんとつつきながら言った。
「戦えるかどうか、か。まあ、見ての通り機敏に動き回れと言われたら厳しいな。だから追いかけまわしたり、逃げ回ったりは刀香の手を借りなきゃならんが、向かってくる敵を払いのける程度は出来る」
「てことは、怪我しちゃう前はかなり強かったの?」
「そこら辺は刀香に教えてもらえ。そっちの方が、面白おかしく脚色して話してくれるさ」
「……事実を忠実に語るだけです。それを脚色されていると言われるのであれば、所長がそれくらい格好いいお方というだけです」
「どうだかな」
意地悪な青崎所長の言い方に、唇を尖らせて反論する刀香。どちらかと言うと青崎所長の方に信憑性を感じた僕は、後で絶対聞いてみようと心に決めながらパフェの最後の欠片を掬い上げた。
「じゃあ、私はそろそろ行くよ」
「もうですか?もう少し、ゆっくりなさっていっても良いと思うのですが……」
「ここ数日は充分ゆっくり出来ているよ。それに、たびたび二人の様子は見ておこうと思って来ただけだ。長話があるなら部屋に呼んでいる」
「そうですか……本当に、お身体を大事にしてくださいね」
「分かっているよ」
そう言うと、青崎所長も最後の一口を食べ終わって席を立つ。そして背を向けようと足を引いたところで、「ああ」と声を漏らしてこちらに向き直った。視線が僕に向く。
「以前、私と二人で話した時にした質問を覚えているか?」
「え、あ、覚えてるけど……なんで?」
吸血鬼と人間の戦争が、都市結界などまるで役に立たない程激化した時、君はどちら側に付くんだ?
あの時の青崎所長の声が、脳内で再生される。けれど何故いきなりこんな時にそれを言い出したのか。そんな僕の疑問を無視して、青崎所長は言葉を続ける。
「お前は土壇場まで決められないと言ったな?」
「……うん」
「そんな甘いことばかり言ってはいられないかもしれないぞ。だから、決められないにしても考えておけ」
「あの、なんでわざわざそんなことを」
「いずれ分かるさ」
飄々と思わせぶりなことばかりを言うだけ言われる。僕が返事代わりにジト目を送っていると、ここ二人にしか分からない話に置いて行かれた刀香が不満そうに口を挟んだ。
「所長、その、質問というのが何なのか、聞いてもよろしいですか……?」
「あー、そうだなぁ……」
一転、困ったように指先で頭を掻く青崎所長。けれどすぐに位相を正すと、悪戯を思いついた子供のような悪い顔で言った。
「なら、秘密と言うことにしておこう。これでお互いに一つづつ、だろ?刀香」
「うっ………………!」
「と言うわけでスカーレット、聞かれても答えるんじゃないぞ。それじゃあな」
軽く手を振って、義足を感じさせない緩やかな歩みで青崎所長が去っていく。変な口封じを喰らってしまって、微妙な空気が残った僕たちの間に漂った。
お互い僅かに停止したのち、僕は食べ終わった食器を片付けるという名目で一旦逃げようとすると、隣からどんっ!という鈍い音が聞こえてくる。僕は驚きで再停止した。
「あ、あの……?」
「…………」
恐る恐る視界をそちらに向けると、人目も憚らずにテーブルに突っ伏している刀香が居た。察するに今の音は、テーブルに額を叩きつけたせいで起こったものらしい。
病院での堂々とした振舞いとは対照的な、あまりにも酷い姿に半分絶句しながら声を掛けるが、反応はない。どうすればいいのだろうかと焦りだしてきたところで、錆びたブリキの人形のような動きで刀香は上体を起こした。
「えと、大丈夫……?」
「………………ええ、大丈夫です。それよりも、病院での話を整理しなくてはなりませんね。行きましょうか」
「う、うん」
まるで地獄の底を味わってきたかのような声色だったけれど、原因に関わっているこの身にかけられる励ましの言葉などある筈もなく。
心の中で謝罪を繰り返しながらも、僕は食器を返しに向かった。
低気圧許すまじ………………………




