吸血
メインヒロインはもうちょいあと
空中を、砕けた青色の魔力が彩る。自然が一切ない灰色の光景を、一瞬だけ鮮やかに飾る。その色を、やけに綺麗に感じた。
術式が砕け、身体強化が解けた影響で、少女は力が入らなくなったらしい。僕の目の前で少女は刀を取り落として、そのまま崩れ落ちた。
そのままでは地面に衝突してしまうであろう身体を、僕は腕を広げて、胸の中に迎え入れた。ふわり、と甘い香りがぶつかって広がった。
「は、離しなさい……!」
僕の拘束から逃れようと少女が暴れるが、身体強化が解けた人並みの筋力では、バケモノの筋力に到底及ばない。当然、僕の身体はびくともしなかった。
でももし取り落としでもしたら勿体ないから、しっかりと背中に手を回して、少女に密着して押さえつける。自分が小さくなったせいか、思ったよりも細くは感じなかったけど、その分柔らかかった。
「ん、あんまり暴れないで」
「馬鹿にするなバケモノ! 殺してやる!」
僅かにでも力のさじ加減が狂えば骨を折ってしまいそうだから、暴れられると結構怖い。でも腕の中の少女は、そのことを分かってはくれないらしい。
仕方ないから、そのまま首筋に顔をうずめた。びくっと、身体が震えたのが伝わってくる。僕は構わず、鼻から息を吸い込んだ。
……僅かだけれど、白い肌の下に隠れている、甘い匂いが幾らか伝わってきた。喉が焼き付く焦燥感がより強くなり、脳を激しく揺らした。
――――――ああ、駄目だ。このまま無作法に噛みついたら、ただの畜生みたいじゃないか。
「……名前、教えて?」
「誰がお前なんかに!」
「そっか。まぁそれなら―――魂に聞くから」
少女の身体に力が入った瞬間、僕は露出した首筋に、優しく牙を突き立てた。
「~~~~~~~~っっっっ!!!!!!」
どろり、とした感触が口内に満ちた。反射的に鉄の味を連想したけど、予想に反して、癖になりそうなほどの甘さが舌の上に広がる。
それと同時に、肌へ侵入させたままの牙が、少女の身体の震えに応じて快感を伝えてくる。すっかり抵抗しなくなってしまったその身体を、もう一度しっかり抱き寄せた。
喉を鳴らして、甘くて熱い血液を飲み込む。ふぁ、という悲鳴とも嬌声ともつかぬ声を聴きながら、うなじに手を寄せて、さらに口を肌に密着させた。そのまま、より深く牙を突き入れる。
「いやぁ……だめ……!」
少しでも多く味わいたくて、限界まで舌を伸ばして傷口をなぞった。。ぺちゃっ、と血液と唾液が混ざった音が鳴る。
そして一気に溢れてきた魂を、唇を寄せてこぼさないように、大切に飲み干した。お腹に熱いものが落ちてくるとともに、ふと、知らない記憶が頭に浮かんだ。
それを心に収めると、もう反応すら薄れてきてしまった身体から、何とか牙を引き抜く。引き抜いた瞬間に、一番大きい振動が伝わってきた。
「ぷはっ……ご馳走様、刀香」
後ろ髪を撫でながら、血で真っ赤に濡れている唇を、少女―――刀香の耳に寄せて言った。不思議なことに、牙を抜いた時点で傷は塞がったらしい。
刀香は惚けた顔をしていて、返事をしてはくれなかったけど、ちゃんと息はあるようだった。そのことにそっと安心する。人間を殺してしまうのは、やはり怖かった。
喉を焼くような焦燥感はすっかり消えて、頭がぼうっとしていたのもなくなっていた。まだ飲み足りないような空腹感は残っていたが、少なくとも吸い殺してしまわないよう我慢できるくらいには、正気は返ってきている。
と、同時に―――今更だけど、身体を密着させていたことに気恥ずかしさを覚えて、刀香の身体を優しく床に横たわらせた。甘い匂いがまだ感じられて、むずかゆい。
ほとんど意識がなさそうな姿に、このまま放置していてもいいのか少し悩んだが、放置しておく以外に手は無いように思ったので、背を向けた。
歩いて近づいてみると、 屋上際に張られていた結界はもう全て消え去っていることが分かった。僕は柵に足を懸ける。
「……一応、まだ怖い」
常人の感情が残っていることに、気休めではあるけれど、幾らか安心感を覚える。ビル群の中を駆け回る突風が、異分子警報と合唱して、大量の不気味な音楽を奏でていた。
僕はすうっと息を吸い込んで―――空中へと身を乗り出した。
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