服芸
てんさいだからいっぱい更新してます
色々と不安点はあれど、僕たちは特に何事もなく基地まで帰ってきていた。時計を見て見るとなんだかんだ外出してから数時間程度は経っており、間食を口にするにはちょうどいい頃合いだ。
取り敢えずは必要のないガスマスクを首に下げて、もう迷子にはなりたくないと思いながら、知らない道を刀香に案内されて進む。そうして幾つ目かの扉を開けると、突然視界が開き、冗談みたいに色んな看板の立ち並ぶ空間に出た。
見た感じフードコートの様になっているらしく、受付には人の代わりに券売機のような機械が立っている。さっきまでの無機質な廊下とは恐ろしいほどギャップのある光景だ。僕は若干引きながら、疑問に感じていたことを口に出す。
「……基地内にお店とか入れて、その、色々と大丈夫なの……?」
「最低限を除いて自動化してありますし、その最低限の人力も貴族がやっていますから。昔、基地内で食事を取れないことに不満を感じたどこかの大貴族が、強権を振り回して作ったらしいですよ」
「なんか、凄い人もいるんだね……」
「私は大貴族の中でまともな人間を、所長しか知りません」
「まとも……まとも……?」
「何か?」
「ナンデモゴザイマセン」
刀香にとって、ごく僅かな睡眠時間までもを削ってまで部下の制服に悪戯をする人はまともな人間らしい。けれど正直にそれを指摘すると首チョンパされかねない『圧』を感じ、僕はぎりぎりのところで立ち止まった。
それはともかく、一応お昼時は外れているためか人影はぽつりぽつりとしか見えず、席も殆ど空いていた。お目当てはスイーツ店なので、それらの看板が固まっている場所に向かう。
「へぇー、色々あるんだね」
「何かを食べたいだけなら、ここだけでおおよそ済みますからね」
「あ、でも刀香は、ゆっくりしたい時は外のお店って言ってたよね」
「甘いものを食べるときは、雰囲気も一緒に楽しみたいんです。とはいえ、こういう場所で食べるのも嫌いというわけではありませんが」
そう言いながら刀香はパフェのお店の前に歩を進めた。そういえば買い方が分からないなとその様子を見ていると、刀香は券売機らしきものの前に立ち、それに隊員証をかざした。
「え?」
ぴっと音が鳴り、数字の書かれた紙が印刷される。それで注文は終わったらしく、刀香は券売機の前を退く。初めて見る隊員証の使い方に、僕は目を丸くして言った。
「隊員証って、そんなクレカみたいな使い方出来るの……!?」
「クレカも何も、ここは隊員なら無料ですが」
「え、そ、そんなことあるの……?」
「あのですね、異分子殲滅隊しか利用できない施設で、いちいちお金を取っている場所の方が見たことありません。というか、貴方のその庶民的な感覚は何処から出てきているのですか?一応貴族でしょうに」
「しょ、小説……かな?」
呆れた顔を通り越して、可哀そうなものを見るような眼を向けられた。そんな目を向けられても、小説は大体庶民的な物しかないんだから仕方ないじゃないかと心の中で言い訳しつつ、僕も自分の隊員証を取り出す。
刀香がしていたようにかざして見ると、注文のボタンが光り出した。欲しい物をぽちっと押すと、さっきと同じように数字の書かれた紙が印刷される。
「ふぇ~……」
「何を感心しているんですか。ほら、とっとと座りま────」
スマホが震える音がして、言葉が途中で止まる。一瞬自分のかと思ったけれど、音源の場所は刀香のポケットの中だった。僕が視線を向けると、刀香がスマホの画面を見ながら首を傾げている。
どうしたんだろうとそのまま見ていると、「少し待ってください」とスマホに何やら打ち込み始めた。誰かからメールでも届いたのだろうかと思っていると、段々刀香の表情が硬くなっていく。
「どうしたの?」
嫌な予感がしてそう聞くと、若干青くなりつつもある顔色を浮かべた刀香が、凄く言いずらそうに答えた。
「今からここに、所長がお越しになるそうです……」
「……」
何と言うか、タイミング的に途轍もなく嫌なものを感じざるを得ない。刀香も同じ意見なのは、その顔色だけで十分伺えた。
「すまんな、休憩中だったか?」
「いえ、休憩中と言いますか、サボっていたと言いますか、お気になさらず!」
「わざわざサボりとは言わなくていいだろうに……しかし、なんだか他人行儀じゃないか?」
「い、いえ、そんなことは無いと思いますが……」
「まあ、そう言うのであればそれでいいが……へぇ、ここはあまり利用しないが、そこまで悪くないな。舌の肥えた白上の連中が作っただけある」
パフェを口に運びながらそんな会話をする二人の横で、僕も無心でパフェを頬張る。先日の所長との二人っきりでの話し合いもさることながら、今まさに内緒のことを成してきたあとの僕からすると、無心でいなければ挙動不審を起こすと確信していたから。
そして空気と化している間に刀香に上手いこと誤魔化してもらおうと画策していたのだけれど……あまりにも不自然なさっきのやり取りに、それも厳しいのではと背筋が凍る。多分刀香は、所長限定でぽんこつになるのだ……震えているだけの僕が言えたことではないけれど。
ともかく大した用事ではないことを心底祈りながら、説教を待つ子供のような心持ちで座っていると、パフェを嚥下した所長が一息付いてから言った。
「それでお前たち───私に隠して色々しているようだな」
((ビクゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!!!!!!))
二人仲良く身体を震わせる。そして同時に大量の冷や汗を流しながら必死に目を逸らし始めた僕たちを見て、所長は呆れ声で続きを話す。
「いや別に、説教しようってわけじゃないんだが……本当に何をしているんだお前らは」
「しょしょしょ、所長のお耳に入れるようなことでもないといいい言いますか」
「分かった、分かったから落ち着け。お前が私の耳に入れん方が良いと判断したなら、それでいいんだ。そもそも、若い二人でなければできん話もあるだろう」
てっきり詰問されると思っていた僕は、そんな予想外の言葉に取り敢えずは胸を撫でおろす。そうされた場合、腹芸の「は」の字も無いような僕とぽんこつ化した刀香の二人の隠し事なんて、一発でばれていたに違いない。
別人と見間違うほど顔を真っ青にしていた刀香も、若干顔色が良くなった。安堵の溜息を付いて、視線を上げる。
「そういうことでしたら、その」
「いつかは話してくれるんだろう?」
「それはもう!全然!解決次第!!!」
「ならいいんだ。老人が若い奴らの足を引っ張るもんじゃない」
「もう……まだ老人なんてお年じゃないでしょう」
「いや、老人だよ。もう随分と長生きしてしまった」
どこか哀愁を漂わせながらそう言って煙草を取り出し、「禁煙か……」と呟いてそれを箱に戻した。僕は少しだけ顔を上げて青崎所長を視界に入れる。その容姿は鈴と同じか少し年上かというくらいのもので、少なくとも老人とは思えなかった。
「所長には長生きして頂かないと、私が困ります……」
「それは……私も、困ってしまうな。お願いだから親離れ出来ない子供のようなことを言ってくれるな」
「そういうことじゃありません。とにかく、所長もちゃんと休憩を取ったんですよね?」
「見た通り、隈は消えたさ。それに今も休憩中だ」
「なら良かったです。私が守っている以上、所長は過労死以外では亡くなりませんからね」
「それは心強いな」
刀香と朗らかな言葉を交わす所長。そこには二人で話した時のような威圧感なんて全く無くて……所長もそれが自然体であるように、僕は感じた。
活動報告で色々遊び始めたのでお暇があれば構ってください




